第二百一話 秋雨の夜の品定め? その3
「私たちは大概、家で決められた女性と結婚する。そして古来言われているところとして、『妻は無難が一番である』と。そう、ヒロ君の愛馬のように」
立花伯爵が知っているのは、乗り換える前の、高級TОY○TA車のような馬。
面白みは無いが、安全確実。
……しかしひどい喩えではある。
「基本は『妻問い婚』だとも聞いていますが?」
口を開いた俺を、呆れ顔が包囲する。
「彼が『貴種流離譚』の主人公であることは知っているだろう?頭を打って記憶も失っているそうだ」
オサム氏の言葉に、周囲が納得の表情に変わる。
会話に加わっている全員が、ほぼ同じ階級。五位でデビューする公達どうし。
互いの出自・経歴など、当然知っておかねばならぬ情報だ。
「ああ、そうでしたね。……親がシャットアウトするのさ、ヒロ。婿がねとしてひとりに的を絞ってしまうか、数人の公達に出入りを許す中で決めて行くか。歌物語のような恋など、まさに『物語』さ」
周囲は全員、年長者。既婚者も多い。
喜んで若僧に教えを垂れてくださる。
「しかしロシウさん、それでは……『無難』かどうか、男としては」
「そうだヒロ。知る由も無い。噂を頼ろうにも、姫君の周辺が欺瞞情報を流す」
苦労したまえよ、と呟いて。
含み笑いを返してくる。
「それゆえに『中流が良い』とも言われますな。勤めに出、あるいは学園に通う人々。そうした女性ならば、容姿人柄、直接の知り合いから確度の高い情報を入手できる」
「マックス(マクシミリアン・オーウェル)はその点、得をしている。叔父上が新都の学園長なんだろう? 王都・率府含め、情報にはいくらでもアクセスできる。お膳立ても整えやすい。いいかげん結婚したらどうだ。近衛中隊長になった今ならば、引く手あまただろうに」
堅物に見えたロシウは、案外「話せる男」であった。
そしてマックスは、案の定「非モテ」で。
「学園ね。悪くは無い。しかしうちの玲奈など、かえって評判を落としているがね?イサベル嬢はその点、うまく立ち回っているようだ。鼻面を引きずり回されているシメイの間抜け振りと来たら!」
「それが恋でしょう、オサムさん?」
手練れふたりのやり取りに、ついて行けなくなったか。
和装の上の濃い顔が、こちらに首を傾ける。
「ヒロよ、貴君も学園出であったな。どう思う、学園の女子を」
「マックスさんこそ、よくご存知かと。『無難』と言うよりは『才気煥発』でしょうね」
勢い込んで、イセンが立ち上がった。
俺がガチガチの上流階級……「家庭教育を受け、同じ格の家に預けられた上で、貴族デビューした公達」ではないことに思い至り、共感を覚えたか。
大演説をぶち上げる。
「そもそも無難が良いとも限らぬでしょう。ただおっとりしているだけの姫君など、浮世離れしていて話題が噛み合いません。面白みが無い。女性も勤めに出て人交わりをする中で、常識も身に着けば家政の能力も磨かれるというもの。我ら公達とて、そうした女性と知り合ってこそ、目が開かれる」
ああ、なるほど。
いわゆる「中流」……いや、この口調の激しさ。
ただ「働きに出ている」以上の、彼らの感覚からするとかなり「下」の女性に惚れ込んだか。
それで姫君に、公達に疑問を抱いて、あの思想と。
つまりはオサム氏が看破したごとく、「情熱」の問題ね?
