第百八十四話 長橋の死闘? その1
「カルサ」の天真会サシュア支部から、南東にある「山中の里」へと足を伸ばした、我ら一行。
そこから真西へ向かうことで、ウマイヤ領を迂回し。
王都との境になっている、「湖南地域」へと足を踏み入れた。
峠から、湖を眺める。
湖南地域では、さしもの巨大湖もその幅を狭め。
最南端で、川へと姿を変えていた。
この川は南西のかた、「商都」へと流れゆく。
湖が川へと変わる、そのあわい。
およそ2kmにも及ぶ長い橋がかかっている。
「『長橋』。王都の境、その象徴。古来、都を離れる文人は、ここで別離の悲哀を詠んだものなの。」
扇を振りかざしつつ、レイナが解説する。
「西へ渡った後、北西へ向かえば王都だけど。いったん、南の丘に寄るわよ!」
「長橋」を渡った後、南の丘に登れば。
「巌堂」と呼ばれる建物が、そこにある。
もとは、とある超有名女流文学者の隠居所であったとか。
今では女性の信仰を集める、何と言うかその……「パワースポット」であって。
特に「文化方面のご利益がある」と言われ、女流文学者の聖地とされている。
熱弁を振るうレイナの、その傍ら。
フィリアが冷えた声を響かせる。
「王都への侵攻を図る……あるいは防衛を行う場合、この『長橋』を確保する必要があります。だからこそ、『長橋』の外・東側に王族出身のウマイヤ家を配置してあるのです。」
メル家に備えて、か。
「そのウマイヤ領の後背地が、『山中の里』と言うわけです。」
「山中の里」をメル家に引き付けておくことの意味は、大きい。
ダミアン亡き今、マルコを取り立てるのは規定路線と言うわけだ。
「だからフィリア!あんたはどうして!」
「今日は『長橋』の手前、サシュアシティに泊まることになりますね。」
レイナの声を無視するフィリア。
これは完全に復調したと見て、良いのかな。
橋の手前10km地点と言ったところに、重量感のある建物が鎮座している。
サシュアの州衙であった。
サシュアは、重要な州だ。
経済的にも、王都の東隣という立地的にも。
それに応じて、知州の位階は、従五位上が目安。それ以上のこともあると言う。
さぞや切れ者であろう。
若手のエリートか、地方官を歴任した大ベテランか……と、思いきや。
出てきたのは知州ではなく、その副官であった。
イーサンが、事情を説明してくれる。
「サシュアの知州は、中央政府の政治家が兼任することも多いんだよ。『王都に近いし、州を6つに分けているから、直接赴任しなくても目が届く』という理由さ。」
直接赴任せず、副官・代理人に治めさせる。
「遙任」と称するらしい。
で、代理に派遣される人物とは……。
これまたやはり、「アロン・スミスたちの先輩」、「中流文官貴族」と言うわけ。
その副官から、穏やかならざる話を聞いた。
「近頃、『長橋』に強盗が出没すると聞いています。」
「ちょっと!王都の目と鼻の先で、何やってんのよ!だいたい『聞いている』なら、どうにかしてよ!」
「それが、その。『長橋』はサシュア州に属するものか王都に属するものか、その管轄が不明でして。」
ここでも縦割り行政か!
「それに、私では。その、いかんともしがたく……。」
文官であるがゆえに、警察や軍隊とのコネがない。
副官であるがゆえに、権限逸脱の非難を受けはしないか、それが恐ろしい。
知州本人は、中央の政治家。「切れ者」にして「大物」であること間違いなし。
実働部隊へのコネもあるし、腹を括った決断も下せるはずなのだけれど。
副官には、そこまでの権威と権力が無い。
と言って、ボスの知州に泣きつこうものなら、評価が下がる。
結果、「見て見ぬ振り」。
「大したことはありません。ただのコソ泥です。」
と、まあ。
そういうことにされてしまう。
正直に告げてくれたあたり、むしろ良心的と評すべきかもしれない。
「こちらで処理します。黙認ぐらいはしてもらえますね?」
フィリアの痛烈な言葉に、平伏せんばかりの感謝を見せる副官。
メル家と聞いて、期待していたな?
「長橋」の先には、「検問所」と称すべきものがある。
この検問所、日の出と共に業務を開始する。
先を急ぐ旅人は、夜のうちに長橋を渡って開門を待つ。
そうした夜間の通行人を狙って、犯行が繰り返されているらしい。
「ならば、今日は早めに寝みましょう。夜中に出立です。」
ん?
この音は……エレクトーン?
懐かしい姿。
白いブラウスに、紺色のロングスカート。
「清楚」という言葉の意味を、教えてくれた人。
そして隣に立つ、叔父さん。
「ヒロ君は、この曲知ってる?」
「ええ。」
「結実?また懐かしい曲を。……俺達世代のゲームなのによく知ってるなあ、ヒロ。」
「そのゲーム、シリーズ化されてて。曲もアレンジされて使い回されてますから。でもまた、何で?」
「エレクトーン教室の発表会があるんだけど。『この曲を弾きたい』って言い出した生徒がいるの。」
「分かる分かる。この曲聞くと、テンション上がるからなあ。手にいくつも武器持ってる敵キャラでさ。……元ネタは弁慶だって、知ってたか?」
「弁慶って、義経と一緒にいる?」
「そうそう。橋で義経と決闘して。義経、当時は牛若丸か。ひょいひょいっと攻撃をかわして、笛で一撃。」
あの時の叔父さんのステップ、驚くほど軽かったんだよな。
大学では、ダンスサークルで。ヒップホップ踊ってたって。
後から聞いた話だけど。
見せてもらった、当時……20世紀末の写真。
ティンバー○ンドのブーツに、サウ○ポールの極太ジーンズを片足だけ捲り上げて。
で、ガングロに……ドレッドヘア。
「ふふ。何その動き。」
2つ年下の結実さんとは、そのサークルで知り合ったとか。
ん?
ヒップホップのサークル?
確か当時、アムラーとかヤマンバとか、そういうのが流行りだったって……。
「ヒロ君?」
エレクトーンの前に座る、白いブラウス。紺色のロングスカート。
俺に背中を見せていた結実さんが、ゆっくりと振り返る。
うわあああああああ!!
夢、か。
変な時間に寝るもんじゃないな。
ひどい汗だ。6月も中旬になれば、当然か……。
って、こらミケ!ひとの上で寝るんじゃない!
この蒸し暑い時に。
「『猫に三日の土用無し』って知らない?」
お前ゴーレムだろうが!
夜半の雲がゆるやかに動き、月が姿を見せた。
その光を背に、わだかまる人影。
もろ手に剣を握っている。
「某が出るまでもあるまい。……どなたでも、手柄されよ。」
ひと目見て、千早は興味を失っていた。
皆の目に押し出されるようにして、前に足を進めたけれど。
体が、やけに重い。
「武器を置いていけ。」
覆面の下から、くぐもったような声。
鋭くて……そして意外にも、澄んだ眼差し。
射抜かれたような気がした。
6月も半ば、そろそろ長雨の季節。
湖から上がる湿気が、纏わりつく。
腕までも、重く強張っていた。
朝倉の柄へと、ぎこちなく伸ばす。
その時すでに、敵はこちらに馳せ向かっていた。
「関所、あるいは検問所」を訂正して、「検問所」といたしました。
関所は、そのまた先にあるということで。(2月3日付け)




