第二百十八話 治部 その4
と、話を受けたは良いけれど。
何をどうすればいいものやら。
(私たちを使えばいいじゃん。ポルターガイストして脅かすとか、後つけて弱みを握るとか)
ピンクさん、それは少々……。
(何で?庶民なら当たり前にやることだし、貴族だってやってるんでしょ?)
それがこっちの世界の、それこそ「世界基準」なのかもしれないけどさ。
気が進まないって。
(勘違いしちゃだめよ、ヒロ。直接的な威迫はアリだけど、弱みを握って恐喝なんて最低の行為だからね?……ピンクも変なことを教えないの!)
いや、どっちも最悪だろ。
(違うでござる。正面から暴力を振るうのは、こちらもリスクを負う行為。『鍛錬場』を道端でやっているのと同じ事。それに対して、「弱みを握り、一方的につけこむ」など……卑怯この上ない)
モリー老、おかしくないか?
「戦場では何でもあり」、ファンゾ百人衆はそういう集団だと思ってたけど?
(「何でもあり」ではござるが、リスク管理はするでござるよ?ほどほどで止めておかねば、殲滅戦・消耗戦となるゆえ。神経は使っておる。経済合理性の問題にござる)
受けたアリエルの声が太くなり。
(戦場と平時は違うのよ。いえ、戦争も外交の一部という意味では同じね。「何でもあり」だけど……そうね、「クラブ」ってことよ。敵じゃないんだから)
そうして説明されたのは。
今後の立ち回りを考える上で、忘れてはならない大事であった。
……貴族は、お互いを仲間と認め合う存在なの。
「同じ仲間、クラブの一員として、ふさわしいふるまい」が求められる。
弱みを握って恐喝するような輩を、仲間として迎えられないでしょ?
「死霊術師」なんて、本来なら貴族どころか、庶民も含めた社会全体から忌避される存在。
ヒロ、あなたの場合は苦労しなかったけど。
それは最初に出会ったのがフィリアちゃんだからなのよ?
教養……って言えば良いのかしらね。
教育を受けていて、自身しっかりした見識を持っているから、あの子には偏見ってものが無かった。
次が千早ちゃんでしょ?天真会で異能者には慣れてる。それを理由に差別をしない子。
そこから後は、まさに「クラブ」よ。
「クラブ」は、紹介者無しでは入れない。それはもう分かってるでしょ?
フィリアちゃんとアレックス様の持つ「メル」の信用と、彼女の人格……個人的な信用ね。
それを背景に、学園というクラブに入れてもらえた。
ヒロ、あなたも良くやっていたけど……ね?
今の俺には分かる。
受け容れられた流れが。
「『死霊術師』?フィリアの紹介なら、まあとりあえず入れてやるか。後は本人の問題だ。……案外ちゃんとしてるじゃないか、細かいマナーは分かってないけど、『不愉快』なところはない。……最近はずいぶん貴族らしくなって。メル家のおかげだろうけれど」
学園は、「上流」の集まるクラブじゃない。
「足りない」ところのある者が、その穴を埋めて、山を積み上げて、飛躍するための場所。
「足りない」がゆえの、僻みや妬みが生まれることもあるけれど。
「傷物」に対する暖かさもある場所だ。
そしてカレワラの名が決定的だった。
繰り返すけど、あなたも良くやっていたわよ?
いえ、異世界……「ニホン」って言うんだっけ。そこの文化が良かったのかしら。
「恐喝なんて最低だ」って。
そういうところは分かってくれてる。
性根から叩き直す必要は無かったもの。
「……なあ、アリエル。やっぱり俺は、甘えてたのかな」
フィリアだけじゃない。
イーサンやレイナ、エドワード。
四大貴族の次世代による「仲間扱い」。
彼らには、恩を着せているつもりはないはず。
だが、こちらとしては。
「共に行動してくれた、そのことからして感謝しなくてはいけない」話だった。
こちらもそれなりのことはしているつもりだし、卑屈になる気はないけれど。
感謝を忘れるべきではない。
友人だからこそ。
(お互い様なのよ。協力し合い、迷惑をかけあう。責任を分担しあい、なすりあう。気に病むことはないわよ?)
(もうふたつ、理由があるでござるよ)
「良い話のところ、冷や水を浴びせるでござるが」と前置きして、モリー老が補足してくれた。
ファンゾでも申したでござろう?
侍大将として立つためには――いまやそれ以上の地位ゆえ、なおさらでござるが――己一人の異能・特殊な才覚ばかりが突出して目立つのは、好ましからぬ。
「上」の仕事は「下」を束ねること。数の力に勝てるものなど、某は知らぬ。「人を使いこなす」能力を見せていかねば。
イセン殿も常々指導されているでござろ?
