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第二百二話 駒牽(こまひき) その4


 天真会の王畿総本部は、山の斜面を利用した堂宇群であった。

 有り体に言えば、山城である。



 「支部ごとに性格が違うとは聞いていたけど。これはまた随分と」


 「さよう。その、良く言えばストイック、あるいは天真会成立の精神を色濃く残している。そういう支部でござる」


 「そのぶん、霊能者以外との交流をあまり善しとしない。そういう認識で良いですか?」


 「非霊能者もおるが……いわゆる修行のために来ている者が多いことは確かにござる。世俗との交流は、人が集まる王都支部で行えば良かろうと」

 


 修行の山、か。


 それではいかなる山法師が出てくるかと思いきや。

 意外にも、本部長は穏やかな壮年男性であった。

 これまで出会ってきた人の中で言えば……商会の会長、ブルグミュラーさんに近いような。


 そんな若僧の心など、当然見透かされていて。

 にこやかに、言葉少なに返された。


 「行き場のない霊能者の集まりですから」


 いかにもな武術家タイプが代表では、世俗の勢力に警戒されてしまうと。

 そういうことなのかな?

 

 「さ、こちらへ」


 と、通された大部屋にて。

 この支部(名は総本部だが、要はひとつの支部である)の性格が理解できた。


 すり鉢状のホール。

 その中心に、円卓。


 円卓に座っている男女はみな、「ひとかど」の面構えを見せていて。

 しかもそれぞれ、「ひととなり」が非常に分かりやすい。


 事務担当、防衛担当、修行僧、出入りの商会、役人との折衝担当……。


 「総会を開く際は、うしろの座席に皆が集まります」

 

 自分たちの代表者を前の円卓に座らせて、か。

 本部長は、議会の議長、まとめ役であった。

 なるほど、穏やかな人が選ばれるわけだ。



 そして俺はこの日、初めての体験をした。

 

 フィリアと千早と、3人で来ているのに。

 相手の全員が、「俺のことしか見ていない」のである。


 ……「スジ論」からすれば、分からなくは無い。


 千早は彼らにとって身内、この日はいわば案内人だ。

 フィリアはメル家の人、「隣国」のお姫様にすぎない。

 

 対して、俺。

 彼らがいつも直接に折衝している王国政府の、官僚だ。

 山の麓、都への出入り口である「磐森郷いわもりごう」の領主でもある。


 それは入念に挨拶や情報交換をしておかなくてはいけないだろうけど、しかし。


 経済力と動員力、金の力に武の力。

 ナマの「力」では、2人に及ばぬこと遠い俺。

 それゆえ、いつもは2人が「主」で俺が「従」だったのに。



 (それが官僚の持つ「権力」なの。覚えておきなさい、ヒロ)


 (ヒロ殿個人の力では無いことも、覚えておいて損はござらぬ。さよう、経済力と動員力。「地力」をつけることを怠ってはならぬ)


 (調子乗っちゃダメだよ、ヒロ君)


 幽霊達が言いたい放題に脳内で語りかけてくる。


 円卓の男女も勝手に語りかけてくる。

 代表・議長の男性は、何ひとつとして口を出さない。

 これって、「今後も交渉窓口は一本化できない」ってことですよね?


 そういうわけで、彼らとの交流はいろいろな面倒を引き起こすことになるのだけれど。

 それはまた、別の機会に。  




 グリフォンの背に乗り、いつもの3人に戻ったところで。

 フィリアが、隣から語りかけてくる。

 

 「これが王国とメル家の力の差です。今のヒロさんは、失礼ながら王国の末端ですが、それでも。天真会の総本部が、あれだけの礼を尽くす」


 「いや、それは立地の問題だろフィリア。彼らは王国の中にあって、メル領とは接してないんだから」



 フィリアの後ろに座る千早も、こちらを振り向いた。目が冷たい。

 俺の言葉を「お追従」と取ったか。


 「王畿総本部に所属する霊能者の数を見たでござろう?極東との人口差は明白。」 


 「動員力、か?」


 「人口の大きさは、人材の質にも影響します。王国には、ヒロさん、イーサンさん、エドワードさんにシメイさんのクラスが、毎年『若手』として補充されてくるのですよ?メル家でそこに該当するのは、李紘さんやフリッツさん。」

