第十五話 川旅 その2
一等船室の客は、いろいろと便宜を図ってもらえる。
運動のスペースがあるのも、その一つ。
もちろん譲り合いの精神は大切だし、こちらは年少者。
俺に至っては身分も定かではないのだから、トラブルは避けたい。
できるだけの配慮をすることにした。
要は、朝イチ・日の出前の時間に、鍛錬棒の素振りをするというわけだ。
初日は、もうヘトヘトであった。
ここ数ヶ月は、農作業もしてきたし、山も歩いた。荷物を負って旅もしている。
体は動かしてきたはずだが、それでもキツイ。
とは言え、全く持ち上げることもできない・一回振ることすらできない、という重さではない。
「何回も素振りをしていると苦しくなってくる」という、絶妙の重さに調整してあるのだ。
「千早ちゃんったら……。男心をくすぐるのもうまいわねえ。」
それが、後ろで指導をしているアリエルの評価。重さの調整がうまい、という表現をしない。
「言わんとしていることは分かるが、そういう見方は、な。最初に約束したように、そういう方面で解釈していくのはやめてくれ。」
「中身は20歳を過ぎてる、って言っていたわよね。……その割に、男女の機微には疎そうねえ。」
「どどっどっどど、童貞ちゃうわ。」
……言われる前から言ってしまった。
「違う世界から来たとも言ってたっけ。でも、この国では、13歳って言ったら、結婚していてもおかしくない。あんまり保護者みたいな態度を取るのもどうかと思うわよ。」
「でもな、二人の態度、性的な『不潔さ』に対する嫌悪は、やっぱり俺がいた世界の13歳と、それほどは変わらないところがあるように感じるんだよ。旅の仲間なんだし、配慮は必要だろ?」
そういえば。
「アリエルは何歳なの?いや、享年と言うべきか。」
「ちょっと、年齢を聞くなんて、デリカシー無さすぎよ!休憩終わり!もう100本!」
やぶへびであった。
ある日のこと、上がろうとしたら、こちらを見ている男性と目が合った。
長時間占拠してしまっていたかもしれない。挨拶をする。
「あ、いや、こちらこそお邪魔したかな。懐かしくて、ついつい見ていたんだ。悪趣味だったかもしれないね。」
「あ、いや、お気になさらず。」
「誰も見ていないのに、最後まで気を抜かず手を抜かず、というのは立派だと思う。きっと上達するよ。」
スミマセン。実は幽霊に見られながらの素振りなんです。
私も体を動かしておくとするか。
そう言って、その男性は、片手剣の素振り・型稽古を始めた。
開始前に目釘のチェックをし、柄に通した紐を手首に結び付けて。
「30は行っていないわね。割とイイ男。腕も確かだわ。見学させてもらいなさい。相手もたぶんそのつもりよ。」
そうさせてもらうことにした。
男性の稽古が終わり、自己紹介がてら、見学させてもらったことへの礼を述べる。
「学園に入学されるのか。通りで。腕はともかく、心映えが良いはずだ。」
世間一般の、学園に対する評価が窺い知れる。そこはかとないプレッシャーを感じる。
「ウォルターだ。家名は……まあ、旅路での知り合い。言わないほうがお互いに面倒がない、そういうことにさせてくれ。」
「まあ、そうよね。旅先で面倒を作ることはないわ。分かってるわね。」
はるばると旅をしてきたアリエルならではの言葉。
少し雑談をして、別れた。
昼過ぎ、脚がなまらないように、甲板を散歩する。……スクワットを交えながら。千早は魚釣り。フィリアはその隣で読書。やはり同じく、そこここに釣り糸を垂らしている人がいた。
大汗をかいて一周してきたところ、二人は誰かと会話を交わしていた。
「あら。お話にあったお友達?」
「さようでござる。こちらがヒロ殿。ヒロ殿、こちらはマチルダ殿。先ほど知り合ったでござるよ。」
「釣りをしている方は多いけれど、女性は珍しかったので、つい。」
「マチルダ!」
そちらを見ると、ウォルターが手を振っていた。近づいて来る。
それぞれに、出会った経緯を述べ、別れた。
マチルダに、やや気鬱の傾向があったので、ウォルターが旅行に連れ出したのだそうだ。
「素敵なお話ですね。」
確かに、素敵なご主人だと思う。俺が会った印象としても、さわやかな人柄であった。
「ウォルター殿の家に、妹御……小姑がおられて、それが気鬱の原因であったようでござる。舅殿・姑殿との関係は良好であったとのこと。」
「お若い妹さんだそうです。お兄さんを取られたことや知らぬ人が家にいることに違和感を覚えていらっしゃったのかもしれませんね。」
「ちょうど旅行前に、妹御のお嫁入りも決まったとか。晴れ晴れした気分で旅行されたのでござろうなあ。」
甲板を一周するかしないかのうちに友達となり、ここまでの情報を引き出すか!
「こればかりは女性には敵わないのよねえ。」
本職の情報部員……だったかも知れない、アリエルがため息をついた。
全くだ。つくづくとそう思う。