第百九十一話 耳に覚えあり
近衛府の役所は、王宮内に2ヶ所ある。
朝堂を出た俺たちは……。
と、その前に。
王宮内の地理情報を。
王宮は、東西8km・南北10kmに及ぶ城壁に覆われている。
その中にあって、朝政や儀式が行われる場を、「朝堂院」と称する。
王宮の中央南部、東西2km・南北4kmの区域を占める。
この「朝堂院」。
北から順に「大極殿」・「朝堂」・「朝集堂」に分かれている。
「大極殿」は、重要な国事を行う場所。滅多なことでは使われない。
「朝堂」も、国事が行われる場所。さきほど位階を授かったのが、ここ。
「朝集殿」は、官僚(貴族)達の待機場所。ここで近衛の辞令を受けた。
「朝堂院」の東西には、各省の役所が並ぶ。北には、後宮がある。
そして我が勤務先である近衛府は、後宮の東西・王宮の外壁沿い(北から2km~5kmの地域)に建っている。
なお東側にある左近衛府は、王太子殿下の宮殿、いわゆる「東宮」の北側でもある。
「朝堂院」を出たところは、王宮の南門である朱雀門前であるからして。
左右の近衛府までの距離は、9km。
……を、8月の陽射しを浴びつつ進む。
儀式を終えて衣冠束帯は脱いだけれど、それで暑さが変わるわけでもなく。
「クリスチアンにはきついんじゃないか?」
「武官だぜ、ヒロ?」
「朝堂院は、儀式の時しか使わないから。今日だけだよ」
そしてようやく訪れた、近衛府。
「中隊長閣下は、後からお出でになります」
と、出迎えてくれた者こそ。
我が郎党、アカイウス・アンドリュー・シスル。
直参の身分と近衛兵の資格を手に入れていた。
近衛には、2種類の兵がいる。
国王陛下の近衛兵ともなれば、王国のエリート達。
「家柄良く、武術の腕優れ、よろず才覚に富む」者が集まる……はずなのだけれど。
いや、実際にその全てを満たしている者も多い。
これが、ひと種類め。
また、「家柄」に関わるところであるが。
アカイウス同様、イーサンの侍衛アロン・スミス。レイナの侍衛エメ・フィヤード。エドワードの郎党キルト・K・G・キュビ。……などの姿も見えた。
小隊長が「コネ」でひとりふたりねじ込むぐらいは、許されるのである。
実務上、その必要があるから。
侍衛ほど親しくなくとも、いわゆる「ゆかりの者」も数多い。
イーサンやエドワード、クリスチアン坊やの元に集まってきては、挨拶している。
ふたつめの分類として、「武術の腕優れたる者」、「家柄良き者」(と言っても、五位デビューできるほどではないが)。
……それだけの者。
ダグダで見た、「メルの吹き溜まり」タイプであった。
なぜ俺の元に集まってくる?
ああ、なるほど。
マッチングしてくださったのですね?先任小隊長殿このヤロー。
その先任小隊長にも、2種類あった。
10代・20代の若者と、50代前後のベテランと。
10代・20代は、俺達と同じ身分だ。
中隊長から、将軍職を、あるいは政治職を目指す「公達」。
ベテランは、「兵隊上がり」。
「石頭のジョー」のような人々……と言っても、近衛の兵隊は「家名持ち」だけれど、ともかく。
若き日を近衛兵として過ごし、転勤を繰り返しながら昇格し、「近衛小隊長」あるいはもう一度転出して「地方司令官」の肩書をもってキャリアを終える人々。
そのベテラン達が、一年生小隊長に歩み寄って来る。
「補佐」・「メンター」・「相棒」であるということが、よく分かる。
イーサンの前に立ったのは、見るからに「叩き上げ」の小隊指揮官タイプで。
エドワードに話しかけているのは、「事務官」タイプであったから。
さて。俺の元に近づいてくるのは……。
(ハズレでしょうね)
アリエル!
(抱えている兵の質を見れば分かるでござろう?)
モリー老まで。
分かっていても言わない優しさは無いのか!
「よろしくお願いします、カレワラ小隊長殿」
あれ?
この人……30代?いやアラフォー?
小隊長にはこの世代の人、いないはずなのに。
「フィリップ・ヴァロワです」
あの、ヴァロワって、ひょっとして。
「お名前はかねがね、アレックスから伺っていました。弟の七光り小隊長ですが、どうぞよろしく」
本来ならば50代で小隊長になるべき家柄の、長男。
弟のアレックス様が大出世した……いや、王太子殿下の後見的な立場に就いたことが大きい。そのゆえに、出世が早まった。
さりとて10代・20代で小隊長に上がれるわけもなく。
「いえ、こちらこそ。アレックス様にはたいへんお世話になりました。よろしくお願いいたします……」
フィリップが笑顔を見せ、首を小さく横に振った。
「それではいけない」と。
「『私には』威厳が無いもので」
―敬語を使うべきではない。「あなたは」威厳を持たなくては―
「集まってくるのは同類の、気弱な者ばかりなのです」
覚醒前のレオ・ローレンスのように。
「そして転任が無いものだから、近衛の雑務を担当しています。鼻つまみ者の管理も含めて」
ベテラン小隊長が、遠慮の無い笑い声を上げていた。
目の前のフィリップ、「七光り」にしては「叩き上げ」からの評判は悪くなさそうだ。
若手にせよベテランにせよ、人の出入りが激しい「近衛府」。
その実務をがっちり握り、ベテランにも気配りを欠かさぬ男。
(ハズレじゃなかったみたいね)
(田舎者には分からぬ世界でござったか)
……と、ひどい手の平返しを見たところで。
「了解した。あらためて、よろしく頼む」
「なるほど、やらかした時はそちらに泣きつけば良いんだね?口添えを頼むよ、ヒロ君」
「シメイ君、それは少々。だが確かに……頼もしい組み合わせのようだ」
いやらしいって言いたいんだろ、イーサン。
「おうヒロ、俺の分も取っておけよ?」
―近衛兵の連中、早速やる気になってるぜ?
と、エドワードが近寄ってきたその時。
「諸君らが新任小隊長であるか!よろしく頼む!」
振り返った俺の目を射たのは、反射された8月の陽射し。
「近衛中隊長、マクシミリアン・オーウェルである!」
知ってはいたんだ。
中隊長の家名が「オーウェル」であるということは。
だけどさあ。ここまで似るものかね。
太い眉。光る額。大きな体。
呆れを通り越し、半ば感動をもって見詰めていた俺に、大男が目を止めた。
「その腰のもの。貴君がヒロ・ド・カレワラであるか!」
唯一の違いは、「貴様」ではなく「貴君」であるところ。
師弟関係ではなく、身内の仲間関係だからね、そりゃ。
「叔父上から聞いているぞ!見た目の割にやる男であると!」
マクシミリアン・オーウェル。
カレワラやリーモンとは、ほぼ同格。開国英雄王親衛隊の家系。
……新都学園長の、甥。
まるっきりの似姿であるところを見るに。
それはいわゆる「好漢」であることは、まず間違いないであろうけれど。
「宮廷の華」としては、ねえ。
少し質実剛健に傾きすぎているような。
いくら「王国」が、日本に比べて「マッチョ好き」なところがあるとは言え。
みやこの女性達は、少し残念に思っているかもしれない。
「半年間、よろしく頼む!」
どうやら女性達の我慢、短くて済みそうではある。
王宮内部の様子は、平安京の大内裏をモデルにしております。
王太子の住居については、後宮内(≒内裏の梨壷)ではなく、王宮内(≒大内裏の雅院)に設定しております。




