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第二百二十三話 禁苑にて その2


 そしてやってきた、三月三日。


 王宮の南東角にある「美福門」から「禁苑」は、僅か300mにも満たぬ距離。

 厳重な道路封鎖が行われる中を、輦輿(れんよ)(人が担ぐ輿(こし))の列が、整然と進み行く。


 その先頭にあって、黄金の鳳凰を屋根に載せた御輿こそ、まさに陛下おわす鳳輦ほうれん

 紗に覆われて、中を窺い知ることはできぬ。


 続く輦輿もみな色鮮やかに、様々な飾りが描かれてあり。

 中におわす后妃・貴人をひとめ垣間見できぬものかと……しかし露骨な視線を向けるわけにもいかず。

 春の祭りに、近衛兵たちもどこか浮き立っていた。


 浮き立つといえば。

 一台、やけに揺れている御輿が。

 異状があるならば、注視するにおいて遠慮すべきではない……と、喜び勇んで目を向けるのだが。


 いや、考えてみれば。担ぎ手の近衛はみな力自慢。安定して運べぬはずがない。

 実際、彼らの顔には余裕があった。

 これは明らかに、「楽をしている」。中身が軽いのだ。


 いったん注意を向けた近衛兵たちが、すぐに興味を失った。

 大蔵卿宮さまが中で跳ね回っているだけだと理解したから。



 御輿の隊列はつつがなく禁苑へとその姿を消し。

 そのままゆるりと、庭園の中央へと歩を進めてゆく。 

 清らかな泉の傍らに立つ、あずまや……と称するには少しばかり豪奢な建物へと。



 ご一同様が到着され、しばらくの間を置いて。

 大蔵卿宮さまに率いられた童女の集団が亭のうちから歩み出た。



 禁苑の中央を占める、清らかな泉。

 その中央には、島に見立てた大岩が盛り土の中に置かれてある。


 亭の前を占める小さな庭からその島へ、丹漆に彩られた橋が幾筋か、小島伝いに伸びている。

 あるいは中央が高く反り、またあるいは平らかに。

  


 橋を渡るその手前で、修理亮しゅりのすけ・エミールが歩を止めた。

 今日はひな祭り。「男」の役割はそこまでだ。

 宮さまの背中を見守りつつ、周囲に「気」を配っている。

 


 「武家でないのが惜しいな。鍛えれば相当になるぜ、あれは」

 

 エドワードのつぶやきに反応したわけでもあるまいが、こちらに視線を走らせたエミールが小さな会釈を見せる。

 

 

 きょうの主役は、中央の島から雛を流す大蔵卿宮・アイシャ殿下だ。

 ……介添えのフィリアやその脇に立つ千早には、役者負けしていたけれど。

 仕方ないところではある。まず体のサイズからして違うのだから。


 子供たちが、屈託ない笑顔を見せながら雛を流してゆく。

 雛に纏わりつく「悪しき霊気」も、「見るに耐えぬ」というほどではなく。

 清らかな泉を流れていくうちに崩れ沈み行く流し雛と共に、ひろびろした青空へと溶けて消えていった。


 やはりあの流し雛、見事な出来だと思う。


 その雛を目で追っていくと、陛下を始めとした「おとなたち」が笑いさざめく亭が視界に入ってくる。

 泉のせせらぎに張り出した釣殿つりどのには、陽射しと人目を遮る御簾が張り巡らされ。

 その内から雛人形が現れては、白い手から泉へと落とされてゆく。


 ……こちらの雛に渦巻く「邪気」は、それはもう黒々としていて。

 

 後宮、それも「奥」における争いの激しさに、寒気を覚えずにはいられない。

 子供ではなく、おとなの健康……精神衛生のためにこそ、流し雛の祭りは必要なのかもしれない。

 


 あずまやに、大蔵卿宮ご一行が戻って行く。

 童女達が庭に集められ、侍女からご褒美の引き出物を受け取るなか。

 彼女たちを見守るように立っていた千早が、姿勢を低くした。


 エミールが再び、こちらに視線を投げる。

 

 ん。

 「お礼言上ミッション」は無事終了、ね。



 「じゃ、エドワード。お仕事しますか」


 

 霊能持ちの近衛兵は、御輿の担ぎ手や警備の要所に任ぜられる。

 持ち場を離れることができない。


 その点小隊長は、上流貴族の子弟ということもあり、半ばは行事の参加者でもあって。

 そう、喩えるならば「高校の文化祭における、実行委員」と言えば良かろうか。

 「仕事の空き時間に祭りを見て回る」ことぐらいは許される立場にある。


 で、せっかくの空き時間だが。行事や庭園の眺めを楽しむでもなく。

 池の周りをうろついては、「悪しき霊気だまり」に変化した流し雛を、エドワードと二人で潰して回るといった次第。



 「『曲水宴きょくすいのえんの桟敷より下流側』は、放っておいて良いから」


 霊能グッズとしては完璧な出来の、流し雛。

 一日もすれば、溶けてなくなることであろう。

 あまりにもどす黒い霊気の塊を見ると、少し不安も覚えるけれど。



 「了解、ヒロ。しかし地味な仕事だよなあ」


 イケメンのエドワード。

 それこそ高校の文化祭よろしく、侍女の皆さんに声でもかければ。

 「恋のきっかけ」などいくらでも作れるわけだけれど。


 「ま、あれだ。イセンにも言われたけど。桟敷で準備している文官連中を見ちまうとな?」


 緊張を鎮めるため瞑想を行う者。

 筆記用具を何度も並べて直しては確認している者。

 分厚い『ネタ帳』を必死で眺めている者。……お題は当日与えられるけれど、以前ものした自作と同じ題にならぬとも限らぬ。「あ、ここ○研ゼミでやったところだ!」と言うヤツだ。

