表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

628/1237

第二百六話 右京 その1


 「『話し合いの機会を持て』と?検非違使庁は、『衛門』の担当だ。『兵衛』の君が口を出して良い話では無い。ベンサム大尉たいじょうも、姑息に過ぎよう」


 にべもない、イセン。



 「ヒロ君らしいと言えば、らしいけどね。いつの間にやら知り合って、そういう仕事を押し付けられる。今度はどんな義理や借りを負ったんだい?」


 呆れ顔の、イーサン。

 相変わらず、「よく分かっている」。

 


 「義理も借りも、無いよ」 


 言い返して、気づいた。


 俺の後ろに控えているティムル・ベンサム。

 悪い人間ではないけれど、清濁併せ呑む「ひとかど」であって。

 この男からの借りは、高くつく。

 裏返せば、貸しを作れば、大きな得になるわけで。


 ……俺が気づくようなことは、当然イーサンにはお見通し。  

 

 「では、貸しを作りに行くのかい?貸付けの資本もとでは自前で積むことだ。尻をこちらに持ち込まれても困る」


 態度が硬い。

 あまり見たことのない表情だった。



 「頑張りすぎじゃないかな、ヒロ君。聞いているよ、あちこちでのご活躍。僕らの仕事まで取り上げなくとも良かろう?」


 嫌味交じりのイセン。

 同期は何かと助け合いもするけれど。出世争いのライバルであることも間違いない。

 


 「仕事をすることが悪いとは言わないよ」

 

 早口で割って入ったイーサンは、少しうつむき加減で。

  

 「が、やはり各人、与えられた権限や『枠組み』の中で行動すべきだ。イセン君も指摘したように、検非違使庁は『衛門』の担当。管理・監督は僕らの仕事だ。」


 そして、やけに多弁でもあった。

 

 「検非違使も、あまり非合法……いや、『不適切』な捜査をすべきではない。『許された枠組みの範囲内で』仕事をすべきだ。ヒロ君も馬寮では、そうしただろう?」


 口にするのは終始、手続論と形式論。

 感情の問題を徹底的に排除するかのように。



 世慣れた三十男のティムル。

 イーサンの人柄を見抜いたようだ。


 口調を軽くする。

 初任で16歳の公達の心に、翳を落とさぬように。

 

 「いや、これは私が不勉強でした。カレワラ小隊長殿とは飲み友達で、『どうも近衛府には近寄りづらい』と愚痴っただけなのです。小隊長殿から、『ならば、みなで一席』とのお言葉をいただき、それに甘えようかと」


 無理でもなんでも、ごまかす。


 

 「世代も違うのに?どこで知り合ったんだい?またヒロ君は妙な縁を……」


 誘いに乗るイーサン。

 あえて気の抜けた顔を作っていた。


 10代半ばと30代。

 話題転換のきっかけにできる、その年齢差がありがたい。

 この世界では、「親子ほどの年の差」というヤツだから。

 


 「いや、ははは」

 

 ティムルと目を合わせ、頷きあう。

 ここは仕切り直しだ。また後日……。

 


 「ああヒロ、こないだの話か?東川の近くで、ユースフ・ヘクマチアルに暗殺されかけたって」


 エドワードぉ! 


 ……若手の近衛小隊長は、「毛並みの良い貴族」ばかり。

 イーサンのように、「きちんとした型にのっとって武器を扱うことができる」、「得物を手にした時、腰が据わっている」、「見苦しからず、人品おのずから現れる」程度に武術ができれば十分なのだ。

 実働は腕利きの近衛兵たちに任せ、後ろで威厳を保ちつつ落ち着いて指揮を取ることこそが仕事。

 百騎長以上に相当する、部隊司令官なのだから。

 

 だから武術談義を交わすことのできる「武闘派」は、少なくて。

 ユースフ、その弟ムーサ、そしてティムルあたりの話は、同期組ではエドワードだけに打ち明けていたのだけれど。



 「「「暗殺だって!?」」」


 一気に騒がしくなった。

 でもまあ、現に俺はこうして元気なわけで。

 みなの反応も、すぐと落ち着きを見せた。

 


 「東川ということは、左京の繁華街。ひと目も多いだろう!?」


 「思った以上に、治安の問題は深刻か」


 おや?

 これは良い方向に転がり始めましたかねえ?



 「手続や枠組みも大事だが、現場はそうも言ってられないんじゃないのか?あんまり手足を縛るのもどうかと思うぜ?」


 だからエドワード!

