第十五話 川旅 その3
夕食のために食堂に向かったところ、ふたたびウォルターとマチルダに出会った。
食事を共にする。
で、別れたわけだが……。
ひとつ、気になることがあった。
マチルダの足元が、濡れている。
昼間出会った時もそうだったのだが、何せ甲板上のこと。足元が濡れることもあるかと思っていたのだが……。
自室から出てきて、食堂に来て。しばらく時間が経っているのに、足元が濡れている。
これは、明らかにおかしい。
いや、そもそも甲板上でも、波しぶきがかかることはなかった。足元が濡れるはずがないのだ。
フィリアと千早に話をしてみる。
二人は、首をかしげるばかり。
女子らしく、足元までしっかりチェックしていたのだが、「濡れてはいなかった」とのこと。
しかし、アリエルとハンスは、気づいていた。
美を追求するものとして、服飾にはこだわりのあるアリエル。
女性の足元のオシャレを、チェックしていないはずがない。
そこはフィリアや千早と同じである。
商売人のハンス。
人の服装、そのお値段、気にならないはずがない。
幽霊の二人は、マチルダの足元が濡れていることに気づいていた。
濡れていることよりも、センスであったり値段であったり、そちらが気になっていたのではあるが。
それでも、濡れていることは認識していた。
「幽霊のお二人とヒロさんに見えていて、私たちに見えていない。これはまさか……。」
「さよう。霊が関係している可能性があるやも知れぬ。しかし、某はともかく、フィリア殿に感知できないというところが、何とも気にかかるでござる。どう考えるべきでござろう?」
「生き物はみな、霊力を持っています。人ごとに違いがありますし、好不調によっても揺らぎが生じますので……。マチルダさんにはやや気鬱の傾向があったと聞いていますし、小さな違和感は『あっても不思議はない』ことは確かなのです。ただ、そのせいで、別の違和感を意識できなかった、見逃していた。そういうことかもしれません。私の気が緩んでいたようです。」
違和感は感じていたのか。さすが。
「それを言われると、某などは何を申せば良いやら。敵意を向けてくる霊や動きのある霊は見落とさぬ自信があるが、こちらを意識せず、じっとしている霊を探し出す能力はさっぱりでござる。」
それって、敵意を向けられた瞬間に気づく、って言ってるんじゃないですか。やだー。
「ヒロ、お手柄みたいよ。」
アリエルがハグしてきた。痛い痛い。手加減してくれ。
「でもどうするの?一晩中監視するわけにもいかないでしょう?何が起きるか、何日かかるかも分からないのに。それにねえ……。若い夫婦の夜を見張るなんて、ねえ。やだもう!何言わせるのよ!」
樫の根のような二の腕から振り下ろされるスナップに、どつかれる。だから痛いってば。
ここはジロウの出番であろう。
睡眠を必要としない幽霊である。なおかつ、下世話な感情を持たない、わんこである。
こういう時は本当に助かる。
「二人の部屋の前で番をしていてくれ。何か変事が起こったら、俺達を起こして欲しい。」
「それは良いアイディアですね。」
「ヒロ殿も、ずいぶんと死霊術師らしくなってきたでござるな。」
仕事を与えられて嬉しいのだろうか、ジロウは目を輝かせ、尻尾を激しく振っている。
可愛いなあ、もう。
存分にモフってから、送り出す。
何も無ければ、それで良い。
明日も早朝から、鍛錬棒の素振りをすれば良いだけだ(泣)。