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第百七十三話 力 その2

 

 建設中の用水路を訪問した。


 我ら「ご一行様」の中には、具体的な作業工程を理解できる者など、いないのだけれども。


 「現場を仕切っている」中間管理職クラスには、天真会関係者が多い。

 だから千早を通じれば、いろいろな話が見えてくる。



 「本流を作る時には、一から手取り足取り、村の連中を教えなくちゃいけませんでした。だけど支流も二本目となれば、作業にだいぶ馴染んできましてね。仕事がはかどっています。」


 「何より良いのは、やる気がある。近所の村が、全部まとまってますからね。『俺達の用水だ、俺達の田畑になる』って話になりゃあ、そりゃ早いですぜ?」


 「聞きつけて、西の半島にも河から水を引こうって話が持ち上がってるんでしょう?」

 

 「だらしねえのは東の半島だよ。あっちだって水不足だってのに、話が持ち上がって来ない。すぐ近くに川が流れてるんだぜ?」


 「郎党衆の皆さん、いがみあってるもんだから。」


 「壊したり殺したりはお手の物だけど、『作る』ってことができねえんだよ。」

 

 「こういうことは、お武家様に任せちゃいけねえよ。村の衆も分かってるから、『自分たちがやる』って、まとまったんだ。」




 「天真会は、人員管理や土木作業が得意だとは聞いている。だが周辺の地勢を把握し、大きな絵図面を描くには、専門的な知識が必要だろう?」


 大規模インフラなのだ。

 高等教育を受け、専門知識を持った者が線引きをしなくてはいけない。

 例えばエリザ・ベッカーのような人材無しでは、成功は覚束ない。

 

 「それと、資金繰りはどうなっている?村々が団結しても、出せる資金には限界があるだろう?」


 矢継ぎ早に質問を口にする、イーサン。

 直轄領について、よほど思うところがあったらしい。




 「金については、村の連中が商人を引っ張り込んだって話ですぜ?もちろん、ご領主様からも出てるんでしょうけど。そういう話は、やっぱり『偉いさん』に聞いてもらわないと。……おーい、先生!」



 作業現場全体に響き渡る、大きな声。

 ふいと、大戦を思い出した。


 どこからも声が返って来ない。

 すこし不安になる。


 強くなっている陽射し、遠くに見える陽炎。

 ……首を振る。

 

 ややあって聞こえてきた、ガタゴトという音。

 振り返れば、陽炎の向こうから、ロバに引かれた小さな箱車が近づいていた。

 



 「これは!ヴィクトリア様……と、皆様は?」


 ロバ車の御者台には、小柄な青年。

 20歳は越えているように見えた。



 「新都からお越しのフィリア様と、そのお友達の皆様です。あなたは?」



 「とんだ失礼を!私はトニー・ウッド・ラズメル、メルのお家の末に連なる者です。ヴィクトリア様のお姿は、遠目で拝見する機会がありまして、存じ上げておりました。」

 

 「とんだ失礼を」などと口にしながら、青年はロバ車から降りて来なかった。

 連枝も末端となれば、フィリアに目通りする機会もなかなか無いのか、よほど動転しているらしい。

 その様子に、イーサンの侍衛アロン・スミスが冷たい目を向け。

 2つ3つ、から咳をしてみせた。

 

 青年トニーの顔が、真っ赤になった。


 「も、申し訳ございません。私、幼時より脚が動きませず。立ち上がる事、かなわぬのです。非礼の段、どうかお許し願います。」



 知らぬこととはいえ、さすがにアロンも気まずそうだ。

 それをフォローするつもりか、用水への関心の強さのせいか。

 構わずイーサンが、トニーに話しかける。


 「作業中忙しいところを、済まないね。この用水について、いろいろと聞かせてほしい。」 

 

