第十五話 川旅 その1
イースの街には、まる一日停泊する。
「足がなまるゆえ、下りられるときにはできるだけ船を下りるべきでござる。」
とは、千早の言。
確かにそのとおりだ。
街で、買出しと食事をする。
三週間のことだし、途中で停泊もするので、壊血病の心配などはないのだが、できるだけ新鮮な野菜や果物を求めて。
商店街は、大盛況だ。
さすがに物流の街である。
前線に近いという理由もあるのだろう。
武器・防具屋もちらほらと目に付く。
「ヒロ殿には、何が良いのであろうか。」
喫茶店で休憩中に、千早が言い出す。武術の話だ。
参考までに、二人の話を聞いてみる。
「天真会では、武芸十八般と申し、各種を一通りこなせるのが理想とされてござるが……二つ三つは得意な武術を持っておけ、というのが実情でござるなあ。某の場合、近間では空手・乱捕り。長物としては槍も使うが、得手は棒術でござる。飛び道具として、弓も使えないことはないでござるが……手近にある物を投げるほうが確実でござるな。」
確かに。千早の豪腕であれば、何を投げても致命傷になるであろう。
「なるほど。近間・長物・飛び道具という意識を持っておくといいんだね。」
「私は、まずは杖術でしょうか。距離が離れれば、霊力を利用した攻撃。飛び道具兼任、というところですね。杖術はどちらかと言えば防御・牽制を主体に考えているかもしれません。」
フィリアの杖捌きには、何度も痛い目を見ている。
攻撃の出所が分からない。タイミングが分からない。その上、的確に「痛い」ところをつついてくる。
こちらもかなりの腕前なのだろう。
「あ、そう言えば。棒術と杖術って、どう違うの?どっちも棒には違いないと思うんだけど。」
「太くて長く、重くて硬いのが棒でござるな。棒は長物でござるが、杖は間合いとしては刀剣に類するものでござろう。その違いからくる、取り回しの差が、両者の違いの基礎になるというのが、某の所感でござる。」
「そうですね。刀剣よりは『やや長く、それでいて短くも使える』というところが、杖の『妙』だと聞いています。」
ハンスが口を出した。
「千早、もう一度。」
へえ、お前も武術には一家言あるのか。
そういえば、「行商の友」を持ち歩いたりしていたし、行商人にも護身は必要だもんな。
……などと考えた俺がバカだった。
「もう一度!太くて長くて硬いって!お願い!」
千早に取り次がなくて、本当に良かった。
ハンスに対し、肉体言語による指導を加えつつ、アリエルも口を出す。
「死霊術師の場合は、最初から集団戦闘が前提じゃないかしら。手持ちの霊をどう使うか、という話になるかと思うんだけど。」
言われてみれば、「はぐれ大足」を倒したときがまさにそうだった。
アリエルの話を、二人に伝える。
「ふむ。されば、近間に踏み込まれたときの対策が基本であろうか。」
「防御と牽制メインという意味では、後衛的なイメージでしょうか。やはり、オーソドックスに刀剣ですか?男性ですし、杖より重くても大丈夫では?」
「で、ござろうか。踏み込まれた時に盾で防ぐ片手剣か、一撃で倒す刀術か。」
「ヒロさんの脚を考えれば、防ぐよりは『かわして逃げる』発想の方が良いかもしれません。」
「確かに。霊を呼び出す『間』を稼げれば良いのでござったな。それならば、見切りと間合いを重視する刀術がよろしかろう。」
「二人とも、キレイなのに男前ねえ。あたしみたいなか弱い美人には出てこない発想だわ。」
アリエルさん、前半部分には全面的に同意します。
俺の周りは、男前な美人ばかりだ。
「いずれにせよ、師についてからでござる。合わない物を買ってしまっては、銭失いでござるゆえ。」
「新都の方が、やはり物が揃っていますしね。」
ここだけ聞けば、紛うことなき女子の会話である。
「しばらくは、『大猪』からもらった鉈の素振りでもするよ。鉈の割には随分と大きくて重いし。」
「それは感心。素振りであれば、某でも指導できる。アリエル殿にも見てもらうでござるよ。」
「ただ、鉈の素振りは危険では?手が滑って飛んで行ったりしては困ります。」
「さようでござるな。木を削って、柄に紐を通しておけばよろしかろう。」
早速、材木の小売店に赴く。
木材を買い、製材スペースを借り受け、加工する。
子供たちの多いところで育ったという千早、俺の年齢と体格に見合ったものが分かるのか、すいすいと作り上げていく。
樫(?)を鉈で削ること、あたかも鉛筆の如し。材木商がふるえおののいていた。
30分もしないうちに、千早謹製の「鍛錬棒」が完成。
喜べハンス、お前の大好きな太くて硬くて長いのができたぞ(泣)
持ち上げてみる。
ズッシリくる。
「懐かしいわねえ。得物を使う武術の基本よね。私も張り切って指導しちゃう!」
アリエルさんまで大喜び。
三週間の川旅は、なかなかハードなものになりそうである。




