第百八十五話 王都へ その2
都の入口「重坂関」を越えて踏み込んだ、盆地であるが。
王都の東隣にあるこの地域は、あまり治安が良くない。
はるか昔、この地域は農村であったと言う。
王都が建設され、街道が整備されるにつれ、宿場街としての意味が大きくなった。
結果。繁華には、なったけれど。
宿場街は、まあその。
旅人にとっては「日常の人間関係からは、離れた場」でありまして。
その間の事情を「旅の恥は掻き捨て」などと申すわけでありまして。
つまり、面積や人口に比して、「娯楽施設」が多い。
そうなってくると。
非日常を求めて、王都から脚を伸ばして遊びに来る人も増えるわけで。
そういう施設には必ず用心棒がいて、その後ろには「取り纏め役」がいて。
警察も、「みやこ」の治安維持にばかり熱心なものだから、こちらは見逃されがちで。
さらに言えば。
田舎で食い詰めた三男坊以下が、仕方なく「みやこ」を目指すわけだけれど。
「みやこ」だって、なかなか「就職事情」は厳しくて。
結果あぶれて、周辺地域に「住み着く」ことも多く。
「新都には見られない、これが王都とその周辺の治安状況というわけさ、ヒロ君。」
説明してくれたイーサンが、ため息をつく。
「南嶺から間者が入り込み放題だろうなあ。……天真会の目は行き届いてないの、千早?」
「新都は新しき街。無人の野であった頃から天真会が入り込み、一から歓楽街を建設したゆえ、『掌握』に成功しているのでござる。なれど王都においては、天真会も『拮抗する諸組織のうちのひとつ』に過ぎぬ。歓楽街やスラム、あるいは業界団体にせよ、古来それぞれ複数の『顔役』『元締め』がござるゆえ、なかなか……。」
「拳で語るにしても、大きな相手にドカンと一発というわけに行かないと。」
「さよう。『もぐら叩き』にならざるを得ぬ。ひとつを叩けば、別の組織が大きくなるばかり。」
「細かい調整が必要になるわけね?メルやキュビより、トワが元気なのも当然か。」
「我らトワとしては、『実効力不足』を感じ始めてもいるけどね。『調整』が悪いとは言わないけれど、『思い切った決断』ができない。極東の武家に学ぶところも大きかったし、お互い様さ。……おっと失礼、天真会もだ。最有力の『業界団体』であることは間違いないよ。」
などと、なかなかに悩み深い話題を繰り広げつつ、直線的な街道を西へと向かう。
この盆地は、交通の要衝だ。
幾筋もの街道が走っている。
王都へ向かう街道も、中心部を目指す北の道と、少し離れたところを目指す南の道とに分かれ。
南の道はさらに、商都方面へ向かう街道と分岐している。
それらの街道を繫ぐ「横道」も、立派な広さを有していて。
ルート選択は、なかなかに迷いどころではあった。
まあ今日の宿は、盆地の中央に位置している。
どの道を通ったところで、辿り着ける。
「都入りのルート選択。詰めは、今夜みんなで話し合えばいいか。」
……などと、馬上巡らしていたのどかな想念は、突如妨げられた。
大声を上げて、道を遮る集団が現れたから。
「千早!ヒューム、マルコ!」
「霊能者・心得ある者、無し!」
「死角に敵無し!」
「周辺500m、敵対勢力ありません!……街道沿いの民と判断しておりました。手抜かりをお詫びいたします。」
「全騎一時停止!……後だ、マルコ。」
貴族ではない。
庶民、いや平民と称すべきか。
金持ちではなさそうだが、生活に困っている風にも見えぬ。
武器や馬防柵を手にしているわけでもなかった。
マルコとその一党が見落としたのも、分からなくはない。
「一般市民」・「生活者」にしか見えないのだ。
距離がだいぶ離れているのも、幸いであった。
近場に出てこられては、斬り捨てざるを得ない。
敵か味方か判別できない……いや、道を遮るならば、敵と判断せざるを得ないから。
そもそもこの対応だって、温情に過ぎるほどだ。
「今からでも駆け出して、騎馬突撃で殺せる」距離があるから、停止して「やった」に過ぎない。
本来、いきなり騎馬突撃や射撃をしかけたって構わない。
彼らがとったのは、それぐらいの「敵対行動」なのだ。
前に出てくる。
どうやら、機微が分かっていない。戦場経験者がいないのか?
