第二百十三話 決裂
全て、予感はあった。
いや、予測済みですらあった。
「どういうつもりです?」
「この結論には、納得が行かぬ」
かっこよく決めたときは、いつもそうだ。
「なぜ式部卿宮を生かしたのでござるか!」
「そのために、私たちをこの件から外したのですね!?」
決然と事を為し、断行してしまえば。
何事であれ、――実害がなくとも、「思い」のところで――
結果に満足する者と、切り捨てられて不満を抱く者とが出る。
「実行犯をその場で斬り捨てる。背後の組織を全滅させる。依頼者は自殺した。全て当然のこと。そこでなぜ、大元だけを生かす?トカゲの尻尾切りではござらぬか!式部卿宮の不明・不決断のために、何人が死んだことか!張本人が生きておるなど、あってはならぬ!」
次の一言が、俺には痛かった。
「それとも何か、ヒロ殿。貴族の、王族の命はさまで重いのでござるか?庶民の、家臣の命は軽いと申すのか!」
それが貴族社会、身分制社会というものではある。
が、日本から来た俺も、その考えには納得しきれない。
間違いがあるなら、貴族だろうとなんだろうと、責任を負わなくちゃいけないと思っている。
そこは千早と通じ合っているだけに。
怒りに血走……いや、赤く潤んだ目。
刺さる。
機先を制された、あるいは初手を譲ったフィリアが続く。
同じ攻め口を重ねることを嫌ったか。
「王国の文明を思えばこそ、立花に手を上げた者には徹底した懲罰を加えなくては!乱賊に寛容を示してどうします!『失敗してもリスクは小さい、成功すれば大きなリターンが望める』、そういう賭けの存在を許容しては、再び試みる者が現れる!これまで謀略を旨とし、実力行使を自重してきたトワ系がその道に走るようになったらどうするのです?責任を取れるのですか!?」
これまた厳しい。
俺の行動は、「古きよき何か」を守ろうとして、かえってそれを危機にさらすおそれを内包しているのか?
だがしかし。
ふたりの憤懣、その本質は別のところにあったようで。
「レイナさんの命を狙ったのですよ?」
「許せるものではござらぬ!」
メルの上屋敷と立花邸とは、同じ通りに面している。
同い年の3人、なかなか外では遊べぬ貴族の女子、貴重な幼馴染であったろうことは想像が付く。
一度別れた後、知り合いの少なかった極東の学園でも、長い時間を共有してきたのだ。
事あるたびに角突き合わせているけれど。
「遠慮なくぶつかり合える」ことが、彼女たちにとってどれほど貴重なことか。
王都に来て貴族になってみて、初めて心底理解できるようになった。
でもさ、だからこそ。
「レイナの気持ちを……」
「では、友たる我らの気持ちは?いや、父伯爵閣下に母御のお怒りは?いかにして晴らすのでござる?レイナ殿の気持ちと言うが、本当のところを分かっているのでござるか?」
「分かっているつもりだからこそ……」
そこには確信がある。
本人も言っていたんだし。
「それはそうでござろうなあ?」
いや、その。
何かおかしな話に。
「ええ、おかしな話です。レイナさんの気持ちがどう、私たちの気持ちがこう、いつもヒロさんはそればかり!ヒロさんの気持ちはどうなのですか!」
心の声を拾われた!?……はずはないだろうけれど。
「ひとつには王家とメル家のため、ええそうでしょう。直臣であり、お義兄さまに『メルを害さぬ』と誓いを立てたヒロさんがそのために動く、わかります。ふたつには王国のため、わかりますとも。自らが生きる社会をより良いものとすべく、率先して行動する。人たるの、貴族たるの道です」
一息ついて、腕組みを見せ。
こちらを睨みつけ。
「そしてレイナさんのため。愛しい人を思いやる気持ち、大切にしたいものです」
やっぱりおかしな話に。
「その上で問います。ヒロさん、あなたはどうしたかったのです?『何かのため』『誰かのため』という言葉を借りねば決断できぬ、それは卑怯でしょう!」
俺自身が、そうしたいと思った。式部卿宮の命を奪うべきではないと思った。
それは間違いない事実だけれど。
フィリアの言いたいことは、そういう話とは、少し違っていて。
「レイナさんを殺そうとした人物ですよ?確証を得られたなら、『ひとり式部卿宮邸に乗り込んで己が手にかける』ぐらいの気持ちにはならないのですか?武人の『直心』、ひとの『直心』とはそういうものでしょう?是非など問題ではありません。私だって全力でかばいますとも!」
普段なら千早が言いそうなこと。
素朴で、真っ直ぐな、いにしえ人のような、あるいは葉隠武士のような。
たしかにヴァガンや、長浜のバクチ打ちの爺さんの時には、そうしたけど……。
何が違うんだろう。
ぶつけられた疑問に泳ぐ俺の目。
ふたりがついに爆発した。
「自分の気持ちに嘘をつくような者に、人はついて来ません!家臣も、友も、もちろん女性も!」
「式部卿宮に対する怒りよりも、王国の国体を慮る。つまり本当の怒りではなかったのでござる!ヒロ殿のレイナ殿に対する思いは、本気ではなかったのでござるか?式部卿宮を非難できぬではござらぬか!……ああ、だから許したのでござるか!」
「そこまで不誠実な人とは思っていませんでした!レイナさんをないがしろにするとは……」
「信用できぬ!」
「人として、男性として!」
いろいろと言いたいことはある。
「言ってはならぬこと」をぶつけられているような気もする。
だがそもそも、男は口喧嘩では絶対に勝てないのである。
それもふたりがかりと来ては。
だから。
お決まりの言葉に逃げざるを得ない。
「うるさい!」
「レイナの、レイナと俺の、何が分かる!」
……そのひと言だけは、必死で我慢した。
比喩では無く、殺されてしまう。
それでも。
「これが正しいと思った、こうあるべきと思った、だから決断した!やり遂げることができた!」
詫びないぞ。助命の結論は堅持だ。
国王陛下・太子殿下の思し召しだからってんじゃない。俺がこの結論を守る。
今度ばかりは意地を張り通す!
