表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/1237

第十四話 湖城イース その4


 「げ、オカマかよ。」いきなりこれである。

 ハンスは本当になんと言うか、こういうヤツである。


 「犯すぞコラ。」

 重低音で宣言すると、いきなりヘッドロック。

 ハンスと比べて眺めていると、アリエルの体格の良さがよく分かる。

 「なんてね、冗談よ。あんたみたいなブサイク、抱く気にも抱かれる気にもならないわ。」

 ハンス、散々である。


 「詩人アリエル!」

 ハンスと違い、フィリアと千早は、敬意を含んだ反応を示した。

 「あの『アリエル』ですか!」

 

 どうやら有名人のようだ。

 

 「50年以上前、70年ぐらい前でしょうか、その頃の伝説の詩人です。今でも彼を越える人はいないと言われています。」

 

 「そうなの?」


 「ええまあ、それほどでもあるわ。」

 謙遜しないねえ。

 「劣った詩に対して謙遜するのは、美に対する冒涜よ。」

 ごもっとも。


 しかし50年だか70年だかの長い間、この世に留まっていたのか……。

 「まだまだ、見たい景色があった。詩にしたい、歌いたい人たちがいた。それだけよ。」


 「詩人アリエルは、謎に包まれているのでござる。追放の上で記録抹消刑に処されたゆえ……。」

 なにそれ怖い。


 「身分違いにも当時の国王陛下の愛娘に恋をして、足繁く通ったとか。その王女殿下がまだ幼く、また、シスターとしての修行期間であったことも災いしたと聞いてござる。そのために陛下の逆鱗に触れた、と。それが一般に言われている噂でござる。激怒した陛下が死刑に処そうとしたものの、その詩才を愛する貴族一同、それどころか庶民に至るまでが助命の嘆願を出したために、やむなく追放にとどめた、と聞き及んでござる。その代わりに、彼の記録は一族にいたるまで抹消された由。……幸いであったのは、『アリエル』がペンネームであったこと。本名で活動していた官界における記録は全て抹消されたものの、彼の文学作品は残ったのでござる。あるいは、陛下もその才を憎みきれなかったのでは……などとも言われているでござるなあ。」

 

 「他にもいろいろな説があるのです。『国王陛下の勘気を被り、追放された』という体にして、諜報活動をしていたのではないか、というのがその代表的なものです。追放されたアリエルは、東国へ向かいました。歌に事寄せて、各地の実情を王都に送り続けたとか。さらに、当時はまだ北賊の支配下にあった、極東地域を見聞する任務を負っていたとも。実際に、その後の軍事活動で、アリエルの送ってきた詩歌が人情・地勢等の情報源として大変に役に立ったのです。」


 

 ロマンスとしても、ミステリーとしても、スケールの大きな話だ。

 しかし、それぐらいのことをやってのけそうな雰囲気も、確かにある。妙な魅力を感じさせる男、それがアリエルだった。 


 ハンスも食いつく。

 「幼い姫に恋をした……って、ロリコンかよ。見境無さすぎだろ!」


 そこかよ。

 今度はアームロックを極められている。

 お前本当に懲りないなあ。



 作品は残っても、本人の事跡は残らない、か。

 やがて人々の記憶からも消えていくのであろうか。少し残念な気がした。

 「本名は……本人しか知らないんだね。」


 「曾祖母から、ファーストネームだけは聞いたことがあります。」

 貴族社会の中では、まだギリギリ記憶が継承されているのか。

 

 「言わなくていいわよ!」

 アリエルが叫ぶが、フィリアには聞こえない。



 「なるへい」と言うのだそうです。



 フィリアは大真面目である。千早も、何の違和感もなく受け入れているようだ。この世界では、そこまでおかしな名前ではないのか。

 しかし、「なるへい」か。

 愛嬌はあるけれど……。優美な歌をものす詩人であるならば、俺だってペンネームを考えるかもしれん。

 とにかく、笑ってはいかん。


 そう思っていたのだが。

 「なwるwへwいwww」

 ああ、やっぱり。この世界でも、多少は珍妙な響きだったのか。

 ハンス…。正直は一つの美徳ではあると思うけどさ、お前商人だべ?少しは「飾る」ってことを覚えようよ。


 アリエルが双剣を抜いた。どうやら本名は禁句だったか。

 「まだ天には帰すなよ~。ハンスとの契約は残っているんだから。」

 

 いずれにせよ、相当に複雑な事情があるようだ。

 「アリエル、言いたくないことは言わなくてもいいから、さ。」

 

 「ありがとう。あなたいい男ね。」

 背中を向けていたアリエルが、そう言って、双剣を収めた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