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第二百二十話 手紙 その2


 電話もパソコンも無いこの世界、手紙は大切な情報通信手段であって。

 新都にあった頃から、ちょいちょいやりとりはしていたのであるが。

 

 王都に来てからは、その頻度が増えた。

 新都の人々と連絡を取る都合があったから。

 それでも世の女性たちに比べれば、およそ1/3程度と言ったところか。



 ともかく。2月の初頭、新都から手紙が来た。


 高級な封筒……であるのは、たとえばソフィア様やアレックス様にしても、当然なのだけれど。

 その手紙は高級というより、「格式が高い」「正式フォーマル」と称すべき代物であった。


 ドカンと捺された封蝋の紋章、すぐには思い出せなかった。

 が、とりあえず開けてみれば。

 

 うわあ。


 王都~新都は、船で2~3週間。

 情報の「行って来い」にかかる時間からすれば、確かにおかしくはないけれど。



 「どちら様?」と聞くような無作法はせぬものの。

 「教えてくれるかい?」という顔を見せたのは、同僚の治部少輔。


 「私のところに来たけれど、これはヒロさん、あなた宛ですよ」ということで、隣室まで気さくに届けに来てくれたのだ。

 その手間を思えば、教えないわけにもいかない。

 別に隠すような話でもないのだし。



 「カヴァリエリ司教です。聖神教新都司教区の長ですよ」


 俺が治部少輔に就任したという官報を見るや、即座にお祝いの手紙を送ってきたのである。

 なんとマメな。


 美辞麗句を連ねた後に、「お困りのことがあれば、○○教区の××司教を頼られるとよろしいかと」

 同じ派閥に属している司教なんでしょうね、きっと。

 

 俺に何ができるわけもないことぐらい重々承知の上で、それでも目配り気配りは欠かさない。

 枢機卿になるために、できる努力は何だってやる男。

 


 「新都にいた時のお知り合いですか。その地位だと、枢機卿まであと少しと言ったところですね。どのような方なんです?」


 聖神教担当課長にとっては、職務上必要な情報でもあるのだろう。



 「ええその。事務処理能力が非常に高くてですね。信仰に対しては真面目で、情熱のある方です。女性の影は全くありません。活動のための資金集めには熱心ですけれど、お金に汚いという方ではありません」



 「ほう、それはまた。理想的な宗教家ではありませんか。枢機卿になる日も近いのでは?」



 確かに、そうなんだけどさ。

 なんかこう、違和感があるというか。


 カヴァリエリ司教が、枢機卿ねえ……。

 何か違う感じがする。どこかこう、偉い宗教家という感じがしない。


 人徳と言うヤツか?

 じゃあたとえば、ヨハン司祭みたいな人はどうだ?

 「ヨハン司祭が枢機卿。カヴァリエリ司教がその補佐に入って事務を回す」。


 いや、それもおかしい。なんだか違和感がある。

 ヨハン司祭は人格者だが、枢機卿とは何か違う。

 カヴァリエリ司教に「人徳」(と称される何か)が無いというわけでもない。


 だが。

 完璧な作法にのっとった就任祝いの文章を載せた、格調高い手紙。

 それを包む最高級の封筒を眺めていると、何かその。


 いや、清貧は一つの美徳だが、彼ぐらいの立場になれば、なにも贅沢ではない。

 これもまた「清く正しく美しい」手紙だとは思うんだけど。



 「ええ。決して悪い人ではありませんし、立派な方だと思います。……いえ、私などが論評を加えて良い方ではありませんでした。そうですね、きっと枢機卿に就任される日も近いことでしょう」


 と、当たり障りの無いように会話を終えておいたところで。



 同僚とは逆の側――彼は執務机の窓側に、ひょいと手を付いてかがんでいたので、つまり廊下側だが――ドアの外に人の気配を感じた。


 振り向けば、同僚が俺を出し抜くように視界の外からそちらへと歩み寄り。

 ドアを開けに向かっているところであった。


 客人を通しておいて、「悪いね」という顔を見せながら去って行く。




 「お手紙を届けに上がりがてら、ご挨拶をと思いまして」

 

 客人は、気楽にそんなことを口にしていた。 

 それなりの地位にある役人には、部外者はアポ無しでは会えないのだが。


 が、「修道士が、教団からのお手紙を届けに上がりました」ということならば。

 それは課長級の部屋にも通すであろう。

 

 何も不自然なことでは無い。



 ……その修道士が、枢機卿の地位にありさえしなければ。



 「私ども(・・)、今年付けで、こちらの教区に配置換えになりましたの」   


 そう、おまけに2人連れときている。

 ピウツスキ猊下とヴィスコンティ猊下が、共においでであった。


 「ヒロさんとは旧知の仲です」と言われてしまえば。

 それは治部少輔が足止めできる相手ではない。


  

 してやられたという思いを顔にのぼせることだけは、どうにか我慢しつつ。


 「これはおめで……いえ、大変に嬉しく思っております。今後ともご指導、よろしくお願い申し上げます」


 聖神教はピラミッド型の組織。

 同じ枢機卿でも、より大きな司教区、より中央に近い司教区を担当する枢機卿の方が「格上」である。

 だから極東大司教区から王都への転任は、明らかに「出世」なのだけれど。


 いくら事実であっても、宗教者に「出世」とかそういう物言いをすべきではないと思ったから、言い直した。

 そのつもりだったのだが。

 

