第百八十六話 メル公爵 その3
そして毎度お馴染み、「歓迎」のお時間である。
両手持ちの大剣は、刀術と相性が良い。
特に長巻と相性が良い。
使い方がほとんど同じだから。
得物がまともにかみ合うならば、実力差が正当に反映してしまうわけで。
古民家の梁かと見紛うばかりの、木製の大剣。
それが蝶の如く舞うさまを目にした時には、暑さで頭がやられたかと思った。
結局、薙ぎ払いをまともに受けて、吹き飛ばされたけれど。
二十合粘った自分を褒めてやりたい。
花を持たせようとしたか、無駄に余裕を見せているのか。
二本目の「歓迎」の間、公爵閣下は大剣を正中線上にかざし続けていた。
「『受け』に徹してやるから、打ち込んでみろ」と言わんばかりに。
それならば、やりようがある。
意地もある。
夏の陽射しで多少イラついているところに、悪ガキのようなドヤ顔を見せられてしまっては。
一閃。
木の長巻であっても、それぐらいはやれる。
塚原流の目録を受けているのでありますから。
幅50cmはあろうかという、両手大剣。
木製ということもあって、柱か壁材にしか見えないけれど。
その上半分が、斜めにズレるようにして滑り落ち。
向こうから現れた公爵閣下の額には、青筋が立っていた。
予想はできても防げない。
それが、地力の差。
三本目、いきなり突きを食らう。
受けた長巻が粉砕される。
勢いは減衰できたはずなのに、それでも頭がぐわんぐわん言っている。
撞木に突かれる鐘の気持ちが、そこはかとなく理解できたような。
「刀術とは、面白いものだな。」
歓迎の儀式を終えられた、公爵閣下。
爽やかな笑顔を浮かべた、そのままに。
「そうだ!グリフォンにも乗せてくれ!」
ノシノシと歩み寄っていく。
落ち着きが無い。
汗がキラキラ、目もキラキラ。
……ああ、なるほど。インテグラのお父さんだ。
「好奇心の女神さんよ。取り憑く相手を間違ったんじゃないか?」
「外から見るほうが楽しい一族だと思わない?」
郎党衆が「危ない」だの、「せめてお付きを」だのと、騒ぎ出す。
空を飛ぶわけだし、まあその、ね。
俺に対する不信感ってのも、あるんだろうとは思う。
ただ、グリフォンの積載量は150kgなわけで。
閣下を乗せたら、もう一人は無理なんですよ。
「指示の出し方が分からん。一緒に飛んでくれ、ヒロ!」
郎党衆、案外すんなり諦めた。
言い出したら聞かない人なのだろう。
「ああ、もう、こうなっては……。ではせめて、男爵閣下のほうに、その……『介添え』を!」
介添えじゃなくて、見張りだろ?
気持ちは分かるから、気づかぬ振りするけどさ。
俺が気づかぬ振りしても、メル家の非礼には違いないわけで。
そこをさらっとフォローするのが、貴族令嬢の腕の見せどころ。
「では、私が乗ります。王都を空から見るのは、初めてですし。」
「こちらに乗れば良かろう、フィリア。私の体重が110kgだから……。」
公爵閣下!
数字を出しちゃダメ!
「安全のため、軽鎧を装着していただきます!それで積載量ギリギリです!」
なんで俺が気を使わなくちゃいけないんだ。
後ろの気配が剣呑なことになってるんですけど。
「ヒロよ。」
はいはい、今度は何ですか……。
振り返った先には、鷲の眼差し。
発せられるは、冷えた声。
「王都をどう見る?……そうだな、防衛の観点から。」
子供のように落ち着き無く、ころころと「モード」が変わる公爵閣下。
上空で見せていたのは、ソフィア様そっくりの顔。
……そのソフィア様を、愛娘を、「将器に難あり」と断じた、武将の顔。
「王都は膨大な消費人口を抱えているので、いわゆる籠城には向かぬかと。夕霧川とサシュアの湖を『最終』防衛ラインと捉え、流通経路を確保しつつ防衛するか、あるいは野戦により敵を撃退する必要があると思料いたします。」
「学園を卒業し、大戦で内務を切り回した校尉。問うまでもなかったな。元は異世界の学生で、ソフィアと同い年と言ったか?」
そこは当然、連絡が回っているところ。
さて、何を言われるか。
「このグリフォンも、破格だな。輸送に、斥候に、強襲に。……私が建設したイースを突破したとか。」
いや、あの。
その節は大変失礼いたしました。
「譲ってはくれないか?」
凄んでおいて笑顔を見せる。
悪気が無いのは、なんとなく分かる。子供が飛行機を欲しがるのと、同じノリだ。
ただ、メル家の当主がそれをやっては、恫喝にしか見えないのでありまして。
まあいずれにせよ、答えはひとつだ。
恫喝だろうと、好意からの提案だろうと、変わるものではない。
「それはできません。グリフォンは私の所有物ではなく、協力者の兄弟ですので。」
「ダメ?」
ダメです。
2mを越える五十男にしては、あんがい可愛く見えるけど。
フィリアやソフィア様をそこはかとなく思い起こさせる顔だけど。
それでもダメです。
「お父様。ヒロさんは、私の客将です。私を通してください。」
「これは済まん、フィリア。だが、ヒロは独立した直参貴族だろう?」
「客将の立場は、それと矛盾しません。」
光る源氏の君と惟光朝臣の如く。
当然、俺が「これみつ」である。
「分かった。無理は言わぬ。ややこしい案件はフィリアを通す。それで良いな?」
「ええ。きちんと責任を持って引き付けておきますので、ご安心ください。」
「……ヒロ。」
再び、冷えた声。
「なんでしょう、公爵閣下。」
「改めて歓迎しよう。よく話し合って、理解しておいてもらうべき件がある。」
「お話しいただくまでもなく、理解いたしました。」
私も貴族の端くれですので。ええ。
何をおっしゃりたいかぐらいは。
「 歓 迎 しよう。受けてもらえるな?……いや、受けてもらう。よくよく理解してもらう必要があるのでな?」




