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第十六話 悪霊 その3


 朝遅く、目を覚ました。

 「そろそろ動き出したほうがいいわ。」

 アリエルに促されて。


 フィリアと千早は、すでに準備を始めていた。

 船長や、乗り合わせた浄霊師(エクソシスト)を集めている。


 「遅いでござるよ、ヒロ殿。指揮官がいないと話にならぬでござる。」


 「早速始めましょう。」



 基本的な方針は決まっている。

 あの悪霊を浄化するのだ。



 船長が、口火を切った。

 「あの悪霊を退治……いや、浄化か。本当にできるのか?勝手と思われるかもしれないが、私は船長として、この船の安全を第一に考える必要がある。」

 

 「浄化できます。」

 フィリアが即答した。 

 「かりに浄化に失敗したとして……この船の安全のためにも、できる限りの痛手を与えておくことにも意味はあります。その後、新都の政庁に報告をして、後日完全に浄化すれば、航路全体の安全にもつながります。試みる価値はあるのです。」

 

 言ってみれば小娘に過ぎないフィリアだが、相当な圧力を周囲に感じさせている。

 これが「格」というものであろうか。

 一歩間違えば非常に感じ悪いもののはずではあるが、なぜか、そうは思わせない。


 「……分かった。私の権限と責任で、悪霊退治を許可する。」

 船長も気圧されたか。いや、義務感とプライドが勝ったか。

 

 「とにかく、本体の浄化……いわば、『とどめ』は私に任せてください。自信があります。」

 フィリアが言う。

 「ただ、長い詠唱と集中が必要ですので、序盤の戦闘には参加できません。フォローをお願いします。」


 「大きな触手については、(それがし)にお任せあれ。先ほど船長からお話を伺い、めどが立ったでござる。ただ、最初の一撃だけは、フィリア殿との連携があれば万全ゆえ、協力をお願いしたい。」


 つまり、最初にフィリアと千早で、大きな触手に「ハメ技」を食らわせる。

 その後、フィリアは詠唱に入り、千早が大きな触手を相手取る。

 

 小さくて、数が多い触手のほうだが…。

 これは、昨晩同様、アリエルとジロウと俺で、対処する。乗り合わせた浄霊師にも協力を頼む。


 船長が口を挟む。

 「『聖水』も有効だったと聞いた。船員に撒布させよう。」

 昨晩のアレか。心強い。


 「剣を浸せば、霊を切れるということだな。私も参加させて欲しい。」 


 ウォルターさん、あなたには霊が見えないんじゃ?

 そう思う間もなく、浄霊師(エクソシスト)の一人が言う。

 「私の浄霊術は威力が弱いので、参加すべきか迷っていたのですが……。そういうことならば、私が『目』になります。」


 戦争が続いているからだろうか。王国の住民は即応態勢作りには馴染んでいるようだ。



 「ふたつの触手以外に、相手に「隠し玉」は無いだろうか?」


 「いいところに気づいたな、ヒロ。確かに検討の必要がある。」

 ウォルターが微笑んだ。


 「ありません。霊の気配があったのは、あの本体と二本の触手だけです。本体については、霊力が内向きに作用しています。体を維持するためかと。余裕は感じられません。ヒロさんのお話では、外へ逃げ出そうと霊がもがいている姿が見えたとか……。悪霊の本体はそれを押さえようとしているのでしょう。」


 端整な顔をゆがめて、フィリアが口にする。

 戦う上ではありがたい事実だが、その理由を聞くと胸が悪くなる。

 

 「是非とも、輪廻の輪にお還しせねばなりませぬな。」

 千早も厳しい顔だ。


 

 決行は、夜中。

 マチルダが引っ張られ始めたタイミングで。

 それまでは各自、準備をし、仮眠を取っておくこと。


 そう伝えて、解散した。

 俺達も、部屋に戻る。

 

 「ヒロ殿。」

 千早が声をかけてきた。いつになく優しい声だ。

 「ヒロ殿が切ったのは、霊でござる。霊は人間とは全く違う存在。混同するのは危険でござるよ。」

 

 やっぱりバレていたか。

 

