第百七十一話 トリウスの審判 その2
ミッテラン家の相続問題は、あっさりと決着した。
「『隣の隣』の郎党達に聞いて回れば、適任者が分かりますから。」
郎党は、常に小競り合いをしている。
だから「お隣さん」……たとえば、モンテスキュー家に聞くべきではないのだそうな。
彼らにとって都合の良い人物を推薦してくるに決まっている。
その点、「隣の隣」に住む郎党の推薦は、信用して良い。
ミッテラン家にはしっかりしてもらいたいと思っている人々だから。
ひとつの家に聞くだけでは、やはりいろいろと偏りもあろう。だから「聞いて回る」。
おのずと、適任者が見えてくる。
「傍流の若者ですか。……ヴィクトリア姉さま、どう思います?」
「私は、軍事的な面の見極めができませんので……。」
「決断し、責任を負うのが本宗家です。それで済ませて良いはずが無いことは、お分かりですよね?姉さまの見解を教えてください。」
かなり厳しい口調。
郎党や友人ならば、こんな言い方はすまい。
やはり家族となると、多少は遠慮が無くなるものか。
「血統が悪いとおっしゃりたいのですか、フィリア様?」
「私は姉さまの意見を聞いています。『血統が悪いから反対だ』とおっしゃるのですか?ならば、『血統が悪いことの問題点』を述べてください。」
「いえ、反対というわけでは……。」
「ならば、賛成ですか?その根拠は?」
終始、こんな調子。
その場はどうにか、なだめたけれど。
「『自分で決断する』、『意見を持つ』、『分からなければ下問する』。すべて、声に出して周囲に表明してください!声に出せば、周りも動いてくれますから!」
「フィリア、そこまで言わなくとも。」
「本宗家の娘、本領の抑えですよ!?しっかりしてもらわなければ、困ります!」
ともかく、ミッテラン家の継承問題は、解決した。
問題は、ヴィクトリア争奪戦の代わりに行われた武術大会、「ソフィア杯」。
大会自体は、つつがなく執り行われ。
そのまま、表彰式。
「準優勝者には、ヴィクトリア様から賞が下賜されます。」
授与を終え、そのまま司会役を引き継ぐ、ヴィクトリア。
さすが、典礼については何の不安も無い。
「優勝者には、ソフィア様から賞が下賜されます。」
低音の、豊かな声量。
いじけずに声を出せば良いのに。
ともかく。
そのひと言に続いて、大会の縁起が述べられる。
ありがちな流れ。
「……そもそもこの大会は、武勇、品格、メル家への忠誠を顕彰するために開催が決定されたものです。……では、ソフィア様の代理として。」
そして。
最っ高に魅力的な声で、ヴィクトリアが謳いあげる。
「いちばん相応しい令嬢から、賞が授与されます。」
ヴィクトリアの宣言に、3人の令嬢が、同時に立ち上がって「しまった」。
主賓席に座る、3人の令嬢(独身女性)。
フィリア、千早、そしてレイナ。
品格と言われては、レイナは無視できない。
武勇と言われては、千早は譲れない。
メル家への忠誠と聞けば、フィリアは引くわけにいかない。
ヴィクトリアー!
「決断しろ、意見を持て、自分から声を挙げろ」と叱りつけたフィリア。
「決断しない、意見を持たない、自分からは言わない」やり方で生きてきた姉からの、これが反撃。
言うだけ言って、素早く下がるヴィクトリア。
こちらに向かってくる顔の、誇らしげなこと。
3人が、そっと腰を下ろした。
さすがに言い争いはせぬものの……何も言わぬ。硬直している。
壇の下に退出しがてら、ヴィクトリアが、下賜品を俺に預ける。
「紳士にお任せすれば、何事も間違いが無い。これまで、そう教えられて参りましたわ?さきほどは懇切なご指導をありがとうございます、カレワラ閣下。……フィリア様とは、同罪です!」
投げ込まれた、黄金の林檎。
誰か!
イーサン!……の隣のトモエが、俺に怒りの目を向けた。
婚約者に「他の女の優(劣)をつけさせる」など、許してくれるはずもない。
ゼウスの隣には嫉妬深きヘラ、昔から決まっている。
犠牲の羊、羊飼いパリス……。
アカイウス!セルジュ!
くそっ!逃げ足早い!
ヘルメスならせめて伝令役を……よしよし。
あるじの怒りを恐れたアカイウスが、逃げを打ちながらも視線を送っているではないか。
マルコ・グリムへと。
羊飼いパリスは、立場弱き者。
済まないね、マルコ君。
こういうしわ寄せは若手に押し付けられるものと決まっているのだよ。
セルジュに背中を押されるようにして、俺に近づいてきたマルコ。
長くしなやかなその腕に、下賜品を託す。
「後で報酬出すから。頼む!」
そんな姑息なひと言を、ささやきつつ。
しかし。
羊飼いパリスは、思慮浅き者。
マルコ・グリムは知恵深き者。
報酬になど、釣られない。
俺から下賜品を受け取り、静かに壇上に運んだところで。
振り返りやがった!
ダミアンそっくりの、皮肉面。
いったん希望を与えておいて!逃げ道を塞いだところで!
貴様!
表情を変えぬまま、俺を見詰めるマルコ。一歩も動かない。
会場の視線を一身に集めたヒロ・ド・カレワラ閣下、必死でアタマを動かして。
出した結論は、やっぱり「逃げ」。
「き、記念すべき第一回大会。と、特別に、お三方から、授与をお願いいたします!」
自分でも分かるほど、声が震えていた。
レイナが目録と賞状を渡し。
千早が下賜品を授与し。
フィリアが「お言葉」をかける。
ほんの1分もしないうちに、3人は動揺を収め、即座にコンビネーションを組んでいた。
貴族は、アドリブに強い。ことに典礼関係ともなれば。
そして。
なぜだか理由は分からないけれど。
フィリアとヴィクトリアは、この一件で和解したようだ。
「安心しました。ヴィクトリア姉さまには、仕事を任せられます。」
「至らぬところは多々あるかと存じますけれど。アナベル様のご指導のもと励みますわ、フィリア様。」
ふたりが、いやレイナと千早を含め、4人が俺を見る目は、しばらくの間冷たかったけれど。
……その理由が分からないほどに、アホではないつもりだ。
だけど。
誰か一人を選んでいたら、今ごろどうなっていたのやら。想像したくもない。
だから、やっぱり。これで良かったのだと。
そう思うことにした。




