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第百九十九話 なほあまりある その4

 

 イサベルは、この春まで王都の学園に通っていた。

 「おっとりした」両親に代わって家の勢いを取り戻すべく、理財経営を学ぼうと一念発起したのである。

 

 ちなみに王都の学園は、王族居住地域から見て真東に5kmの位置にある。

 「東川」を挟んで「お向かいさん」といった趣。


 ともかく、イサベルは学園に通っていた。

 王族の、あるいは深窓の令嬢にはあるまじき振る舞いとして、眉をひそめる向きも多かったけれど。

 そこは彼女も上手に立ち回り、品性を損ねぬよう万全の注意を払っていたこともあり。

 スキャンダルにはならずに済んだ。


 しかし学園に通えば(寮暮らしではあるけれど)、顔をひと目に曝す機会が増えるのは仕方ないところ。

 美少女……いや、すでに「美女」と言っても良いイサベルの評判や噂が、王都の貴顕に知れ渡った。



 結果として。


 「王都の最新メンズファッションの動向を知りたければ、ナシメント邸の門前を訪れると良い」と言われる有り様に。

 毎日のように、風流才子が列を為して歩いているから。



 そんな王都の風儀は、どことなく平安朝に似ている。

 平安時代と言えば、歌物語。そこには貴族たちの儚き恋が綴られているけれども。

 歌物語は、「キレイなお話」をまとめたものであって。平安貴族の実情は、かなりの肉食系であったらしい。

 と、あれば。もちろん異世界の貴族とて、それに負けるものではないわけで。

 


 つまりまあ。うろちょろしている紳士の皆さん。

 正攻法のアプローチはもちろん、住居侵入だのなんだの、そういうチャンスも狙っているのである。

 

 とはいえ。

 従僕のフリオ・カビオラを中心としたナシメントの家人も、その辺の事情は知悉するところ。

 学園を卒業し、本格的に音楽活動を始め(、貢ぎ物も増え)たイサベルの経済状況も好転を見せている。

 天真会のマネジメントを受けるにあたり、ボディーガード業務込みで新規雇用した「庭男」もまた、これなかなか気が利く男で。


 

 侵入のチャンスを見出せない風流人の面々、門前でやきもきするばかり。

 時には殺気立つ者まで現れる。

 

 

 ハサン殿下に会いに行こうと俺が通りがかったその日も、恋に燃えるひとりの紳士が門前で揉めていた。

 イサベル目的? の紳士? でいいんだよな、あれ。


 四十を過ぎているように見えるし、お世辞にも容姿が優れているとは言えない。

 着ているものは間違いなく高価だけれど、何と言うか、センスやバランスがひどすぎる。

 上から下までキンキラキン。太くて毛むくじゃらの指には、メリケンサックかと見紛うほどにゴツゴツ角ばった宝石が並んでいる。



 その丸っこい紳士と、細長い若者とが、押し問答を繰り広げていた。


 「以前から申し上げておりますように、プリンセスとお会いいただくこと、かないません」 


 「何が問題なんだ!」


 「お引き取りください、準男爵閣下・・・・・


 ああ、そういうことか。

 準男爵は、いわゆる「爵位」とは認められていない。それを「閣下」と。

 「お前は、王族に会う資格など無い平民だ」と、嫌味たっぷりに伝えているというわけ。



 しかし男は、その機微に気づいていない。

 いや、知っていて気づかぬ振りで押し切ろうとしているのか?

 ずっしりと身の詰まっていそうな体を、じわじわ前進させていく。


 190cmを越える長身の持ち主であるフリオが、上から男を睨めつける。

 「使い手」でも力自慢でもないけれど、こうした場面での威圧感は、さすがに相当なものだ。


 ちょうどそこへ、シメイも通りかかっていて。 


 フリオが顔を笑み崩しながら、「これはシメイ・ド・オラニエ卿。ようこそおいでくださいました」と。

 体を開いて道を開け、長い腕を下から振り上げるようにして「お通りください」ジェスチャーを見せたものだからたまらない。


 「そちらの若君を通して私を通さぬとは、貴様どういう了見だ!」

 金ピカ紳士がフリオに食って掛かり。


 「君、見苦しい真似はよすんだ。控えたまえ」

 良いところを見せようとしたシメイが、ガラにも無く男と小競り合いを始め。



 なんだかわちゃわちゃした様子が遠目からも明らかになった、その時。

 いつものコースを散歩していた老王族から大喝が飛んだ。


 「そこの若僧2人!やめぬか見苦しい!」

 

 そのまま割って入ろうとする。

 大慌てで走り寄り、飛び込んだ時には遅かった。


 老人の正体を知らなくとも、言葉遣いや仕草で「察する」。

 王国を代表する貴族の一員、シメイ・ド・オラニエとはそういう少年だ。

 争いを控え、すっと身を引いていた。

 そうとは知らぬ金ぴか紳士、肩透かしを食らった形となり。

 バランスを失ってハサン殿下に倒れ込む。



 「貴様!」

 思わず胸倉を掴み上げてしまったけれど。


 「これは、失礼を……」

 悪気は無かったということが、真っ青な顔にありありと現れていた。


 すぐに突き放し、老人を助け起こせば。


 「ワシは大事無い。それよりも、そこのふたり。若者が恋に熱くなるのは分かる。が、紳士たる者、見苦しからぬ振る舞いを心掛けてもらわねば」

 

 と、立派なお言葉をいただいたけれど。

 腰が抜けていらっしゃる。

 

 ともかく、「大事無いか確認を」というわけで。

 背負い上げようとしたら、また怒鳴られたけれど。

 そんなことは言っていられないので、ナシメント家の離れに運び込み、医者を呼び。



 その間金ぴか紳士には、ひと目につかぬよう門内でお待ちいただいたのだが。 

 

 「大変に申し訳ないことを」


 と、これはまた随分と殊勝な言葉。

 服装にまでにじみ出ている、いやあふれ出ている「ヤる気」もとい「情熱」や、フリオに見せた強引な態度とは、まるでそぐわない。


 「後日、改めてお詫びに伺います」

  

 まさかお礼参りという事も無かろうとは思ったが。

 首を突っ込みたくなるのが、好奇心の女神の眷属であるからして。

 ハサン殿下に対して仲介する旨を約して、金ぴか紳士を帰らせたのであった。



 そのハサン殿下は、大事無かった。

 さすが90歳過ぎまで生きる人は、骨が強いのか。


 扉の外にまで、声が聞こえてくるほど。


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