第二百十六話 四不像 その3
気分を晴らしたいという他にも、エドワードが俺を誘った理由、分からなくは無かった。
仲が悪くとも、兄弟なのだ。
B・O・キュビ家の男が凹まされたなら、出馬しなくてはいけない。
とは言え、非はジョンにある。
エドワードとしては体裁だけ整えればよい。
適度なところで切り上げて痛み分け。
そう思っていたのだが。
この日のエドワードは、やけに執拗で。
あしらいかねて打ち込まれた。
筋力に優れる説法師のエドワード、この日の得物はメイス。
木製とは言え、重量において木刀の比ではない。
まともに食らっては大怪我ものなので、必死にいなすけれど。
かわしきれず、二度三度痛撃を食らう。
そうなってから、やっとこちらにも火がついて。
木刀で斬りかかり、あちこちに切り傷をこさえてやったのだけれど。
エドワードはそれでもまだ、収まる気配を見せない。
近衛府付きの武術師範が割って入り、どうにか事なきを得たけれど。
あのまま続けていたら、どちらかが大怪我していた。
いったい何考えてるんだ。
「お前には分からねえよ」
去り際に捨て台詞まで吐きやがる。
こちらも気が立っていたものだから、つい。
「分かるわけないだろ?」と言い向けて。
なんだと?
と、振り返るところを狙って、足元のミケを投げつけてやる。
興味津々というブサネコ面がむかついたから。
顔から引き剥がしたエドワードも、しげしげと眺めていた。
「ひどいブサイク面だなコイツ。子供の落書きみたいだ」
実際、子供だからなあ。好奇心の女神なんて。
「そう言やキルトも神様憑きって言ってたな。……バカみたいに不幸な目に遭うんだよな。植木鉢が落ちて来たり、いきなり暴れ馬が突っ込んできたり。あいつの反射神経どうなってんだ?」
ギリギリを楽しみたがる神様だから、たぶん死ぬことはないと思うけれど。
「ヒロにもヒロの気苦労があるか。そりゃ、俺に分かるわけねえよな。お互い様だ。だがな、極東の戦場にいた頃の方が、お前はずっと良かったぜ?今は何だ、その。浮わついてる」
何を言いやがる。
「そのまんま返すぞ?何だ、さっきの打ち込み。筋も何もない。戦場にいた時のほうが腰が据わってた。お前どうしたんだ?」
はたと足を止め、考え込んでいた。
1月の寒気に、身から立つ湯気と……霊気が収まってゆく。
いつものエドワードだ。
「そりゃ余計なことを考えなくて済むからだろ、戦場は。……悪かったな。どうもお前は能天気、いや、能天気って言うには渋ッ面なんだよなあ。ともかく悩みとか無さそうに見えるもんだから、つい腹が立って」
顔のことはほっとけ。
それに能天気?お前が言うか?
「そうだろうがよ!ヒロ、お前に『弟』の気持ちが分かるか?腹違いの三男坊の気持ちがよ!リチャード兄貴は全部持ってく。ジョンの野郎はおこぼれに預かれる。俺は何だ?せいぜい村の一つももらえれば御の字だ。それすら期待できねえよ」
エドワードに言わせれば。
俺には、兄がいない。頭を押さえつける親もいない。
爵位持ちで、ただの従五位下とは桁の違う金をもらってる。
(繰り返すが、千早やフィリアの収入は、さらに俺とは桁が違う)
「俺なんか、こないだの給料が始めての『自前の収入』だぜ?それまで親父と兄貴に頭下げて、小遣いもらって。それで郎党衆養ってた。いや、養ってもいねえよ。あいつらだって勝手にバイトしたり、親からなけなしの小遣いもらってただけだ!その郎党衆にしてもだ。長男やら、できのいいのやらは二人の兄貴の派閥。俺のところに来るのは、『エドワード様のところなら、うちの乱暴息子でも活かしてもらえるんじゃ……』って脳筋ばっかりだ!キルトが知性派って、どう見ても終わってんだろうがよ!お役所仕事に使える秘書がいねえ!」
それを言うなら、イーサンやシメイはどうなんだって話だ。
つっかかるならそっちだろうに。
「イーサンは、あれはあれで何か悩んでただろ?今は吹っ切れてるみたいだけど、あれだけの名門の長男で、それでも『悩みなんか知りません』ってツラしてない」
よく見てることで。
「シメイは……お前は知らないか。あいつ、立花伯爵の甥っ子だろう?伯爵に男の子が生まれるまで、『レイナが嫁に行くかもしれない、その時にはアイツが次の立花だ』ってポジションだったんだよ。そんな不安定な地位に置かれ続けて、しかもレイナが立花を継ぐって決まって。あいつの立場はどうなるんだって話さ。……ま、どうせ当たり障りのない官職をぐるぐる回って、適当に過ごすに決まってるけどな?」
地位や境遇、そういうものに不満があるのは分かる。