オサムさんの言うとおりだ!それがレイナへの誠意だ!
折れてたまるか!
「全容を解明した。右京職の勢いを殺いだ。関係者を全て処分し、レイナの名誉を守った。王都の治安を回復し、人心を安定させた。メルのためにこそ、大メル家の介入を完璧に封じてみせた。満点だろうが!今の俺に、いや王国の誰であれ、これ以上のことができるか!」
フィリアの目が見開かれた。
挑発と聞こえたか、売り言葉に買い言葉というやつか。
「やってみせますとも!自由に外に出られさえすれば!」
いいや、今度ばかりは俺が正しい!
「それがそもそも……そこっ!」
千早と2人、扉を蹴倒す。
メル家に出入りする男性としては、やや細身の人物が立っていた。
細身と言っても、日本で言うところの細マッチョ。均整の取れたその体つき、間違いなく武人だ。
フィリアの私室に近づけるだけあって、身分も高いのだろう。
着ている服の質が良い……それ以上に、着こなしが自然。
いきなり扉を蹴倒されるような目に遭ったというのに、まるで動じていない。
優雅なものだ。
が、聞き耳を立てていたというのは、これ明らかに非礼であって。
「何者か!」
「これは、失礼をいたしましてござる」
え?千早?
こっちが失礼なの?
「エッツィオ叔父です……お久しぶりです、叔父さま!」
この人が……。
俺のいろいろな感慨を余所に、すっと歩を進め、フィリアに近づいていく。
通り過ぎたその横顔は、やはり秀麗で。
「私と気づいていたのか、フィリア?ああ、霊の気配はひとりひとりみな違うと言っていたね。それにしても、興味深い話を聞いたものだ。君がヒロ・ド・カレワラ男爵閣下かな?」
振り向いた姿にも、余裕が漂っている。
しかしそれはこちらも、いろいろ場数を踏んできたところでありますから。
「お会いできて光栄に存じます。大戦では友愛大隊に助けられました」
血相変えて扉を蹴倒したことなど、まるで知らぬかのごときご挨拶。
「領地でも活躍ぶりは聞いた。ディミトリスとクセノフォンも連れて来ている。牧場ではマツサワも世話になったとか。また後で挨拶させよう。……で、フィリア。そう無茶を言うものではない。宮仕えには制約が多いのだ。……千早もだ。君や私たちのような『領主』とは違うのだから」
さすが名人、エッツィオ閣下。
言ってやってください。
「が、フィリアを悲しませ怒らせる者を容赦するわけには行かぬ。理外の理、そこはすでに分かっているところかと思うがね、男爵閣下?」
「歓迎」のお時間ですね、分かります。
しかし公爵夫妻、総領夫妻。ドミナもそうだったけれど。
末娘は無敵だよ、まったく。
メル公爵とエッツィオ辺境伯。
ふたりの母君クレール夫人は、東征に従軍した説法師である。
つまりこの兄弟、比喩ではなく「戦場で産湯を使っ」ているわけで。
前線にあること40年を越える男の個人的武勇たるや、これまた兄とほぼ同格。
えげつないまでの強さであった。
「エッツィオ閣下のおかげで、宝石を投げつけずに済んだでござる」
「もったいないことをするものではないよ、千早。せっかくよく似合っているのだから」
「ええ、宝石は衝撃に弱いですものね」
「フィリアも変わらぬ……いや、変わったな。きれいになった」
なんかおいしいところを持って行かれたけれど。
自分がプレゼントした宝石を投げつけられ頭蓋骨を割られるよりはマシ。
ああ、情け無い。
でも、折れないからな?
俺が出した結論は、間違っていない!
サブタイトルとして、原題を付け加えました。
また、「異世界王朝物語」の「設定・資料集」を別立てで作成しました。
不定期に、少しずつ更新していくかと存じます。