 ややぞんざいな口調に、2人の身分差が現れる。

 そうしなければ、相手が恐縮する。あるいは、強い疑念を抱かれる。

 「猫なで声で機嫌を取って、この『偉いさん』は、俺にどんな無茶をさせるつもりだ?」と。



 口調のせいというわけでもなかろうが。

 トニーも笑顔を返していた。


 「時間には余裕があります。私で答えられることであれば、何なりと。」


 ……「偉いさん」が、自分の仕事に関心を持ってくれるのだ。嬉しくないはずは無い。



 「僕からは、3つ。予算をどこからどう持ってきているのか。次に、用水のルート選定について。地理的条件もあるが、政治的な問題もあるだろう?それをどうクリアしたのか。第三に、設計担当者は誰か、教えてほしい。」

 

 左右を見回すイーサン。

 「みんなは?他に質問はないか?」という顔つき。



 「ムキになっちゃって。他に何を質問しろって言うのよ。」

 レイナの呆れ顔が、みなの総意。



 トニーが、くしゃくしゃに笑み崩れた。

 遠慮の無い顔だ。

 社交ひとづきあいは、得手ではないらしい。


 俺はこの顔を知っている。

 日本にいた頃、工学部の友人が見せていた。

 「ワケ分からない分野」に関心を持ってくれる人が現れた時に、見せる表情。

 


 「偉いさん」だから嬉しいのでは、ない。

 「自分の仕事」を見てくれることが、嬉しい。

 この時ばかりは、青年の気持ちがはっきりと理解できた。


 

 「期待しすぎないほうが良いと思うけどね。大抵10分後にはドン引きされるから。」

 ……腐女子のシスターピンクが、俺の脳内でため息をついていたけれど。

 トニーには、聞こえるはずも無く。

 


 「答えやすいところから、申し上げます。第一に、設計担当は、私です。第二に、ルートについては、地理的な条件から、私が選定しました。政治的な問題は、『本流の後に支流を引く』、『本流で用が足りる村も、支流完成まで人を出す』という条件で、解決しました。」



 「君が!ひとりでか?」



 「いえ、関係者の諸君に協力を得ながらです。腰を据えて折衝するには向いておりますので!」



 笑って良いものか、少し迷った俺。

 傍らから聞こえてきたのは、笑い、いや、気の緩みなど、一切感じさせぬ声。


 「よろしいですか?」

 


 「これはフィリア様!」



 「不明を恥じるばかりですが、私も、姉ソフィアも、トニーさんの名を知りませんでした。どのような経緯で、あなたがここの責任者に選ばれたかを、教えてもらえますか?」



 「長くなりますけれども……。」


 「構いません。一からお願いします。」


 こうなってしまえば、フィリアが動くはずもない。

 陽射しを避けるべく、慌ててテントを設営し。

 腰を据えたところで、トニーがおもむろに語り始める。

 



 「私は、幼時より脚が動きませず。『武のメル家』の連枝としては、先行きが暗いことは理解しておりました。」

 


 「ミドルネームに『ウッド』とあるのは、『ウッドメルから、さらに枝分かれした家系』ということです、ご主君。連枝としては、末端に近いかと。」

 などと、アカイウスから耳打ちがあり。



 「私は、外で活躍することはかなわない。ならばせめて、本領で何かできることは無いかと。子供の頃は毎日、地図を眺めておりました。何かの気晴らしに外に連れ出してもらえる時に、地図と景色を比べる日々。」


 やがて、「自分が動けぬならば、動かぬものを相手にしよう」と思うようになったらしい。

 本人は「子供の浅知恵」と謙遜していたけれど。その判断が、功を奏した。

 ともかく、「山に河、港に建物を意識するように」なったとのこと。

 

 「幸いにして、ウッドメルの奥方様は、バルベルク家のご出身。バルベルクからウッドメル家に入られた郎党と父との関係が良かったため、手解きを受け、書物を写す機会もいただきました。」



 「この間、レイ・グアンでご主君が引見された男も、バルベルクの出身です。トワ系名流、担当は建築・建設。」

 再びの、耳打ち。

 貴族社会は、世間が狭いようだ。



 「勉強の合間、ロバに引かせたこの箱車に乗っては、建築・建設現場を巡る日々。天真会の皆さんとも、話をするようになりまして。」

 


 それが、きっかけとなった。 

 

 

まだ完成していないのですけれど。

バルベルク家は、スピンオフ小説「猫かぶり姫の恋」に、出てきますです。

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