第百八十六話 メル公爵 その1
今回は、主に地理の話となります。
「後書き」にて、補足を加えております。
長雨の晴れ間、夏の陽射しを背に受けて。
我ら一行、ついに「王都」へと足を踏み入れた。
丘陵地帯を抜け、その頂上に立つや。
「ああ!うるわしのみやこ!わがふるさと!」
アリエルの声は震え、切れ切れとなり。
「ありがとう、ヒロ。本当に帰れるなんて……。」
かけるべき言葉が見つからなくて。
視線を遠くへと投げかければ。
眼前には、どこまでも広がる街並み。
碁盤の目のように、整然と並んでいた。
王都は、いわゆる「条坊制」を採用している。
東西に走る大通りは、「緯」と呼ばれる。
北から順に、「一緯大道」、「二緯大道」、……「九緯大道」が最南端だ。
いま我らが立っている、東国への本街道だが。
これも、みやこを走る大通りのひとつ、「五緯大道」へと繋がってゆく。
南北に走る大通りは、「経」と名づけられている。
中央を走る「朱雀大道」から東西に、内から外へと数えていく。「東一経大道」、「西四経大道」といった具合に。
東西それぞれ、「五経大道」が、みやこの範囲を限る。
(近年、特に西側に、さらに広がり続けているらしいけれど。)
「通りや川には、いろいろと雅名もあるけど。地理を説明するなら数字の方が便利だからねー。」
と、説明を受けて後。
丘陵地帯から、あらためて「みやこ」を眺めると。
眼下、少し離れたところを南北に走っている大通りが、「東五経大道」であって。
その「東五経大道」に並行するように、北から南へと流れるのが「東川」。
この大道あるいは川が、「みやこの東端」と認識されている。
で、あるならば。
いま俺達が立っている丘陵地帯は、「東五経大道」あるいは「東川」の、さらに東にあるわけで。
「この丘陵地帯(と、そこから東北へと続く山岳地帯)の『ふもと』は、『みやこ』扱いされていないわけ?」
「口さが無い連中は、『みやこ』と認めないわね。郊外扱い。でも、西の外れと違って東の外れは、むしろ高級住宅街。見なさいよ、ほら。」
レイナの声に誘われて、視線を手前に引き戻す。
俺達が立っている丘陵地帯と一体化するように、巨大な城砦が鎮座していた。
西へ向かう「本街道」あるいは「五緯大道」の北側、東は山裾から西は東川にかけて。
「王都メル館です。」
条坊制って便利だ。距離が一発で読める。
……ゆうに4km四方はあるんですけど。東西は5km近いか?
フィリアの説明に、マルコが続く。
「向かい合って『五緯大道』の南側、山裾から東川にかけてが、メル家郎党の居住地となっています。」
「なるほど。山を背に、川を前に。街道に面して交通の利便も良い。」
そしてメル家のおかげで、治安も最高とくれば。
「郊外の高級住宅街だね、確かに」。
「キュビ家ほどではありませんよ、ヒロさん。彼らは超・一等地に城砦を建てているのですから。」
フィリアの謙遜(?)に、アリエルが反応した。
脳内でつぶやいている。
「前に言ったでしょ?領邦貴族は箱物作りのセンスはあるけど、街中に砦を作るような真似をするって。」
アリエルの記憶の中にある王都は、80年前の姿を留めている。
その頃から、キュビ家は一等地に城砦を保有していたわけで。
ふた世代前の時点では、メルよりはキュビの方が明らかに「格上」であったと……。
ともかく、フィリアの説明は続く。
「朱雀大道の西に接し、三緯大道から四緯大道にかけて。南北4km・東西2kmの城砦ですよ?西隣の区画(同・4km×2km)に、郎党を住まわせて。」
王宮は、「北は一緯大道から南は二緯大道まで」・「東の二経大道から西の二経大道まで」の範囲を占めている。
と、すると……。
「王宮の目と鼻の先!?」
「だからフィリア君は『超・一等地』と言ったのさ。」
「イーサンが、と言うかあたし達がそれを言う?」
「だろうねえ。かく曰われる、デクスター閣下のお邸は?」
「東二経と三経の間、二緯と三緯の間にある小路の北側だね。」
王宮との距離からして、やっぱり文句無しの超・一等地。
「大雑把に言って、みやこの東北区画が、貴族達の高級住宅街ってわけ。立花屋敷もデクスター邸の斜向かい……の、西隣か。通りの南側にある。」
