第十四話 湖城イース その3
日本に比べると、やや物騒な世界であるということは理解し始めているつもりだ。
しかし、それにしても。俺の行く先々、幽霊が現れる。
子供の体に元サッカー部のおとなが入っていて、行く先々に死者が出る。
ん??
習うべき武術、「麻酔薬入りの吹き矢」だったりは……しないよね、やっぱり。
「どこから出てきたかは存ぜぬが、また随分とマニアックな着想でござるなあ。ヒロ殿の心肺能力を考えると、必ずしも悪くはござらんが……。体捌きということを考えるならば、暗器・サブウェポンよりもまずは、『誰もが習うような』武術がよろしかろう。」
つぶやきが千早に拾われていた模様。
そんなやりとりをしている間にも、船は幽霊に近づいてゆく。
静かに歌を吟じている。
その姿を見ながら、「春宵一刻値千金」かあ……。
などとつぶやいたのがいけなかった。
こちらに向きなおった幽霊が、すさまじいスピードで近づいてくる。
「その句、詳しく!」と言いながら。
身構える千早に、大丈夫そうだと伝えたときには、もう目の前に立っていた。
「ヒロ殿の詩藻に惹かれたのでござるか。いよいよ本物のようでござるな。」
この句が「本物」であることは確かだが、俺の詩藻(笑)によるものではない。受け売りだよ。
幽霊はやや落ち着いてきたようだ。
「あら、あたしのことが見えてるし、あたしが言っていることも聞こえるのね?」
今さらか、と思っていたら、次に出た言葉がこれだった。
「ねえあなた、最近良いところを見なかった?美しい景色とか。」
美に対して貪欲な幽霊なのだろう。
当座、害はなさそうだよ。そう、千早に伝える。
それにしても、美に貪欲過ぎはしないだろうか。
目のやり場に困る。
薄手のガウンの下は、素肌である。胸元が大きく開いている。
胸元どころか、裾をあわせることすらしていない。下着が見えている。
間違いない。この幽霊、機会さえあれば喜んでガウンを脱ぎ捨てるであろう。
そして、こう言い出すのだ。
「私は……美しい!」
そしてそのまま、ブーメランパンツ一丁の、筋骨隆々たる裸身を曝しながら歩き出すに違いない。
昔、漫画で見たことがあるキャラと良く似た雰囲気を感じるのだ。
妙な威圧感たっぷりの幽霊は、さらに話しかけてきた。
「あなたたちは、どこへ行くの?新都?」
「ええそうです。3年ぐらい、新都に滞在することになります。」
そう答えると、急につまらなさそうな顔になった。
「新都ができてからは行った事ないから、あなたと契約して、観光でもしようかと思ったけど……。3年もいたら、飽きちゃうわね。やめとくわ。」
正直、少しホッとした自分がいたということを、俺はここに告白する。
その頃、幽霊の気配に気づいたフィリアが、湖城イースを見物している船上の客を掻き分けるようにして、こちらにやってきた。
「この幽霊は大丈夫だよ。」
そう伝えて、振り返った俺の目に映ったのは……。
半裸のマッチョが、驚愕に目を見張っているさまであった。
表情が豊かだとは思っていたが、これは随分な顔だ。
すぐに表情を戻したが、まだ少し動揺が感じられる。
「でも、ここにいるのも飽きちゃったし、やっぱりついていこうかな。」
何かを誤魔化すような、早口であった。
「もちろん契約してくれるわよね?」
そのひと言だけ、重低音の地声でしゃべるのはやめてもらえませんかねえ。
フィリアに対するおかしな態度が少し気になったので、釘を刺しておく。
「妙なことをしたら、二人に浄化してもらうからな?」
「あたり前じゃない。人を何だと思ってるの?犯罪者みたいな言い方しないでよ。」
王国には、軽犯罪法は無いらしいと知る。この格好はないわー。
「いちおう聞いておく。言えるなら言ってくれ。性的な立場は?」
「男よ。で、バイね。美しいものはなんでも大好き。もちろん、嫌がる人にどうこうすることは絶対に無いわ。」
「フィリアと千早に対しては、特に配慮をもって接して欲しい。何と言うか……『お年頃』だから。」
「あらあなた、若いのに紳士ね。いい心掛けよ。あんな可愛らしい子に、妙なまねなんて、絶対にしないわ。」
フィリアを見つめている。おかしな態度ではない。
彼女に何かを見ているかのようであった。生前に娘さんでもいたのかな。
これはかえって、頼りになるかもしれない。
「分かった。契約しよう。」
「あなたが死ぬまで、でお願いするわ。まだ見ていないところがたくさんあるし、もっともっと詩を作って歌をうたいたいの。」
「私にできることは…。もちろん詩歌管弦ね。それと、儀礼や会話には割と自信アリ、かな。あとは、あまり自信ないけれど、武術。双剣ね。それもいちおうはできるわよ。」
最後の「自信ないけれど」は、明らかに謙遜であろう。筋張った二の腕を見るだけで理解できる。
彼もまた、貴族の出、なんだろうな。
「名前を名乗っていなかったわね。詩人のアリエルよ。よろしくね!」
麗しの城、イース。
そのほとりにある湖から飛び出してきた、美人…ではない、美丈夫(?)アリエル。
フィリアと千早に、そしてハンスとジロウに、紹介した。