 

 彼らには悪いけれど。

 そういうところは、フィリアもシビアだ。


 でも。

 「3年で追いついてるだろ?マグナムみたいな男も出てくる。ドメニコやセルジュといった領邦貴族の郎党は、みな優れ者だし。レオ・ローレンスにも驚かされた。現場経験・戦場経験って、大きいみたいだよ?」


 「検非違使ティムル・ベンサムさんの言葉でしたか?……私たちが現場に出られないでいた間、ヒロさんばかり!」


 やぶへびであった。

 天真会から北へ飛ぶこと3時間、秋風が身に沁みること沁みること。




 思わず、声が出た。


 「これは見事な」


 降り立った牧場の入口付近には、早速。

 健康そうな馬が十数頭、頭を垂れていた。


 よくよく見れば、「選りすぐりの名馬」とまでは言えない馬だったけれど。

 健康で良質なことは間違いない。

 それだけでも「見事」と言いたくなる心理状態に、この時の俺は追い詰められていた。



 食んでいるのは、意外に残り少なくなりつつある牧草。

 冬場に備え、牧童(大人だけれど)が草の塊を丸めていた。


 その牧童に訪いを告げれば、あたふたと。

 四十過ぎと思しき男が現れた。

 ……棒やまぐわを持った牧童を数人引き連れて。


 「右馬頭うまのかみ」の名を騙ったと思われたらしい。

 ま、それはそうだ。

 

 民間の牧場を訪れる馬寮めりょうの官吏と言えば。

 おそらくは、「使部」。


 かみすけじょうさかんの四等官。

 これは「吏」ではなく、はっきりと「官」。中央省庁の「官僚」である。

 現場に出ることなど、まずありえない。


 その下に「史生」、「寮掌」がいて。

 「使部」は、さらにその下。民営牧場主と接するのは、このクラス。



 「若僧が騙るに事欠いて、右馬頭は無いだろう!」と思うのも当然だが。

 フィリア・千早の威厳と身なりを見て、畏怖を覚えたようだ。


 ……俺は、名状しがたい安心感を覚えたけれど。

 これよ、これ!

 やっぱり視線は俺じゃなくて2人に集中するほうが自然なんだって!

 

 「なさけない」と幽霊達にどやされつつも。

 ともかく、印綬を見せる。

 どうにか納得してくれたかな?


 「ご用は?」


 「馬を譲ってもらいたい。入口近くの十数頭を。」


 「それは……その、ま、まずはともかく、お茶をお出しいたします。少々お待ちを」


 と、牧場の隣にある建物に駆け込んで行く。

 出てきた時には、同じ年頃の男を伴っていた。


 目つきといい体格と言い、これは平民の牧童ではない。

 腕に覚えある家名持ちだ。用心棒と言ったところか?


 やはり信用されていなかったようだ。

 もう一度印綬を見せる。



 「ナトリさん。こちら、間違いなく右馬頭さまでしょう。で、ご一緒のお二人……その紋章は!」


 男が最大級の礼を施す。


 「失礼をいたしました!私、キンジ・マツサワと申します。エッツィオ辺境伯閣下の郎党です」



 その言葉をもらえれば、あとの流れは決まっているのであって。


 「当主公爵の六女、フィリアです。こちらはお友達の千早・ミューラー卿。そしてこちら、間違いなく右馬頭のヒロ・ド・カレワラ閣下」


 と、まあ。

 ようやく本題に入れたわけだけれど。

 


