表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/1237

第十六話 悪霊 その1


 「また来たの?」

 声が聞こえた。


 そちらを振り返ったが、女神の姿は無い。


 「どこだよ!」

 どうもこの女神と対面すると、イライラさせられる。思わず声が荒くなった。

 

 「私だって、いちおう神なんだけど。そんなヒドイ顔で謁見しようなんて、厚かましくない?」

 

 すっと、鏡が現れた。

 そこに映るのは、吐瀉物に汚れ、恐怖に引きつった顔で、両目を見開いた、俺。

 ……両手は血まみれだ。

 背後に何かが映っている。うごめき、近づいて来る。

 体が動かない。振り返ることが出来ない。

 それは肩の上に現れ……鏡の中の俺と、目が合った。

 先ほど切り捨てた、幽霊だった。


 「あああああああ!」

 叫び声が口を突く。

 


 とたんに、鏡も幽霊も消え去った。

 女神が現れる。「ドッキリ大成功」と書かれた看板を手に持って。

 駄女神が。日本でしょうもない情報を入手しやがったな。

 

 「なんちゃって~!!驚いた?ねえいまどんな気分?こないだの無礼の仕返しですぅ~!」


 こいつは!

 いつもいつも!

 人が真剣に悩んでいるときに!

 

 飛び掛ろうとする機先を制するように、女神が口にする。

 「この空間に来ているのは精神だけだ、ということぐらいは分かってるよね?ヒドイ顔をしていたのは、本当だよ?」


 思わず動けなくなる。


 「あんまり教えても面白くないから、一つだけ答えてあげる。君が霊能を得たきっかけは、臨死体験と幽体離脱によるものです。私からのギフトによるものではございません!」


 「じゃあね!」


 あるのだかないのだかも分からない、床が抜ける。

 毎度毎度、落とされるのは気分がいいものじゃあないんだけど。




 目が覚めた。

 両手を見返す。血はついていない。当たり前か、幽霊だ。

 そうだ、俺が斬り殺したのは、幽霊だ。

 いや、殺してない!殺してないんだ!斬っただけだ。幽霊なんだから!


 震えが止まらない。

 再び、酸っぱいものがこみ上げてくる。

 うげえええええ。

 


 出すものを出したら、少しは気分がマシになった。

 ウォルターに、抱き起こされる。

 「ヒロ、ありがとう!マチルダに向かってきた霊を、退治してくれたのだろう?」

 俺の目をまっすぐに見据えて、強い口調で言う。

 「君のおかげで、マチルダの命が救われたんだ!」

 

 おもはゆいが、どうやら落ち着いた。体の震えも止まった。


 フィリアが、千早が、近づいて来る。

 アリエルにハンスにジロウも、こちらにやってくる。

 どうやら俺が切り捨てた触手は、苦し紛れの最後の反撃だったらしい。

 悪霊はとりあえず、川の中へと帰って行ったようだ。



 ざっと点検を終えて後、船長室で事情を聞かれる。

 マチルダが狙われていたらしいこと、狙っていたのは悪霊であること。


 船長からも説明があった。


 十数年前。王国がサクティを制圧し、湖城イースを確保して、数年経った頃。

 最前線がギュンメルに移り、しかしウッドメルはまだ、彼らの言う「北賊」の占領下にあった頃。

 このあたりで、貨客船が北賊の襲撃を受け、沈没したのだそうだ。

 死者・行方不明者は合わせて数百人。

 以来、夜になると、霊能を持つものには悪霊が見えると言われ続けてきた。

 

 「……時々、行方不明になる客が出る。寝ぼけたか酔っ払ったかして、川に落ちたのだろうと、そう思われていたんだが……。悪霊の噂は、本当だったんだな。」


 船長が、己を励ますように、声に力をこめた。


 「乗客の安全は、船長である私が責任を負うべきものだ。そちらのレディを救助してもらった件については、感謝する。今後も力を借りることはあるかも知れないが、今夜は乗組員で見張っておく。皆さんに安心してお休みいただくのは、私たちの務めだ。」



 事情聴取からは解放されたが、それで終わりというわけにはいかない。

 ウォルター夫妻の部屋に、全員で集まる。

 

 怖がらせては悪いとも思ったが……。そういう段階は通り越している。

 マチルダの足元が濡れていたことを、二人に伝えた。

 今も濡れている。

 

 「どこかで『魅入られた』ということでござろう。」


 「浄化してみます。」

 精密にコントロールされた光線が、マチルダの足首を伝う。

 「どうです?」

 目視のできる、俺にたずねる。


 「だめだ。いっときは乾くけど、またじんわりと濡れてきている。」

 

 「元凶を浄化するより他にない、ということでござるか。まあ、分かりやすいとも言えるでござるな。」


 「マチルダさん、どうかご安心ください。必ず治療いたします。」


 「そのためにも、敵の正体を知る必要がござるな。……ヒロ殿?」


 思わずマチルダを見てしまった。怖い目に遭った人の前で言って良いものだろうか。

 「私は大丈夫です。これでも武人の娘として育った、武人の妻ですから。」

 

 その言葉に励まされ、説明を始めた。

 

 海坊主のような形をしていること。

 二本の触手を持ち、一本は太く、一本は細い触手の集合体であること。

 複数の人間の霊の集合体であること。

 本体は、なにやら融合してしまっていて、人格を持っていないこと。

 これは情報ではないけれど……絶対に浄化しなくてはいけない、ということ。


 悪霊のおぞましさを思い出した。

 そして、切り捨てた触手に浮かんでいた、無念の顔を。


 うっ。

 再び震えが起こった。


 「ヒロ殿?」 


 「霊障ですか?」

 

 「いや、違う。大丈夫だ。思い出しただけだ。」


 「霊の姿が見えるのも、時としてつらいものでござるな。」 


 「それほどおぞましく、哀れな霊でしたか……。」

 

 「ああ、そのとおりだ。あれは絶対に浄化しなくてはいけないんだ。」

 

 その思いは、変わらない。やり遂げてみせる。

 覚悟はできているはずだ。それなのに、何で体の震えが止まらないんだ……!


 

 「今夜はもう遅い。明日の晩に備えて、寝ておくべきだ。続きは起きてからにしよう。」

 ウォルターが口を挟む。

 「今夜は、二人にマチルダのことを頼みたい。ヒロには話しておきたいことがある。」


 「しかし……」

 震えが止まらない俺を見て、フィリアと千早が口を出そうとする。


 その二人の前に、アリエルが立ちふさがった。

 「夫に任せてはもらえませんか?」

 マチルダも、外に出るようにと二人を促す。

 

 背後で、部屋の扉が閉まる音がした。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