距離をとって飛び出したのは、計算づくではなく、馬が怖かったからか……。
「牽制射撃!」
矢が路面に突き立ち、跳ね上がる。
横に一直線を描いて。
「そこから先に来られたら、騎馬突撃」というライン。
分かってもらうほか、無い。
顔が強張った。後ろに下がる。
どうにか理解してくれたようだ。
まだ何か喚くようなら、その時は……。
させないでくれよ?
睨み回す。
目を逸らされた。
折れるぐらいならさ、最初から頼むよ。
こんなこと、させないでくれ。
ひとりが、列の後ろから出てきた。
身なりが良い。
「お願いの段、お聞き入れいただけますでしょうか?」
聞いてなかった。
そちらの指揮者が何を言っているかだけを気にしてたから。
指揮を取っている者、いなかったな?
烏合の衆、そうだろう?
口を開く必要も無い。
いや、口を開いては、いけない。
それが俺の立場だ。
傍らのアカイウスを振り返る。
アカイウスが、さらにピーターに目配せを送る。
「申せ。」
こういう「立ち位置」に気後れを感じていたピーター。
それでも俺の、「あるじ」の意を受けるべく、冷たく傲岸に言い放っていた。
代表者が、その態度に顔をゆがめ。
それでも、主張を口にした。
「スラムの住人に、食を、衣服を。我ら有志、貴族の皆様に代わり行政の過誤を正すべく、活動しております。ご協力を願えませんでしょうか。」
横目に映るイーサンの顔が、赤くなった。
この一団、名を名乗らなければ活動実態を説明することも無い。
そのくせ役人を……他者を批判するにおいては根拠も資料も示さず。
嘆願するにおいては、適法な手続を通さぬ「軍事的敵対行動」。
彼らの行動は、「嘆願」ではない。「恐喝」いやむしろ「強盗未遂」に等しい。
温厚なイーサンでも、それは頭に血が上るに決まっている。
俺だって、嫌気が差した。
「武家の論理」からすれば、適法性など「何なら、無くても良い」。
だがやるからには、目的達成のために効率的な手段を選択し、覚悟を決めてから行うべきだ。
示威行為が悪いとは言わないけどさ、やり方を考えてくれ!
あるじの意を受けたアロン・スミスが、剣把に手を伸ばしていた。
この一行の、特に護衛の責任者は俺であるからして。
……させないさ、デクスター党の皆さん。
「全員抜刀!騎馬突撃、用意!」
おもいきり、霊気と妖気を吹き上げる。
隣からも、凄まじい気合が吹き上がっていた。
「遮る者は容赦せぬ!」
分かってくれたか、千早。
平民に強硬姿勢を示すことは、嫌がられるかとも思ったけど。
代表の男が、転がるように逃げて行く。
街道の左右に、一団が散ってゆく。
「……マルコ。」
「解散を確認しました。」
号令をかけ、武器を収めさせる。
さきほどまでと同じように、馬を進めたつもりだけど。
気分はどうにも、晴れなかった。
今夜の宿、盆地中央にある建物は、この地域の「役場」であって。
小なりといえど、いわば「砦」としての機能を持っている。
防御施設が無かったとしても、何があるわけでもない。
それは、分かっていたことだけれど。
それでも、マルコの気持ちを思うと。
少しだけ、胸のつかえが下りたような。
宿泊関係の手続きを終え。
いわゆる「宿帳」に、名を記そうとしたところで。
傍らから、小柄な少女の手が伸びてきた。
「レイナ・ド・ラ・立花、及びその一行」
なぜ?のひと言は、いつものように先回りされ。
「うるさいのはゴメンよ。馬車の家紋も、隠しておくことね。」