 牧場主のナトリに言わせると。

 「さきほどの馬は、マツサワさま、辺境伯さまからのお預かりものでして……」


 名高いエッツィオ辺境伯から、馬を預けてもらえる牧場主か。

 名伯楽に違いない。飼育の「腕前」、信用できる。


 食いつく俺に、ナトリが恐怖の表情を浮かべ。

 地に伏して、震え出す。


 「何とぞ、ご容赦を……。あの馬を持って行かれては、私が辺境伯さまに処罰されてしまいます」


 ああ、そうか。

 お役人と言えば、無理難題を押しつけてくる存在。


 大允たいじょうが言っていたように、何頭か徴発するぐらい、当たり前のことなのだろう。



 「あ、いや、良いのだ。頭を上げてくれ」


 地べたから頭を起こすも、目を合わせようとしない。

 これでは彼もやりにくかろう。

 ピーターを連れて来るべきだった。


 「他の馬を見せてほしい。徴発ではなく、購入だ。安く売ってくれると聞いたもので」


 おそるおそる、顔を上げるナトリ。

 威厳の無い……いや、気さくな俺の笑顔に、ようやく安心したようだ。


 「そ、そういうことでしたら、あ、ありがたく。これぐらいで、いかがでしょう?全て引き取っていただけるなら、さらにお安くできます。……これぐらいで」 


 見せられた数字は、信じられぬ安さで。


 「破格では!?」


 半額とか、そういうレベルでは無かった。「捨て値」に等しい。

 やはり馬寮に遠慮をしているのか?



 数字を隣から覗き込んだマツサワが、こちらに向き直る。

 そのさま、まさに喜色満面。


 「全て引き取っていただけるなら、辺境伯家も馬を献上いたします!……そういうことですよね、ナトリさん!」



 あまりの急展開に、説明を求めたところ。



 「ここ十年以上、経営が厳しかったのです。当牧場は小規模経営。王都・王畿は不景気ぎみ。そこへ持ってきて、極東で次々と良質の牧場が開かれて。ウマイヤ家が新領を得て、産駒を増したのが決定的でした。……前々から、エッツィオ辺境伯様から好条件でのお誘いもありまして。なかなか踏ん切りをつけられずにいたところ、『ではまあ、近づきのしるしに馬の飼育を委託しよう。受けてくれるか?』と。相場を大きく越える委託料をいただきました。おかげで経営にひと息つくことはできましたけれど」


 スカウトか!

 縁を作り、情を絡めて、技量のテストを兼ねつつ気長に待つ。

 金で縛った……とまで、言って良いものかは分からぬけれど。

 エッツィオ辺境伯の人材蒐集欲、相当なものらしい。


 「やっと決心がつきました、マツサワさま。牧場の土地にも買い手の宛てがありますし、馬を全て馬寮に納入した後で、伺います」

 

 「秋の終わりぐらいになりますか、ナトリさん?ではそれまで、私も一緒に行動しましょう。この冬、我があるじ辺境伯閣下が王都に上京されますので。帰りにご一緒すれば良いかと」


 マツサワ十騎長、ナトリ氏を逃がすつもりは無いらしい。

 それに、エッツィオ辺境伯の上京。

 これまた気になる情報ではあるが、しかし今は。


 「本当に良いのか、マツサワ十騎長?献上ということは、無料であろう?」



 「この件については、私に一任されています。『多少の出費は構わぬ。ぜひ連れて来るように』と。馬寮の買い付けのおかげで、主命を果たせそうです。助かりました」


 下の裁量に任せる、ね。

 かき集めた人材を使うにおいては、「信」の一字か。

 

 エッツィオ辺境伯の「名人」ぶりが、何だか少し悔しかったものだから。

 いやいや、必要があったのだ。卑しい感情によるものではないのである。

 ともかく、ひとこと付け足した。 

 

 「この牧場と、辺境伯閣下のスカウトの件だが。B・O・キュビ家は気づいていたぞ?」


 右馬助の「遠いところでもあります『し』」という言葉は、そういう意味のはず。


 キュビ家の右馬助が赴いたら、ややこしいことになる。

 だからメル家と関係の良い俺が行くべきだと。

 


 フィリアの眉が吊り上がる。  

 


 右馬助、その主君ジョン、キュビ侯爵。

 エッツィオ辺境伯に負けず劣らず、こちらもなかなか食わせ物のようだ。



 

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