 

 その姿たるや、まるっきり受験生を見ているようで。

 エドワードの言いたいことはよくわかる。

 

 ひとつだけ、空席があった。

 居並ぶ文人たちの中心、上座というか「センター」というか。

 文章博士もんじょうはかせたちの座席の、その中に。


 シメイだよなあ。

 あいつ、俺たちを働かせておいて。

 スキマ時間で後宮の侍女を口説いているに違いない。


 視線を上げたせいか、腹立ちに集中が切れたせいか。



 「そちら、柱の陰に流れ込みましたよ」


 おっと、いけない。


 と、覗き込もうとする間もなく。

 見慣れた光弾が流し雛を粉砕していた。


 「フィリア!千早!」


 「感謝申し上げる、ヒロ殿」

 「ええ、ひさしぶりに大蔵卿宮さまともお会いできました」


 正装に近い、ドレスアップされた姿のふたり。

 動きにくくてしかたないだろうに、わざわざ水辺まで。


 半ば照れ隠しに、そんな感想を抱けば。


 「これでは侍衛の務めにも支障が出るのでござるがなあ」


 こちらの心の動きを感じ取った達人も、半ば照れ隠しの言葉を返してくる。

 いや、達人ならずとも、そもそも女性を相手に回してしまえば。

 男が心の動きを隠すことなど、不可能だから。

 ならば、正直に。


 「ここは我ら近衛にお任せください。令嬢方にはどうぞごゆるりと、宴を楽しんでいただきたく」


 言葉は飾っているけれど。

 伝わったということは、フィリアの返答から理解できた。

 

 「エスコートをお願いいたします。改めて、大蔵卿宮さまに3人揃ってご挨拶を」


 「と、その前に。……ご指摘、かたじけのうござる」


 千早が感謝を口にした。

 柱の陰に流れた雛人形の存在を指摘してくれた男に。



 「いえ、本来は私どもが為すべき仕事でありますのに。それを公達の皆さまのお手を煩わせ、まして令嬢方にお手伝いいただくとは、恥ずかしい限り」


 三十歳手前と見た。

 中肉中背、薄い顔。その容姿、日本にあった頃の俺を見ているかのようで。

 ステータス表示するならばまさに、ルックス:50/100点と言った具合。


 ……桟敷の陰、光の届かぬところを流れていた雛人形の動きを察知していた。

 霊能者であることは確かだ。


 「申しおくれました。陰陽頭おんみょうのかみ、コーワ・クスムスです」


 クスムス家。先日調べたところによると、テラポラ家の宗家にあたる。

 コーワはその当主にして、陰陽寮の長官である。

 同じ薄緋色の袍、われらと同じ従五位下。


 「ご挨拶に回られるところでしたか。それでは私はこれで……」


 そんな言葉を残して、あっさりとその場は引き下がったけれど。




 「気づいて……いたようでござるな、ヒロ殿?」

 

 「まあね、視線は感じてたさ。俺とエドワードの霊能を測ってたんだろう?……フィリアも良い性格してるよ」

 

 何を思ってかは知らぬが、コーワがこちらの「実力」を窺っているそのさなか。

 横っ面から不意討ちで強力な霊能を見せつけるのだから。

 


 「特にフィリアは、もう知っているかもしれないけど……」

 先日イセンから聞いた、「陰陽寮の特殊事情」をふたりにも伝えておく。

 


 「なるほど。コーワさんでしたか、彼の霊能も中々のもの。クスムス家には幸いでしたね」


 フィリアの言葉には、理由がある。

 「この世界における霊能は、遺伝とは関係ない」のだ。

 

 陰陽寮のトップ、その宗家の跡取りたるコーワが霊能に恵まれたのは、幸いなる「偶然」に過ぎぬ。


 それはフィリアやエドワード、あるいは若き日のアレックス様にも言えること。

 末子でありながら、自らの「存在価値」を家に対して主張しえたのは、霊能を持って生まれたという幸いなる偶然によるところも大きい。

 


 ま、いずれにせよ。

 コーワ・クスムス、今日のところは接触してこないわけで。


 「あとは大蔵卿宮さまへのご挨拶か。気楽なもんだ」


 (そういうのをフラグって言うんでしょ?)


 足元から聞こえてきたミケのつぶやきに、不安を覚える間は与えられなかった。



 「宮さまだけであれば。……ま、某の仕事は拳で語ることゆえ?貴族の風雅にはかかわりござらぬが」


 「感知能力が高いのも良し悪しです。先ほどの流し雛、ヒロさんも見たでしょう?……男性が近くにいてくださらないと、女官の当たりに遠慮が無くなりますから」


 逃がさんぞとばかり、両肘をふたりに捕らえられた。

 「両手に花」のエスコートのはずが、「FBIに連行される宇宙人」のような心持ち。



 やはりひな祭りの主役は女性なのである。



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