第二百十四話 第五章のエピローグ
「ヒロ殿……」
千早が呆れ顔を見せている。
「そこでどうして、そうなるのでござるか!おなごにあれだけ言われて、腹が立たぬのか?意地はござらぬのか!こちらが腹立たしくなる!」
そういう表現をするということは、拒否ではない。
ま、提案されたら断れない話ではある。
千早だって領邦貴族、経営者なのだから。損得勘定は大抵のことに優先する。
この直前のこと。
千早は、「年末年始、ミューラー領に帰省する」と口にしていた。
「お礼状を届け、言上の機会を得られるよう申し出てはござるが……」
正六位上・準千騎長の千早は、基本的に陛下へのお目通りはかなわぬ身分。
「何かの機会に陛下の目に止まり、お声がかりがある。その際、千早が領邦賜与への感謝を申し上げる」という体を取らなくてはいけない。
申し込んだところ、「しばらく待たれよ」と言われるのは当然として。
新任領主の千早は、「その申し込みを家臣にやらせる」こともできない立場だ。
しかたなく王都に出向き、しばらく滞在していた。
これが女官にでもなってしまえば、逆に時間の融通が利くのだけれど。
1月は宮中行事が目白押し、どうせお目通りは期待できない。
そこで、この機会に帰省してしまおうと。
「ならグリフォンに乗っていけ」と俺が提案したところ。
それに対する千早の回答が、冒頭の言葉である。
直線距離にして3000km、陸路なら数ヶ月、海路でも2~3週間はかかるだろうか。
グリフォンなら片道5日でたどり着ける。
領邦に滞在し、経営や視察に割く時間を、それだけたっぷり取れるではないか。
空には賊もいない。安全快適な旅である。
「なぜそこまでするのでござる!」
「分かってることを言わせるな!それはそれ、これはこれ。ケンカしていようが何だろうが!」
……俺たちは、そういう付き合いじゃないだろうが。
その呼吸は、我ら3人。
広げてもレイナやイーサン、マグナムやノブレス、エドワードぐらいの範囲にのみ、通ずるもの。
「頼むよ。ヴァガンにもファギュスの顔を見せてあげたいし。ミューラー領から新都までは、アランさんにお願いできるだろう?」
と、ここまで言ったところ。
当の千早はおろか、その場にいたディミトリスやクセノフォンまでが「うわぁ」という顔を見せた。
(なお。幽霊の情報は基本秘密だけれど、『絵描きとしてのピンク』と『グリフォンの兄としてのヴァガン』、『楽器演奏家の青年』の存在は明らかにしてある)
「こんなことで機嫌を取ろうなんてつもりは無い。それも分かってるだろう?」
「そうですね、新都に用のある武装侍女をひとり、連れて行ってもらえますか?」
これはフィリアの配慮だ。
グリフォンの定員は2人。
と、なれば。侍女のお珠が「連れて行け」とうるさいだろうけれど。
安全快適でも、女性の旅。
お珠と組むよりは、「武人がふたり」の方が安心だから。
「感謝申し上げる。なれど!」
「ええ、千早さん。分かっています。腹立たしい!……ヒロさん、私は年末年始、エッツィオ叔父と紫月城の方面で過ごします」
「俺は……」
(ダメよヒロ!何言うつもり!?絶対ダメ!)
さすがにそれぐらい、分かっている。
むしろそこで、アリエルに対応しようと間を開けてしまえば。
言われなくても済むはずのことを、駄目押しされてしまうのである。
「こちらは護衛やグリフォンは不要!ヒロさんは公達でしょう?宮中行事にどうぞいそしんでください」
そのままふたり、肩を並べ。談話室を去って行く。
何に怒っているのか。
少なくとも単純に色恋沙汰ではない。それだけは、理解できるけれど。
「ヒロ君。君は庶民として育ったと言ったね」
どうやらフィリアはエッツィオ閣下に「真実」を伝えていないらしい。
当主と総領以外は「知っていてはいけない」ということに、配慮したのだろう。
知らせたところで、外に漏れるわけはなし。
「当主の地位を狙っているのか?」と疑われることもないけれど。
謹慎を旨とするエッツィオ辺境伯。
その心の負担になることもまた、確かであって。
「その割には……いや、むしろ逆か。庶民から当主に。分からぬものかもな」
傍らに立つディミトリスとクセノフォンに、切れ長の目を向けていた。
「ええ、死霊術師と伺いましたが、その割に。おかげでやりやすいところもありましたが」
少し、分かったような気もしたけれど。
「我々も少々、腹立たしさを覚える。こればかりはどうしようもない。ひとりで考えてみることだ」
妙な宿題を出された、王都一年目の冬。
振り返ればこの年もまた、多くの人と出会い。
別れがあった。
そして気づけば、ひとり。
都大路の石畳には、雪が舞い落ちていた。
「紫月城」は、伏見城のイメージです。
この物語では、メル館(下屋敷)から、南に直線距離で50~60kmという位置となります。