(そしてそれ以上に。……これはアリエル殿の言うところとも重なるでござるが)
異能者は、人から恐れられる存在にござる。
「力無き者」あるいは「下層」から、「力ある者」・「上層」へと這い上がるについては、その威を用いるのも悪くはござらぬ。
されど。
「上層」――つまりは「分かりやすい力」・「計算の立つ力」によって、均衡を取り合っている者のことにござるが――その中に入った時。
「計算の立たぬ力」を持つ者は、彼らからどう見えるでござろう?
「力ある者」は、「力無き者」の立場に立ったことがござらぬ。
己が「力無き者」であると思い知らされた時。
感ずる恐怖は、下層の者より強うござるぞ?
「恐喝なんて最低だ」と口にする心映え以上に、某はヒロ殿の「暗殺を嫌い、断る」心映えをこそ好ましく思っておる。
アリエル殿のように、「貴族的ではないから」、あるいはヒロ殿も感じておる「罪深いから、不愉快だから」ということではござらぬぞ?
「異能を見せつけることを避ける。殊に、自分以上の立場の者に」。
その保身の感覚は、忘れずにおいてほしいものにござるな。
(やりたい放題やっちゃダメってこと、モリー?)
(この朝倉さまは、そうは思わないぜ?それじゃ済まされない時ってのが、必ずある。仲良しクラブの友誼どころか、理非善悪すら超えなくちゃいけない時があるんだ。こないだの左馬頭を見ただろ?)
やっぱりいろいろ難しいけれど。
ま、ともかく。
「これぐらいのことなら、死霊術師のヒロじゃなくて、官僚あるいは公達のヒロ・ド・カレワラとして解決しなくちゃいけないと。そういうことか」
脅迫や暴力はダメ。
治部省が、担当の治部少輔が決めたスケジュールは、動かせない。
その権限を侵すわけにはいかないから。
貴族らしく。
「クラブ」の一員として……。
ああ!
お役所、正規ルートの「外朝」がダメならば。
それこそクラブ・人間関係を使えば良い。
「内朝」ルートだ。
こないだ会った、あの方をダシに使わせてもらおう。
すると、3月上旬だな。
千早にしてもあとひと月、2月下旬までは領邦に滞在できるし。
よし、報告だ!
「……どうでしょう、ドミナさん。その頃には、フィリアも王都に戻って来ているでしょうし」
「ええ、悪くないと思います。けれど……」
同僚の治部少輔に、肩透かしを食らわせることになる。
今後何か交渉事がある時、千早が担当の治部少輔に恨まれやしないかと。
それが、ドミナの言いたいところ。
「ご安心を。……極東で、ピウツスキ枢機卿猊下から学んだ手法があります」
薬物事件で、カヴァリエリ司教に食らわせていた手口。
「お前のやり方は失敗だ」と決め付け、仕事から排除する。
そうしておいて、「好意によって」後から利権を分配して「あげる」。
千早が払い込んだ礼金は、名は「礼金」でもその内実は「事務手数料」である。
ことが終わった後に、今度は名実共に「礼金」と言えるものを、多少は包むわけで。
問題は、「前金」・「手数料」のお代わりを要求されていることなのだが。
それはもちろん突っぱねる……というか、無視した上で。
「知らぬ振りして、少し遅れて『後金』を払い込めば良いのですよ」
猛禽を思わせる鋭い目に、光が点った。
「『お代わりを払い込まず、内朝ルートでお目通りをする』。……担当としては、冷や冷やものよね。ろくにコネもない田舎貴族と思っていたら、陛下と直通のパイプがあった。お代わりを要求したりして、千早ちゃんには悪感情を抱かれている。『今後の外交交渉、どうしよう。告げ口とかされてたら……』」
言葉を切る。
お互い分かっているけれど。そこは会話のキャッチボール。
「そのタイミングで、『ありがとうございます。おかげでうまくいきました』と、千早が後金を払い込む。そうすれば、『ちょっと懲らしめたうえで、担当のメンツも保ってやれる』というわけです」
加えて。
礼金の相場なんて、あってないようなもの。
いくら払えば良いか、分かりにくいけれど。
「それも、だいぶ値切った金額で済むと。そういうことね?……で、『そのお方』に連絡はつけられるの?」
そこについては、自信があった。
「ええ。ウッドメル家……アカイウスともご縁がある方を通じます」




