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第二百一話 秋雨の夜の品定め? その2


 サロンの会話には、大きな決まりごとなど無いように思われた。


 政治・経済・軍事・宗教……等の「お堅い」会話は好まれないけれど、それも例えば「最近はやりの政治思想」だの、「料理の素材、その流通」だの、「行軍先で見た、風光明媚の地」だの、アレンジできれば受け容れられる。

 要は、「何を話すか」ではなくて「どう話すか」。そこが問われているらしい。


 会話の中から情報を引き出す能力も問われるけれど。

 ただ楽しみたいなら、その限りではない。立花伯爵のように。

 

 俺としては伯爵閣下ではなく「名人」ロシウ・チェンから学びたかったのだが。

 この雨の夜は、彼の技量を盗むことはできなかった。



 「アレックスはどうしていた?」


 彼が知りたがっているその情報は、ご婦人がたの興味と一致していたから。

 ロシウには、話術を駆使する必要が無かった。



 「ついに待望のご嫡男が誕生されました。……このようなご様子です」


 ピンクに即興で描いてもらう。

 すやすや眠るベリサリウスと、それを見守る笑顔のアレックス様と。



 赤ん坊だけならば、どうとでも描きようがあるけれど。

 アレックス様と並べれば、絵の「腕前」……要は「幽霊を使役する能力」が、はっきり分かる。

 「私生活の場に出入りを許されていた」、俺の立ち位置も。


 「あら、かわいらしい」

 「せっかくですから、アレックス様の絵姿を」

 「私にもお願いします」

 

 貴婦人がたは、ただ絵が欲しいだけなのか、何かを探ろうとしているのか。

 「何も知らないお姫様」なのか、腕利きの外交官なのか。


 それを考える間もなく、会話は次へと進んで行く。


 「逞しくなったかな?私の知るアレックスよりはほんの少し肉付きが良いような」


 ロシウ・チェンの脳裡に浮かんでいたのは、同い年の少年。アレクサンドル・ヴァロワ。

 俺の知るアレクサンドル・ド・メルは、年上の青年で。

 

 「『極東に来て、武芸にも進境が見られた』とおっしゃっていました」

 

 その言葉に、和装の大男が反応する。

 秋色のジャケットにスラックスという気さくな姿で隣に座るロシウと、それで調和が取れてしまっているのが不思議だった。


 「アレックスさんからは、ついに一本も取れなかった。また差をつけられてしまったかな」 

 

 当時のマクシミリアン・オーウェルは15、6歳と言ったところか。

 海坊主のような男にも少年時代、さらには赤ん坊の時代があったかと思うと、微笑がこぼれてしまう。



 気をつけないとすぐ武術談義に流れてしまう紳士たち。

 それをとがめるでもなく、置いてけぼりにして。

 貴婦人方はおしゃべりに没頭している。


 「でも少し、残念ですわ。完全にメル家の人になってしまわれたような」

 「ますます遠くへ行かれてしまいましたのね」


 あるよね、日本でも。

 スポーツ選手が結婚したりお父さんになったりすると、女性ファンが減るケース。


 「威厳に勝りすぎていらっしゃるような」

 「これぐらい逞しいほうが。ずっと素敵になられたと思います」

 「細い方がお好みなら、若い方でしょう?」

 「今年も新しく近衛の小隊長が任官されましたわね」


 本人がここにいるというのに。

 気づいているのかいないのか、棚卸しが始まった。



 やっぱり一番人気はエドワード。

 家柄良し、顔良し。明朗快活で気楽な三男坊。


 細身が好きな淑女や武張った男を好まぬ令嬢は、シメイに高い点をつけていた。

  

 年上受けは、圧倒的にイーサン。

 「若くして身分高く、その上に顔まで華やかとあっては嫌味です。鼻につきますわ。その点デクスター男爵は健全そのもの」

 「若い公達にありがちな、浮ついたところも見られません。すでに婚約されているのでしょう?」

 「あら?そうですの?……アサヒ家のご令嬢と?それはそれは……」

 「今さらとは遅すぎませんか?大丈夫ですの?」 



 さすがにクリスチアン坊やは話題にされていなかったけれど。


 (こういう話をしたがらない人もいるだろうけどね、ヒロ君。右の青いドレスの小娘と、左に見える二人のオバサン。あれは怪しい)

 業深き少女、シスターピンクからの指摘が入っていた。

 


 俺のファンは、いないらしい。

 がっくりと、あるいはほっとして。下へと落とした肩に、ずしりとした重み。

 振り向くと、スキンヘッドがサムズアップしていた。

 オーウェルからの信頼が、またひとつ高まったらしい。



 そういえば、イセンの人気はどうなんだ。

 あれはあれで、顔は悪くないんだけど。



 別の輪を組んで、政治思想を披露していた。


 それもいわゆる「革命思想」というヤツ。


 人間社会だもの、似たような思想があっても、おかしなことは無いけれど。

 なるほど、だからイセンは「『下』から上がってくる」ことにこだわったのか。

 思想が先か、働いているうちに染まったものか、そこは分からないが。


 「階級闘争」だのなんだの、物騒な言葉まで聞こえて来た。

 その点では、君は最高、いや、彼の思想的には最悪になるのか?ともかくそうした部類だろう?



 「あの情熱があれば、良い論文になっただろうに。中途半端に遠慮するからいかん。ま、立場からすれば仕方無いことだがね。実践されても困る」


 呟きつつ、立花伯爵が俺の肩を叩く。

 目で誘われた。


 動きに気づいたロシウが、視線をこちらに投げかける。

 弟が何の話をしているかに気づき、長い脚でこちらに歩み寄ってくる。

 

 華やかなざわめきの中、ただ一角に剣呑な雰囲気。


 近衛の中隊長がそれを察知できぬはずも無く。

 スキンヘッドが大股でロシウに追い縋る。


 ふたつの気配が後ろに迫っていた。

 ロシウの怒りは相当なものだ。殴ってでも……いや、実際に殴って止めるつもりだ、これは。

 雰囲気を悪くしてでも、自分の名を落としてでも、弟を止めようとしている。

 サロンで二度とその話題が上ることのないよう、見せしめにする意図か。



 しかし俺は、フィリアの客将であるからして。

 彼女の姉・ドミナのサロンを荒らすような真似を座視するわけにはいかない。

 ロシウ・チェンの令名に、こんなことで傷がつくのも見たくない。

 だから。 


 「邪魔するよ、イセン。あちらでは淑女が俺たちの品定めをしていてね。いたたまれなくて飛び出してきたんだ」 

 

 「こちらでも品定めと行くべきではないかね、イセン君?」

 

 俺と立花伯爵のやり取りに、追いついてきたロシウが苦笑いを見せる。

 立花伯爵、目ざとくとがめて。

 

 「ヒロ君、侍中殿にグラスを。キツイのを渡してやりたまえ」


 伯爵の言葉に、すいと身を寄せてくるギャルソン。


 「アイスブレーカー、いやドライマティーニをロシウさんに」


 「愚弟イセンにはインペリアル・フィズを渡してやってくれるか、男爵閣下?」


 

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