第百七十一話 トリウスの審判 その1
翌日。
メルシティから、皆が滞在しているトリウスの政庁・クフォルテへと、飛んで帰ったわけだが。
実はメルシティからクフォルテまでは、500km以上の距離がある。
フィリアの祖父・先代メル公爵の台詞では無いが、ファシルから新都までが、約2400km。
やはりメル領は、広い。
そして500kmともなれば、グリフォンでも8時間かかる。
いつもの3人にヴィクトリアを加えて、丸一日の移動。
それなりに仲良くやっていかなければ、間が持たぬ……にもかかわらず。
出発時から、いきなり揉めた。
誰がどこに座るかで。
「千早・ミューラー卿は、フィリア様の侍衛。おふたりは同乗されるのでしょう?」
などと言いながら、ヴィクトリアが俺に近寄ってくる。
「体重バランスを考えれば、私がヒロさんと乗るべきでしょう。」
眉を吊り上げたフィリアが、すばやく間を詰めて来る。
体重の話には敏感な千早が、ぴくりと肩を震わせた。
筋肉が脂肪より重いのは常識なのだから、数字を気にすることは無いと思うのだが。
しかしこれもまた、「理屈ではない」話であって。
ともかく、慎ましく反論を述べる千早。
「某とヒロ殿で乗っても、大丈夫でござるよ。姉妹水入らずも、たまには良いのでは?」
わーい、モテ期だー。
なんだか寒気がするぞー。
だいたい、ヴィクトリアの顔を見ても分かる。
あれは、「俺と乗りたい」わけではない。
「フィリアと乗りたくない」……いや、「フィリアをイラつかせたい」だけのこと。
フィリアにしても、嫉妬とか、そういうことではなくて。
「かわいげ」を武器にする女子を見るとイラつくとか、なんとか。
そっち方面の感情が動いているような?
いずれにせよ、3人が、揃ってこちらを見ている。
「お前が決めろ」ですね、分かります。
「途中で2回休憩を取るからさ、その時に交替すればいいだろ?お互い、全員と話ができるし。」
「お前の呼び名を変える必要があるな、『ぼっち』。」
「『へたれ』だな。」
グリフォンの「翼」と「嘴」が、馬鹿にしたようにこちらを見下ろす。
ヴァガンもいちいち通訳してくれなくて良いからね?
ともかく、俺と最初に同乗したのは、ヴィクトリアであった。
「フィリア様にも、かわいらしいところがあるのですね。」
危険な口車。
あいまいに頷くに留める。
「最初に私を座らせたのは、後で何を話していたか、聞き出すため。そうは思いません?」
「いや、それはありません。」
フィリアは、聞いてこない。
聞きたければ、俺から話さざるを得なくなるように、圧力をかけてくる。
「……自信がおありなんですね?」
体を寄せてきた。
腹立たしげに。
隣を飛ぶ2人に見せるためなんだよなあ、やっぱり。
「そんなことよりも、ヴィクトリアさんは今後どうされるのですか?ミッテラン家に降嫁、あるいは養子に入られると?」
「それでは周囲が収まりません。トリウス郎党衆のパワーバランスを崩すことは、避けなくては。」
「分かっておいでなんですね。」
「……長く地元におりましたから。」
そのひと言だけは、妙に力強くて。
地元に対する愛……いや、フィリアに対する負けん気や意地か、これは。
「……愛憎あい半ばす。某には、そう見える。」
ヴィクトリアが、最後に発したひと言。
聞こえていなくとも、その時の表情と気合を、千早は感じ取っていた。
「フィリアに対して?」
「フィリア殿を通じて、メル家に対して。もうひとつ、郷里に対して。『家』と『邦』でござるよ。……某には、分かるような気もいたす。」
「なら、ヴィクトリアさんも割り切れるかな。千早みたいに。」
「時間は必要にござろうなあ。……もうひとつ。」
千早も、体を寄せてきた。
「年長者の手助けも、必須でござろう。某も、天真会と、メル家と、学園と……そしてヒロ殿と出会うことで、ようやく割り切ったのでござる。」
「数に入れてくれるんだ?……光栄にござる、千早どの。」
ふざけでもしないと、少しその。
いろいろと、冷静さを。
「せっかく身を寄せておるに。張り合いがござらぬ。」
「ヴィクトリアさんの反応を見たい。それだけのことだろう?」
「いかにも。某には、よく分からぬタイプにござる。」
「あえて言うなら、天真会のマリーに似てるんじゃない?」
「ほどほどにあしらうに限ると?」
含み笑いを漏らす千早。
やはりどこか、ヴィクトリアに反発してはいたけれど。
その態度には、まだまだ余裕があった。
「ええ、ヴィクトリア姉の言うとおりです。降嫁以外の方法で、ミッテラン家をまとめなくてはいけません。」
代わったフィリアも、同じ見解。
「とは言え、難しい案件でもない。一人を選んで継がせれば良いだけのこと。ヴィクトリア姉が提案し、私がそれを父公爵と総領の名の下に承認する。それで、一件落着です。」
「ヴィクトリアさんの、内政デビュー。箔付けや権威付けをすることが目的と。そういうことか?」
「後は、ガス抜きが必要かもしれませんね。トリウスには、大戦に参加できなかった郎党も多い。ヴィクトリア姉争奪戦という祭りを中止してしまっては、ね?」
「武術大会でも開いて、賞を出すとか?ヴィクトリア杯と銘打って。」
「そこは、ソフィア杯でしょうね。準優勝者にヴィクトリア杯を。」
やはりいろいろ、難しい。
そして案の定、フィリアは「それ以外のこと」を聞こうとせず。
その代わりに、やっぱり身を寄せてきた。
「私ひとりがやらなければ、また『かわいげが無い』と言われてしまいますからね?」
フィリアにも、余裕があった。
俺にはあまり余裕がなかったけど。男の悲しい性である。
ともかく、ヴィクトリアの小細工ぐらいで、リズムを狂わされるふたりではないらしい。
案件も、それほど難しくはない。
これは穏やかに終わりそうだ。
……と、思っていたのだけれど。
これはヴィクトリアにしてみれば言わば「初陣」。
意気込み……いや、これまでの鬱憤もあろうということを、忘れていた。




