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第十四話 湖城イース その2


 ギュンメル南境を東へと流れていく、大河ティーヌに乗り出した貨客船。

 最初の目的地は、カデンの街の対岸、イースの街。流れを横切るように進んでゆく。


 最近はだいぶ安定してきたとは言え、ティーヌ河の左岸(このあたりでは北岸とも言える)は前線に近く、不測の事態を警戒する必要がある。

 そこで、新都からはできる限り右岸に近いところを遡上し、イースに至って後、川を横切ってカデンを目指すのである。カデンから新都へも、同様の航路を逆向きに取る。

 

 なお、下ってゆくと、ティーヌは二つの流れに分かれるのだと言う。

 そのまま東(東南東、と言うべきか)のほうへ流れてゆく東ティーヌと、南へと流れてゆく南ティーヌに。

 この船は南ティーヌへと入り、南下して新都を目指す。

 

 

 それにしても、川幅が広い。

 向こう岸が見えない。

 どれぐらいあるのだろうと思って聞いてみると、「一番広いところで、200km」とのこと。

 「この辺りではそこまででもないから、100kmはない」ぐらいでは?とのこと。

 「専門家か子供でもない限り、そのようなことは考えぬでござるよ。」とは、千早の言。

 

 度量衡についても、もちろんこの世界独自の単位があるわけだが、面倒なので元いた世界のメートル法に置き直して考えている。

 こちらの単位を言われてすぐに長さが想像できるほどには、馴染めていないので。


 

 「イースって、どんな街?」


 「サクティ・メルの北の要です。」

 そうですね、まずはサクティから。そう言って、フィリアが説明を始めた。


 「サクティが地域名で、領邦として表現する場合はサクティ・メルとなります。サクティは、西は、リージョン・森の南部の山によって、北は、東へ流れるティーヌ河によって、東は、分流した南ティーヌによって、区切られる地域です。サクティの南が新都になります。サクティの大部分を占めるのが、極東大平原と呼ばれる平野で、肥沃な農業地域となっていますね。」


 続いて、イースについて。

 

 「イースの街は、カデンの対岸にあります。物流の拠点であり、経済的に豊かな街として知られていますが、軍事的にも要地です。平野が広がるサクティへの進入を防ぐ役割を担っています。」


 分からなくは、ない。

 この大河を掘や防衛ラインと捉えるならば、その内側に拠点があるのが当然であろう。


 「街は、イース湖という湖の周辺に広がっています。湖の中央にある島の上に立つのが、街を統括する政府であり、防衛拠点でもある、湖城イース。湖と、ティーヌの流れ、さらに周辺の大小さまざまな水路を利用した防衛施設が幾重にも張り巡らされています。攻めるに難く守るに易い堅城です。」


 「ずいぶんと物々しいなあ。」


 「15年前は王国の北辺だったのですから。それから約10年かけてギュンメルが平定され、7年前にウッドメル大会戦……。ここもまだまだ前線の一部なのです。」

 

 そんな話を聞きながら、船に揺られる。

 湖城イースが見えてきたのは、翌日のことだった。


 「そろそろですね。」

 フィリアがそわそわしている。

 

 珍しいこともあるものだ、と思っていると、千早が教えてくれた。 

 「湖に浮かぶ城イースは、その姿の美しさでも有名なのでござるよ。観光客も多く、それも街の経済を潤しているでござる。」

 

 なるほど、ただ武骨なだけじゃなくて、そこまで考えて城を設計したのか。

 味方から見れば頼りがいのある堅城、敵からは経済力と防衛力の大きさを思い知らされる威圧的な城。王国の民にとっては誇りとなる美しい城。


 「作った領主のセンスが現れているんだね。」

 そんなことを言い終わらぬうちにも、そそくさとフィリアが部屋を出る。

 そんなに見たいのか。


 俺と千早は、少し遅れて続いた。

 フィリアは船のへさきを目指している。


 見えてきた。


 どこまでも果てしなく広がる平原。

 その中央に、町並みを従えるようにして立つ、背の高い城。


 傾きかけた夕日に照り映えている。

 船が近づくにつれ、そして日が傾くにつれ、その色合いも落ち着いてゆく。 

 やがて日が沈むと、そこに佇むのは優美なシルエット。

 昇ってゆく月の光に照らされて、再び浮かび上がった湖城イースは、青白く輝いていた。


 その頃合いに、船もイース湖にたどりつく。

 どこからか、弦楽器の音色が聞こえてきた。

 耳を澄ますと、歌声も。


 はえ~。

 船の出入りの合図まで、ずいぶん優雅だなあ。

 

 そう思ったのは、誤解だった。

 歌声の出所は、湖のど真ん中。


 生者と死者の区別がいまいちつけられない俺でも、湖の上に浮かばれてしまっては、気づかざるを得ない。


 麗しの湖城イース。

 そこにいる幽霊さえも、優美であった。 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 対岸が100kmの川。もう湖では。
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