ま、そういうことならば。同僚の「危険思想」を心配する必要はあるまい。
安堵に喉の渇きを覚え、グラスを空にする。
辛口のジンベースが胸を下りて行く熱さに、太い息を吐く。
見逃すロシウではない。
4つ年下の16歳(中身は4つ年上の24だけど)に見透かされた弟に苦笑しつつ、しかしチェン家のメンツを守るべく、こちらに攻撃を仕掛けてくる。
「この場では一番年下だが、ヒロ。16ともなれば、身に覚え無しとは言わせぬよ。君にも一家言あるだろう?」
さて、どこまでが「明かせる話」であるものやら。
「『無難』の意味にもよりますが、サクティ侯爵・ソフィア様からは、『何も知らないお姫様』は幸せな結婚ができると伺っております。デクスター子爵夫人や、立花伯爵夫人もそれにあたるかと。……レイナさんからの受け売りですが」
「むむ。そういうものなのか、ヒロよ?」
晩熟のマックスが食いついてきたけれど。
目を光らせたロシウ、会話の主導権を手放そうとしない。
「やはりサクティ侯爵閣下は、『何も知らないお姫様』では無かったというわけか。ま、それでなくてはアレックスが結婚を承知すまい。あれも女にはうるさい男であったからな。……しかし、ヒロ。それで逃げたつもりか?2人の令嬢を引き連れておきながら、コメント無しでは許されまい?」
ま、そう来るわな。
「引きずり回されているのは私ですよ。あのふたりこそ、『才気煥発』。千早・ミューラー嬢は、武術の才においてアレックス様に並びます。それに第二次ウッドメル大戦、指揮を取ったのはアレックス様ですが、将軍達を取り纏めていたのはフィリア嬢です。」
「それほどか!? いや、頼もしい限りだ……が、どうだろうな」
マックスが、スキンヘッドを掻いている。
「妻とするには、少々その……。尻に敷かれてしまっては、夫の威厳が形無しだ。それに何だ、相手の家があまりに大きすぎるとだな。家政の主導権を握られ、引いては家を乗っ取られることにもなりかねまい?」
20代半ばを迎えたマクシミリアン。
王国貴族としては、「結婚」という視点以外に立つことなど、もはや許されぬお年頃。
「ヒロ君のおかげで、マックス君の方針は決まったようだね。君は『無難』な『何も知らないお姫様』から探すべきなのだろう」
グラスを傾けた、立花伯爵。乾杯の仕草を見せる。
応じたマックスは、浮かぬ顔。
「我ながら、情け無い話ではあります。公達たる者、ひとなみ優れた女性と恋をし、男を磨くべきところ」
「らしくないな、マックス。君が侠気に溢れる男であることは皆が知るところさ。益荒男に良妻賢母。良い取り合わせじゃないか」
ロシウの言葉には、確かな事実の裏打ちがある。
マクシミリアン・オーウェル。
春から夏にかけて、南嶺の賊軍と戦い、自ら先頭に立って敗勢を覆した小隊長。
本来、中隊長に上がるのはもう少し先……あるいは、中隊長にはさせられぬ器と見られていた。
しかし功績を挙げ、器を示すことができれば。それに応じた処遇を受ける。
種々の問題を抱えつつも、王国の政治は「健全」と言って良い状況にある。
……話題が流されかけている。
今度は俺が、主導権を握り返さなくては。
「私には、他にできる話などありません。ロシウさんの見解を伺いたいものです」
ソフィア様、フィリア、千早。情報を俺は与えた。
それに対する見返りは、あっても良いはずだが?
「私もマックスにほぼ同意だな。恋愛と結婚は違う。結婚は、やはり計算抜きとはいかない。恋愛については……アレックスと競ったこともあったよ。負けてしまったがね」
おそらくは、ソフィア様と恋に落ちる前のこと。
ロシウとアレックス様の出会いは、18歳以前に遡るのか?
それはそれで気になる話だけど。
俺が与えた情報と釣り合うものでは……
視界が不意に遮られた。
迂闊さにため息をつき、目の前に差し出されたグラスを受け取る。
「ここはサロンだよ、ヒロ君。ロシウ君の恋以上に、聞く価値ある話など無い」
ロシウ・チェン。公達の中の公達。
一度結婚しているが、妻を早くに亡くしている。
そのことへの同情もあり、また「結婚生活の現実を知るおとな」として、宮中の若い女官達から熱い視線を向けられている男。
「少なくとも、いまの君が聞くべきはそうした話さ」
政局だの、諸家の情報だの。そうしたことに汲々としている16歳。
オサムさんからすれば、「つまらぬ男」、いや子供か。
「兄上、それはいかがなものか。恋とはそのように軽いものではありますまい」
イセンがロシウに食って掛かっていた。
見やりつつ、立花伯爵が言葉を継ぐ。
「ここ最近のヒロ君を見るに、『好きにやる』こと、理解したと思っていたのだがね。……油断するとすぐそれだ。肩の力を抜きたまえ」
喧騒の中、会話に加わる者、グラスを手に立ち去る者。
話題は拡散していく。
「……ああ、恋は軽いものでは無いさ、イセン。そう賢しらに突っかかるようだから、お前は子供だと言うのだ。ヒロにイーサン、シメイ、エドワード……同期の諸君を見習うことだ」
ロシウの恋、アレックス様の恋。
結局その詳細を聞き出すことはできずじまいで。
自分ばかりが情報を与え、得るものは少なく。
あしらわれながら、グラスを重ねるばかり。
秋の夜のサロンデビューは、ほろ苦いものとなった。