 

 「貴様なぜ言い直した!王都の兄弟姉妹たちにとって、両猊下のおいでは慶事に決まっている!」


 お供はカルヴィン・ディートリヒと来た。

 コイツの場合、揚げ足取りや逆ねじではないのだ。

 純粋にそう思っているからこそ性質が悪い。

 


 「ブラザーカルヴィンも、極東聖堂騎士団からの出向です。目覚ましい働きを評価され、さらに研鑽を積むようにと」


 聖神教団・聖堂騎士団、少々人材不足じゃありませんか、ピウツスキ猊下?



 「『希望の悪魔』の誘惑を退けるほどの固い信仰心の持ち主です。大戦でも前線で傷ついた兄弟たちを励まし続けました。共にヒロさんもご存知かと思いますわ?」


 ええ、ヴィスコンティ猊下。

 忌々しいことに、二度ともコイツに救われたんです!



 「距離が近い友人は、互いをつい過小評価しがちなものです」 


 ピウツスキ猊下が俺ではなくてカルヴィンをたしなめているということは、だ。

 このヤロー、「ヒロが治部少輔?王国の人材不足はそこまで深刻なのですか?」とでも言ってたな?


 

 ともかく、お茶だお茶。

 あ……お茶菓子とか、そういうこと考えてなかったな。

 誰が来てもいいように、いろいろ備えておかなくちゃいけないのか。


 と、これはピーターが、しっかりと一式をセットしていた。

 そうか、それは俺じゃなくてピーターが気を使うところなのね。



 

 どこまでもバタバタあたふたと3人を迎え。

 それでも一服して、落ち着きを取り戻すことができれば。

 


 「良い絵ですわね?」


 でしょう?

 やっぱり皆さん、そこに目が行くと思ってたんです。


 「ナシメント殿下にお願いして譲ってもらいました」


 執務室は、事務室にして応接室。

 絵のひとつも飾っておかなければ「いけない」のだけれど。

 そこに思い至った時頭の中に浮かんだのは、あの方だった。


 お茶が立てる香りに、その時の記憶を呼び覚まされる。




 「なるほど、治部の執務室ですか。それではこの絵はどうでしょう。季節を問わず飾れますし」


 一緒にアトリエに踏み込んだ娘のイサベルは、少し悲しげに微笑んでいた。

 「1月ならば、あちらの絵はどうでしょう」と口にするのも、ごくごく自然なことなのに。

 その絵なら、4月にまた「架け替え」の注文が入るのに。

 そんなことにはちっとも気づかず、ナチュラルに「お金の入らない選択肢」を選んでしまう。


 それが彼女の父親の良さだけれど。

 そのせいで、娘は苦労する。


 「ありがとうございます。手続等、武骨者の私には分かりかねますので。ドミナ・メル嬢のサロンを通じて、後ほど詳しく」


 サロンを、画商を通じれば。

 「絵の価値」がはっきりする。

 目録に載るから、宣伝効果が生ずる。

 ドミナやメル家との縁を思う「買い手」がつくかもしれない。


 宝石の件でドミナから学んだ、それがサロンの使い方。


 イサベルの、これは芯からの喜びの笑顔を覚えている。




 ……そんな間抜けな回想に浸る余裕を見せて良い相手では無かった。



 「カヴァリエリ司教の部屋と似ていらっしゃいます。ヒロさんとお見舞いに行った、あの部屋と」


 え?


 「無駄なく引き締まったところなど」



 余計なことを考えていない。

 つまり、「脇や後ろが見えていない」か。

 カヴァリエリはそれでしくじったんだよな、薬物問題の件。


 そうか、カヴァリエリは「上」しか見ていないんだ。

 もともと聖神教は社会の上層に信者を持つ宗教で。

 信者集めもお金集めも、「大きな塊」である「上」を見ていくのが「効率的」だけど。



 対して、ふたりの枢機卿。

 旅装のまんま、新都からの手紙をカバンに入れて、こちらに足を運んでいた。


 この身軽さ。

 しかし必要があれば、いくらでも権威的に、居丈高にもなれる。初めて会った俺を威圧し、ソフィア様やアレックス様と言い合いしていた時のように。

 カヴァリエリに対したように、厳しい教師にも、優しい年長者にもなれる。

 恐らく一般信徒に対しては、慈悲深く徳の高い顔を見せているのだろう。カルヴィンに対するように。


 それだけ多様な面を持ちながら、無定見ではない。

 聖神教の「教え」を踏み外さない。


 

 そんな気持ちを読み取られたか。

 あるいは、お茶だの絵だの、カヴァリエリからの手紙に突然の来訪に、言葉選びにと右往左往している様子を見咎められたか。


 冬場に入って少し白くなったじゃがいも顔に、力強い笑顔をかたち作られて。


 「いかがです?『定見』は大事だと思いませんか?」



 勧誘を欠かさぬのも、彼らの「定見」の一部……いや根幹だったな、これは。

  


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