 「ヒロさんは人をないがしろにしない。それは美質ですが、少し優しすぎます。と言って、すぐに変わるのは難しい。……そうですね、とりあえず。霊にとって、この世から解放されることは救済なのです。それは覚えておいてください。」



 思わずアリエルを見る。

 「ノーコメントよ。」

 ズルイなあ、おい。


 「本当に、霊と人間とは全く違う存在なの?」


 「……行動原理が違う、それは言えると思う。生きた人間の持つ『不可解さ』は、薄いような気がするわね。」


 「うん、わからん。」


 「だよねー!私も分からないもん!考えるだけ無駄よ、ヒロ。」


 そう言ったアリエルの声が、急に真剣になった。


 「でもね、これだけは覚えておいて欲しい。この世界で生きる限り、『人を殺す』ことに直面する機会は確実に出てくる。それでね、『逃げる』ことは、ううん、『迷う』ことすら悪手なの。逃げたり迷ったりしたら、大事なものを失うわ。たとえばフィリアちゃんや千早ちゃん。そんなことにはなりたくないでしょう?」


 そして、重低音の地声。

 「っていうか、私が許さないわよ。迷っている間に私が敵を切り捨てちゃう。でもそれでいいの?ヒロにとって、男としての死よ、それは。」


 「美意識から言えば、そうなるよな。」


 「霊と人との区別があまりつかない、というのはいいことかもしれないわね。霊を切り捨てる経験を積むことで、人を殺す修練を積む。あなたみたいな甘い子には、必要なことかも、ね。」


 「煽るなあ。」


 「煽られるほど単純ではないか。厄介なオトコねえ!男は単細胞なぐらいの方がモテるわよ!」


 思わずハンスを見た。

 案外モテていたかもしれないな、確かに。

 「ど、ど、童貞ちゃうわ!」

 いや、そうでもなかったか。お前ホント腹芸ができないのな、ハンス。



 「偉そうに申しておるが、某も人を殺したことはないでござるよ。」

 千早が口を開いた。


 「え?悪人退治をしてきたのに?」

 思わずフィリアと顔を見合わせる。

 ああ、死ぬよりもひどい目にって……。

 

 「ほう?そんな目に遭ってみたいと申されるか?それはさておくにしても、天真会では常に言われていたでござる。『千早、危急の時は致し方ないが、人を殺してはならぬ。』と。『人を殺さば、業を負う。いつかは背負わねばならぬものとしても……そのようなもの、早く背負ったから、数多く背負ったからと言って自慢できるようなものではないわ。』、『特にお主は、膂力人に過ぎる。よほど注意せねばならんぞ。』と、そう言われてござる。」


 「良い師匠だったんだね。」



 「誤解されては困りますが、私も手を下したことはありませんよ。」

 フィリアも言う。


 「え?幼いセイミに杖を向けてましたよね?」

 思わず千早と顔を見合わせる。

 ああ、直接手を下したことはない、っていう……。


 「ヒロさんが私をどう思っているのか、よく分かりました。それはともかく……実際のところ、必要が生じた場合には迷う事は無いだろうと、自分でも思います。ただ、手を下した後にどのような気分になるかは、分かりません。……気分の良いものではないでしょうね。それぐらいの良識はあると、思っていたいのですが。」


 「大丈夫だよ、フィリアの感覚は正常に決まっている。そこは自信を持っていいと思うよ。」 

 


 3人が3人とも、そっち方面の経験がないことが、明らかになった。

 まあ今のところは、だからどうしたということはないけれど。


 「仕方ないわねえ。私の指導とフォローが必要みたいね。契約できたことに感謝しなさい!まあ、千早ちゃんの師匠の言うとおりよね。そんな経験、しなくて済むならそれに越したこと無い。ただね、災難ってのは降りかかってくるものなの。いつでも対応できる備えだけはしておかなくちゃいけない。それは忘れないでね。」


 アリエルが仲間で、本当に良かった。

 多様な経験のある年長者。本当に頼りになる。


 「ジジイなのかババアなのか、これもうわかんねぇな。」

 そう口にしたハンスに、コブラツイストをかけるアリエル。

 日本から来た俺としては、その技に年齢差を感じたのであった。


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