皆さん当然の立地では、あるけれど。
「そんなところに、城砦ねえ……?」
「王室とトワ系が、キュビ家・エドワード君を取り込みたがる理由、分かるだろう?」
人質……なんて発想が通ずる相手では、ないけれど。
絶対にひきつけておかなければ。
恐ろしくて眠れやしない。
それと、もうひとつ。
「近くに武家の大勢力があるなら、もうひとつの勢力も引き付けておきたくなる」はず。
それが、政治家(政局屋)だろうと思うわけで……。
「メル館、遠すぎないか?」
東川から計算しても、王宮までは西に20km、北に15km、移動する必要がある。
馬で半日といったところ。
「あ、それは……。」
口ごもるイーサン。
「それは、私から。」
言葉を継いだのは、フィリアであった。
「キュビ館ほどは、近くも大きくもありませんけれど。メル家も、王宮近くに邸宅を持っています。デクスター邸から見て、ほぼ真東。東四経のあたりです。」
なるほど。でも。
「なぜフィリアから説明を?」
「メル邸……上屋敷は、もとはカレワラ家の所有でした。接収された後、メル家に下賜されたのです。」
あ……。
そう言えば、カレワラが確保していた「文教職の椅子」も、メル家に与えられたって……。
「ヒロ!紳士が令嬢に気まずい思いをさせるんじゃない!」
言葉を返し損ねた脳内に、叱咤の声。
響き渡るテレパシーは、泣き咽んでいて。
分かってる、アリエル。
泣きたい時こそ、笑顔を見せなくちゃ。
「右にキュビ、左にメル。陛下の宸襟を安んじ奉るにおいて、他に適任者はあり得ない。……そうだろう?」
ややあって。
若き貴顕が、俺の肩を叩いた。
「令嬢を夏の陽射しからお守りするにおいて、ヒロ・ド・カレワラ閣下ほどの適任者もいない。……心の底からそう思ったよ、僕は。」
「忠言痛みいる、デクスター男爵閣下。……レディ・フィリア、お邸に立ち寄ることをお許し願えますか?令嬢がたに憩いのひと時をお過ごしいただきたいのです。」
「ええ、喜んで。皆様においでいただけること、光栄に存じますわ。……ふふ。」
「ぷっ。」
「ははは。」
「あはははは。」
ネタバレに属するところでもありますけれど。
文章だけでは、地理があまりにも分かりにくくなってしまいましたので。
ここに補足を加えます。
なお。
舞台は異世界。地球とは関係ない世界のお話です。
この物語は、フィクションです。実在する人物・団体・地域……その他とは、一切関係ありません。
どうかご了承いただきたく、お願い申し上げます。
さて、その上で。
「王都」のモデルは、日本の京都(平安京)です。
ただし、縮尺は約9倍。面積にして80倍です。
ttp://ryobo.fromnara.com/map/heiankyo-map.html(平安京条坊図)
ttp://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/heian/(平安京オーバレイマップ)
の2つのマップをご参照いただきますと、より分かりやすくなるかと存じます。
「五緯大道」は、五条大通。
「東川」は、鴨川。
「王都メル館」は、六波羅探題/六波羅北方です(鴨川沿いまでを「館」としました)。
「キュビ館」は、イメージとしては二条城、立地は朱雀院をモデルにしています。
「デクスター邸」は、東三条院。藤原道長の邸宅です。
「立花邸」は、橘逸勢の邸宅。
「メル家上屋敷」は、在原業平の邸宅です。
と、申し上げてしまうと、いろいろネタバレしてしまうのですが。
アリエル(なるへい・ド・カレワラ)の元ネタは、在原業平です。
ありわらのなりひら→なりひら・ド・ありわら→なるへい・ド・カレワラ。
四大氏族の元ネタは、「源平藤橘」。
メルは源氏、キュビは平氏、トワは藤原氏、立花は橘氏から取りました。
以上全て、モデルと言いますか、オマージュと言いますか、元ネタと言いますか、そういう扱いです。
歴史上の人物や家系とは、もちろんいろいろと違っています。
今後、地理や氏族、社会制度等について、同様のものが多く出てきます。
「『実在していた何か』をアレンジ・オマージュしたもの」が、数多く現れます。
ご理解たまわりたく、お願い申し上げます。