だけど、それをおもてに出してしまっては。
「分かってるさ。こんなこと言うのはしょうもない僻みだってのはよ。だけどな、だったら悩みが無いヤツには、せめてにこにこしといてもらいたいんだよ!こっちに踏み込んで来るんじゃねえ!」
フィリップが、ジョンに言葉をかけられたときに見せた顔。
「お前が言うのか、お前には言われたくない」という顔。
「お前、悩みあるのか?いや、中身を聞き出そうなんて言わない。ただ、あるのか無いのか、それだけだ。真剣に、やりきれない、やるせない、どうにもならないって。そういう思いしたことあるのかよ。……いや、違った。『そういう思いをした後に、反発したことあんのか』って言いたいんだ。何かお前見てると、『しかたない』って諦めてるように見えるんだよ。全部受け容れちまうって言うか。庶民の出だからか?お貴族様にはかないませんって、頭下げてやり過ごす癖が抜けないのか?」
エドワードはこの春で18歳になった。
まだまだ十代。そういう「反発心」、あっておかしくはないと思う。
俺は17歳、中身は25歳だけど。
そういうことではないような気がした。
十代の頃の俺に、日本にいた頃の俺に。
「逆境を跳ね返してやる」とか「一生懸命頑張って何か成し遂げてやる」とか。
そういう思いはあっただろうか。
僻みを表に出すことは、厳に慎まなくてはいけないけれど。
「僻むまいとして、境遇に安住する」ことにも問題がある。
と、ふと考え込んでしまえば、またどやされる。
「クソが!庶民の出って言われたら、間髪入れず殴りかかれ!俺は妾腹なんて言われたらぶっとばしてるぞ?『庶民の出』って言葉の意味ぐらい分かるだろうが!父方……カレワラの血統はともかく、母親バカにされてんだぜ?悔しくねえのかよ。母親バカにされて怒らないヤツなんて、人間じゃないぞ!」
俺の経歴は、偽りのものだけれど。
そういうことではなくて。
「悔しい」という、感情の問題。
感情と行動と、どこに折り合いをつければ良いのだろう。
「勝手な行動」は「素直な感情のあらわれ」でもあって。
「理性的な振る舞い」は「自己欺瞞」でもあって。
「神様の加護ってのは迷惑だろうが、メリットでもあるんだろ?キルトなんか、『俺は絶対に死なない』ってどこかで確信してやがるから、怖い者なしだ。てめえも便利な霊能持っていて、自由が利くご身分で、何でそうおとなしいんだよ!何でそう、『お役人でございます』って、丸く収まっていられるんだよ!」
なあ、ピンク。
(うん、たぶん私が言いたいのと、だいたい同じことだと思う)
「俺は諦めてないぞ?せめて村一つ、できれば州ひとつ。あの戦下手のジョンより下なのは納得いかねえ!下品だって言うか?ちっちぇ男だって?だから何だ、そういう意地のないヤツを男とは言わねえよ!アカイウスほどの男が、よく付いて来るもんだ!」
アカイウス。
そうだ、アカイウスを口説いた時の俺は、ウッドメル伯爵に並ぶ男になるって。
(ひとつ言っておくわよ、ヒロ。中央政府の局長級は、ウッドメル伯爵に勝るとも劣らぬ立場。権威・権力、もちろん責任も、社会に対する影響力でも。カレワラの家を、宮廷貴族を、見下すことは許さないからね?)
(エドワード殿も若いのでござるよ。今の自分が何もしていないように見えて、それに焦りを覚えているだけのこと。勝ち負けが明確に理解できる、己の働きが結果に直結する。そうした戦場との勝手の違いに戸惑っているのでござろうなあ)
(だがな?その虚仮の一念を持っていないヤツは、絶対にモノにならないんだよ)
モリー老は、ヴァガンや千早と一緒にミューラーへ帰ることを拒否していた。
(今回は、千早が悪うござるゆえ)とのことで。
朝倉は、(俺は千早やフィリアを支持するけどな?)との立場。
(正しいか悪いかじゃ無い。ヒロ、お前の決断は正しかったと思うぜ?だがな、気に食わないんだよ)
理由を聞いても、まともな答えは返ってこなかった。
(俺は刀術バカの成れの果てだぞ?説明なんかできるかよ……ま、バカってのは良いもんさ。男ってのは基本バカだから付き合いやすい)
「体動かして、散々しゃべったら腹が減った。ヒロ、奢れ。俺の郎党が可哀想になってきたところだろ?」
「お前が奢ってこその、『主君の威光』だろうが」
「金を引っ張ってくるのも、主君の腕の見せ所なんだよ」
こんなことにばかり口が回る。
しょうがないヤツだ。
「酒は無しだぞ?お互い、少し控えたほうが良いだろう?」
「ああ、そうだな。正月の宮中行事ときたら、やたらと宴会ばかり。こっちで気をつけておかないと」