 援護射撃はありがたいが、もう少しタイミングを考えてだな!



 イーサンの声に力が籠もる。


 「だからこそだ、エドワード君。好き放題に武器を振り回すのでは、ヘクマチアル家と何が違う?政府の役人こそ、定められた法に則り、正々堂々と振舞わなくては。その姿に民は安心を覚える。陛下のご恩を、政府の権威をそこに見る。『力が全て』では、秩序が、政治が成り立たないじゃないか」



 しかつめらしい顔で頷くティムル。

 分かっている。


 「相容れないところもあるけれど、これはこれで正しい」と。


 官界の理屈や、妙な功名心で動く少年ではない。

 鍛えられた体に伸びた背筋、しっかりと据わった重心。

 心腹から発せられる、信念に満ちた言動。

 名家の若君なのだ。こうでなくてはいけない。



 しかし……こうなっては元の雰囲気に戻ってしまうことも確かで。

 訪れたのは、小さな沈黙の時間。



 「『力が全て』か。ひょっとしたら、キュビ家のエドワード君にはその方が良いんじゃないか?」

 

 ひょいとひと言、シメイが爆弾を放り込む。

 

 皆が思い出す。

 キュビ家の居城は、王宮のド真ん前。『力こそ全て』の世になろうものなら……。



 「冗談キツイぜ、シメイ。王都には安定しといてもらわないと困るんだよ。俺達キュビは西で忙しいんだから。お前が一番よく分かってる話じゃないか」


 ふたりは率府学園の同期。長い付き合いだ。

 シメイにはエドワードの扱い方がよく分かっている。

 「ああ言えば、こう返してくる」その流れが、見える。



 「キュビは王都の政治に『力』を投入しない」との宣言。

 何度確認を取っても、足りないということはないけれど。

 

 毎度、「キュビ家にとって、王都は他人事である」という宣言でもあって。



 やはり王国の秩序維持は、インディーズ武家とトワ系が中心となって担う必要がある。

 兵部省(国軍)、京職(警視庁)、近衛府・検非違使庁で。

 

 とは言え。

 兵部省は「都の外」が担当。

 京職のうち、右京を担当する右京職は、現状それ自体が治安悪化要因。

 

 頼れるのは近衛府と検非違使庁のみ。

 その状況で、実効力が足りるのか。

 手続手続であまり検非違使をいじめて、へそを曲げられても困る。

 


 ……当のティムルは、顔から表情を消していたけれど。

 ここで凄むような安い真似をする男ではない。




 「良いお話を聞くことができました」


 議論の輪の外から、穏やかな笑い声が近づいて来る。

  

 五十代の、「補佐役」小隊長たち。

 こちらを見る目には、「若いなあ」と書いてあって。


 

 「よく来てくれた、ティムル。今期の小隊長殿は、みな頼りがいがあるだろう?」

 

 フィリップ・ヴァロワが間を取り持ってくれた。

 考えてみれば、この人は本来ティムル・ベンサムとほぼ似た家柄。

 年頃を考えても、まず間違いなく交流があるはず。


 「報告書から、検非違使庁の働きぶりも理解していただけたかと思います。どうでしょう皆さん、話を聞くだけでも」



 「『みなで一席』と言っていたね。ではそうしようか……ヒロ君のおごりで」


 ティムルの嘘……いや「方便」をきっちり覚えていたシメイ。

 まあ、それぐらいで済めば上等か。俺が持ち込んだ話なんだし。

 


 「聞くだけか?『百聞は一見にしかず』ってのは、武官の絶対的真理だ。実際に見て回るほうが良い」


 何が起こるはずも無い、起こってもらっては困る。

 そんな王宮づとめに退屈していたエドワードが、声を弾ませる。



 「悪くない。君たちも民の生活ぶりを見ておくべきだと思うね」

  

 本当に分かってるのか、怪しいものだけれど。

 「下」から上がってきた自負を持つイセン・チェンも乗り気になった。



 こうして我ら公達による、右京視察が決まったわけだけれど。

 計画が決まって話が広まれば、面倒も微妙に増えてくる。

 毎度のお決まりであった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
第二章97話の内容的にシメイ・ド・オラニエは王都の学園出身と思っていたのですが、この回のシメイとエドワードので勘違いが正されました。よく考えれば学園の同級生であればナシメント邸にシメイが何度も押しかけ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