第二百十九話 ニューヒロイン(?) その1
1月は、定期人事異動の季節である。
今年もまた、若者たちがデビューを飾った。
近衛にも、新たに小隊長がひとり。
これで我らも先任小隊長……と言いたいところだが。
1月組は「遅れて来た同期」扱いなので、まだあと半年は一年生小隊長である。
「で、どっちなんだ?」
「侍従だと聞いているよ。13歳だしね」
エドワードが問いイーサンが答えた、その意味は。
「百騎長資格を持つ、実働小隊長か?十騎長相当の、いわば見習い小隊長か?」
「十騎長のほうだ。シメイやクリスチアンの同僚になる」
と、そういうことであって。
そして現れた少年は、毎度貴族のご多分に漏れず、紅顔の美少年であった。
「エミール・(略)・バルベルクです。修理亮を兼任しています」
修理亮。
「修理職」の「二番手」を意味する。
「修理職」は、現代的に言うならば、「国土交通省」に近いだろうか。
国家の行政を担当する外朝八省ではなく、令外官の内朝ゆえ、異なる点も多い。
その職掌は、「国土開発、インフラ整備」ではなくて「王室の宮殿・庭園の造営・修理」といったところ。
と、それはまあ良い。
縁のある近衛兵に、サポート役のベテラン小隊長が近づいてゆく。
若手の小隊長からは、年の近いクリスチアンと、恐らくは家業の関係で縁があるイーサンが立ち上がった。
俺は、一歩出遅れた。
後ろを振り向いていたから。
やはり近衛兵にして、我が郎党頭のアカイウスが頷いている。
向き直りエミールに近づけば、あちらも笑顔を返してきた。
「ケイネス兄さんとセイミから、手紙で伺っていました。ウッドメル防衛にお力添えいただいたこと、感謝しております」
バルベルク家。
故・ウッドメル伯爵夫人の実家。
エミールは、夫人の弟の子息。
つまりケイネスとセイミ、ウッドメル兄弟の従兄弟にあたる。
「知らぬ人と、知らぬところで縁ができていた」。
俺にとって、おそらく初めての経験であった。
そんな感動もあったせいか、このエミールとは最初からうまくやっていけたのだけれど。
知り合って間もなく、早速に。
「さるお方から、『ヒロさんにお会いできないでしょうか』というお話をいただいておりまして」
少々困ったような顔を見せている。
それにしてもこのエミール少年、しっかりしたものだ。
「人づきあい」の言葉選び、とても13歳とは思えない。
「君には断れない筋であると、そういうことだね?」
「ええ。私は言わば……その方の寄騎と言いますか、いえ、『お付き・客分』と表現するのが適切かもしれません」
相手は、俺にとってのフィリアであると。
そこに思い至った刹那、即答してしまっていた。
「『承りました』とお伝えください。……で、いつ?」
エミールの困り顔が、下を向いた。
「それが、『すぐにでも』とのことで」
UH-Huh。
この勝手の強さ。かなりの偉いさんかあ。
まあ、トワ系名流バルベルク家の嫡男・公達のエミールを「お付き」にするぐらいだもの。
幸い、その日は時間に余裕があったので。
早速に立ち上がり。
王宮の最東端にある近衛府を出て、南に歩きがてら。
「で、どなたが?」
「大蔵卿宮さまです」
それは大物だ。外庁八省の「かみ(局長級)」……式部卿宮とも並ぶ地位。臣籍にあるならば正四位下相当。レイナの2ランク上。
公達を「お付き」にするのも当然か。
いや、しかし。
方向がおかしくないか?
大蔵省は、王宮の最西北角に近い位置にあるのだけれど。
などと、思う間もなく。
近衛府の南にある、雅院(王太子殿下の宮殿)に到着。
「ちょうど今、こちらにおいでなのです」
と、説明をする間にも、雅院への出入りの手続、お目通りの手続などをテキパキと済ませていく。
いや、物慣れたものだ。
これほど優秀な若手を抱えている大蔵卿宮さまとは、どれほどのお方なのか。
……と、感に堪えずにいたところ。
聞き慣れぬ音が聞こえてきた。
いや、聞いたことがないと言うわけではないのだが。
宮中や雅院ではあまり聞かぬ音というか。
ぱたぱたとせわしない、これは……足音?
