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第二百三話 われても末に (R15)


 すれ違いざま、馬車の窓から声をかけてきた立花伯爵。

 そのまま、御者に指示を出した。


 「私もこのまま参内しよう。王宮へ」



 自宅へ戻るオサムさんとすれ違うはずだった、俺は。

 立花伯爵邸から出てきたところで。



 この頃俺は、レイナのもとに通っていた。



 宿下がりして(休暇をもらって実家に帰って)いた、レイナのもとに。

 


 「……ヒロ君」


 「……われても末に 逢はむとぞ思ふ」

 (別れることにはなりますが、いつかまたきっと)


 顔を上げられなかった。



 「中途半端に正直で、中途半端に優しい男だね、君は。『来む世にも逢はむ』(来世で添おうと思っています)では、正直ではあるが情が無い。と言って、『飛鳥川 淵は瀬となる 世なりとも』(絶対に添い遂げます!)では、優しくはあるがあまりに不誠実」



 俺とレイナは、添い遂げられない。



 「玲奈もそれなりに傷を負うのだろう。が、それは恋の終わりにはつきもの」


 驚いた。

 娘と付き合っている男に対し、父親は不快を抱くものだと聞くが。

 面と向かって「結婚はありません」と宣言されてなお、この人は。


 「……『われても末に』か。君ならば、玲奈をズタボロにすることはあるまい」


 いや、やはり男親であった。 

 


 「だがね、またあれは、君に甘えて。ヒロ君がロシウ君やマックス君ぐらいの年であれば」


 中身はその年頃。

 だからこそ、今。

 俺はレイナのもとに通っている。

 

 

 「およそままならぬのが恋ではあるが。……それでは、私はこちらの門から」



 有明の月が、西の空に傾いていた。





 月が中天へと昇り初めていた。 

 漏り来るその光に白く照らされた肩の記憶が、脳裡から離れない。

 

 「『われても末に』って、ヒロ!……今まさにこうしてて、そんなこと言う!?」


 返す言葉が無くて。

 その細い肩を、ただ抱き締めた。


 「ズルイなあ。……って、ズルイのは私か。お互い何もかも分かってるのに、誘ったんだし」


 

 古代、王朝時代ふうに表現するならば、「添ひ臥し」と言えば良いか。

 おとなとして振舞うために、恋の練習を積んでおく。 

 その相手として、レイナは俺を選んだ。



 3年半の付き合いだ。

 理由は、そこはかとなく理解できた。


 本来なら、年上の手練を選ぶべきところだが。

 貴族筆頭の総領として、一方的に主導権を握られることを嫌ったのであろう。

 

 

 レイナには、臆病、あるいは慎重なところがあるから。

 

 

 その彼女から見れば、気心知れた相手。貴族らしい「やりとり」もできる。

 恋の「経験」が無いこともない。おかしな癖があるという噂も聞かぬ。

 ヘクマチアル家などとは違い、背景にも危険が……いやそもそも勢力が無い。


 それが、ヒロ・ド・カレワラ。

 「安全な男」なのだ、俺は。

 


 「最近ヒロ、変わったよね。おとなになった。安心できるっていうか」


 「安全」よりはマシか。

 いつものように口が回り始めた。だいぶ余裕が出てきたらしい。


 身を震わせながら、リリスの如く振る舞おうと苦戦していた少女が。


 ふっと笑みが漏れる。

 

 つねられた。 

 「調子に乗るな!」


 不意討ちに、思わず背中が浮く。

 その勢いを駆って、体を入れ替える。

 

 「その言葉、返すよ」


 「ちょっと!」


 「ひと通り知っておく必要があるだろ?」


 「バカ」


 声の甘さに、猛りかけたけれど。

 俺にも余裕が出てきたものか。

 求められた役割を果たすべく、おとなとして振舞う。


 ふと我に返りかける。

 さまざまな思いが、胸に忍び込んでくる。


 やはり俺は誘われただけで、どこまでも主導権はレイナにあるような……。

 いつまでこうしていられるのか……。

 


 細く白い腕が、俺の首をからめ取った。

 目の前には、上気した頬。こぼれる吐息に、耳をくすぐられ。


 思考を放棄した。

 踏み迷うのが、恋の道。

 

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