妙に軽い。
「そなたがヒロか!」
高い声。
顔を上げれば……いや、見下ろせば。
やけにちんまい女の子。
出会った頃のフィリアやレイナのように。
「宮さま!ただいまお目通りの準備をしておりますから!お部屋にてお待ちください!」
「うるさい!」
エミールがしっかりしている、その理由がよく分かった。
あるじに「鍛えられ」たのだ。
「いつまで見下ろしておるか!無礼であろう!」
「これは失礼を……」
高い声の叱咤に、片膝付いて頭を下げれば。
大慌てするのはエミールで。
「み、皆さま!ここはお控えいただきたく!」
太子殿下付きのお役人衆を、後ろから追いかけてきた侍女たちを、大急ぎで外へ追い出してくれていた。
いくら太子付き・宮さま付きでも、公達が膝をついている姿を眺めて良い立場ではない人々だから。
ああもう、ほんとうに。しっかりした子だよ。
「ふむ。面を上げい!」
ご下命にしたがい、顔を上げれば。
「そなたまことにヒロ・ド・カレワラか?近衛小隊長の?」
「いつわりなくヒロ・ド・カレワラにございます、大蔵卿宮さま」
その呼ばれ方に、ちょっとくすぐったそうな表情を見せていたが。
全体としては、つまらなそうな顔をしていて。
「退がりゃ!」
そのひと言に、仰せのままに……と、頭を下げて。
さて、退出しようかと頭を上げる前に、ぱたぱた言う足音は遠ざかっていた。
退出を待たずに、自分から去って行ったのだ。
「み、宮さま!」
追いかけつつ、こちらを振り向いたエミール。
いったん足を止め、深々とこちらに礼を施しているので。
苦笑をもって、「いいから、ほら」と伝えてやる。
背を翻して去って行った。
「私にはなかなか厳しいことを言うヒロにして、こうなるものか」
これは、アスラーン殿下。
「冷や冷やものであった。いくらヒロでも怒鳴り返しはしないかと。万一に備えてここにあったのだ」
止めに入っていただきたいところなのですが。
「エドワードをご指名でなくて良かった、そう思わないか?いきなりポカリなんてことになっては一大事だ」
「エドワードは、あれで子供には甘いですから」
「そうだったな……しかしヒロでこれでは、あの宮さまを誰が押さえられるのであろう?我が妹ながら、頭が痛い。子供と言うが、13歳だぞ?」
嘘でしょう!?……あ、いや。
お側仕えのエミールが13歳なら、そういう事もありうるか。
「その顔、ならびに子ども扱いしたこと。宮さまには黙っておこう。知られたら大変だぞ?……大蔵卿の地位に就いたこともあるし、多少は責任感といったものも身に付けてくれると良いのだが」
などと立ち話をしているうちに、エミールが戻って来た。
「宮さまは、後宮にお帰りになるそうです。後のことは侍女どのに託しました」
応じて太子殿下が、かけるべき声をかけ。
「エミールにも苦労をかけるな。よろしく頼む」
エミールが、返すべき答えを返し。
「もったいないお言葉です」
それを退出の挨拶として、近衛府に戻りがてら。
お呼び出しの理由を聞かされた。
「大蔵卿宮さまは、メル家の令嬢フィリア様を、いたく慕っておいででして」
フィリアの年下キラーぶりは、男女を問わぬらしい。
末っ子って、年上キラーなのが普通だと思うんだけど。
俺の見識が狭いのかなあ。
「フィリア様は王都にお戻りになられましたが、お互い気軽にお会いできる立場ではなく。お手紙のやり取りをされたり、噂を集められたり。その中で、ヒロさんのこともお耳に達しました」
で、顔を見てやろうと。
そういうことね?
「それは、光栄なお話」
とは言え、結婚適齢期にさしかかった姫君だ。
男性を後宮に呼びつけるわけには行かない。侍女に止められてしまう。
この新春、公人デビューして出歩けるようになったのを良い機会としたわけか。
「ご下問があった際に、戦場で武功を挙げられたお話、大金を蹴って捕虜を解放してくださったお話、フィリア様の右腕として事務を切り回されたお話などをお耳に入れたところ、宮さまもいたく喜んでおいででした」
エミールにとっての俺は、親戚のウッドメル家を救った立役者のひとり。
そんなことより、何と言っても男の子。戦争の話には熱が入る。
で、話を聞いた宮さま、期待が高まったところに。
「この顔を見て、がっかりされたと」
憧れのお姉さん。その側近が、これではねえ。
千早とも面識があったはずだし。
ふたりを基準に容姿を想像されては困るんだけどね?
こっちはエドワードじゃないんだから。




