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第十四話 湖城イース その1


 ギュンメル伯の居館を後にした俺達は、南へと向かった。

 馬市の街の南、東西に広がるカデンの街から、船に乗るのだ。


 その前に。

 いったん、天真会の支部に立ち寄る。

 大金貨一枚を渡し、山の民・「巽の大樫」一族への贈り物と手紙の送達をお願いする。「腕の立つ同行者がつくので……」という旨を言い添えて。

 

 さあ、これで心置きなく、南のかた新都へと向かうことができる。

 そう思いながら、カデンの街へと、足を踏み入れた。


 カデンの街は、西から東へ流れる大河ティーヌに沿っている。

 物流の必要に合わせて、ティーヌから何本も運河を引いているので、街のいたるところに水路が延びていた。(特に北に行くほど)埃っぽかった馬市の街とは、だいぶ趣が異なっている。

 


 などとぼんやりする暇もなく、悲鳴に驚かされた。

 子供が水路に落ち、続いて母親が後先考えずに、子供を助けるべく飛び込んだようなのだ。


 急いで駆けつけたが、どうやら母子共に小舟に掬い上げられた模様。

 そのまま船頭が、岸に向かって漕いでくる。

 「応急処置と、医者を頼む!」と叫びながら。

 

 ひと安心……。

 ではない!


 子供は息を吹き返したが、母親の霊が体から抜け出している! 

 霊は、口からにゅるんと現れて、すこし上空でとどまった。

 何が起きたのか分かっていない模様。

 パニックを起こし、泣き喚いている。

 

 地上では、応急処置が始まっていた。

 気道を確保し、心臓マッサージ。

 この辺は、日本で習ったのとあまり変わらないようだ。


 俺にできることは……。

 上空に向かい、「こっちだこっち!お母さん!帰ってきて!」と呼びかけること。


 フィリアと千早も気づいた模様。必死に呼びかけ始めた。

 周囲の野次馬も、見るからに神官のフィリアが上空に呼びかけているのを見て、悟った。

 こういった呼吸は、「霊の実存は、疑うまでも無い事実である」として信じられている世界ならではだろう。

 見えていなくとも、みんなで呼びかける。


 それでも、母親はまだ泣き叫んでいる。助けに入ったはずの子供は見当たらないわ、自分がどこにいるやら分からないわ、で。

 誰かが叫ぶ。

 「坊やはこっちにいるぞ、早く戻れ!」

 母親、ハッとする。

 回復し始めた坊やに、上空を指差しながら、誰かが声を掛けた。

 「坊、お母さんを呼ぶんだ、そこにいるぞ!」


 「ママ!」

 母は強い。そして、子に弱い。

 息子の姿を認めるや、掃除機に吸い込まれるようにして、すさまじい勢いで体に戻ってくる。

 ぴゅーっと水を吐いて、咳き込む。

 帰ってきたのだ。


 おお!

 良かった良かった!

 拍手が挙がる。


 本来的にはタフな人なのであろう。すぐに起き上がったお母さんが、周囲に礼を述べている。

 誰かがこちらを指した。

 「おかみさん、お礼はこちらに。呼びかけてくだすったんだよ!」

 

 「まあ、ありがとうございます!本当に助かりました!」


 「いいから少し休んでいてください!」そう、答える。

 

 「神官さまに、こちらは天真会の行者さまかい?なら、あとのお世話をお任せしても大丈夫ですね!」

 宗教者は応急処置も含め、よろずの知識を持っている。この世界の常識であるようだ。

 みなが散ってゆく。仕事に用事に、帰って行く。


 母親を休ませ、子供の様子を確認する。問題なし。

 「ところで……」

 落ち着いたところで、母親が言い出す。

 「そちらの方の隣にいる、ぼんやりしたものは何ですか??見えるような、見えないような……」と、俺の脇を指す。

 

 千早とフィリアが、顔を見合わせた。

 「霊能をお持ちですか?」


 「れいのう?ああ、霊能ですか。神官さまがお持ちの?いえ、私にはそんな大層な能力はありません。」


 「しかし……いまご覧になっているそれ、『ぼんやりしたもの』は、霊にござる。」

 

 「あれっ。」

 驚いて、やや逃げ腰になるが、フィリアと千早を見て安心した模様。

 「そんなに恐ろしいものではないんですねえ。霊って。どうして見えるようになったのかしら。」


 「あなたは、聖神教の信者ですか?それとも天真会?」

  聖神教です。との答えを受けて、フィリアと千早がうなずいた。

 「それならば、体調が回復し次第、教会へ参りましょう。あなたは今回の件がきっかけで、霊能に目覚めたようです。いろいろな基礎知識を教わったほうが良い。」


 「大丈夫なんでしょうか?何か怒られたり、責められたり、街にいられなくなったりしませんか?」

 

 「そんなことはありません。むしろ、歓迎されますよ。教会の仕事のお手伝いを頼まれたり、些少ですがお礼がもらえるかもしれません。」

 

 「あら、教会のお仕事のお手伝いができるなんて素敵な話ですね!お礼がもらえるのも嬉しいわ。」



 霊能に目覚めた主婦を教会に連れて行き、いろいろと説明をした後、再び船着場を目指す。

 

 その途上、ふと思い出したことがあった。


 山の民・「巽の大樫」一族の長老、大ジジ様は、死霊術師(ネクロマンサー)であり、幽体離脱の能力も持っていた。

 そして今、街の主婦が幽体離脱をきっかけに、霊能を得た。

 霊能と幽体離脱には、ひょっとして大きな関係があるんじゃないか?


 そんな話をフィリアと千早にする。


 「なるほど…」千早がうなずく。「されど、それ以上に。」

 「ですよねえ。」フィリアも言う。「ヒロさんは、ご自身のことだから失念していらっしゃるのでしょう。」

 

 「うん?」


 「ヒロ殿は、高いところから落ちて、記憶喪失になるほどに頭を打ったのでござったな?」

 「そして、私と会った時点では、明らかに死霊術師に『成り立て』でした。」


 「すると、死に掛けるような体験・『臨死体験』と霊能にこそ、関係があるのやも知れぬでござるよ。」

 「そうなりますよね。もちろん『幽体離脱』との関連も疑われますが。」


 「二人はどうだったの?」


 「先天的な霊能者、という者もいるのでござるよ。我等はその部類にござる。」

 「ええ、物心ついた時には霊能があり、それがある程度の年齢に達しても失われなかったのですよね。」


 この場ではサンプルが少なすぎて、検証のしようがない。  


 「しかし……この仮説は、広めて良いものかどうか。」


 「無茶な修行・苦行・荒行に挑む者が出かねんでござるなあ。」


 「非道な人体実験の呼び水にもなりかねません。……いやむしろ、すでに気づいて行っている者がいるのかも……ならばかえって公表した方が良いのか……。」


 話し合った結果、しばらくは、黙っておこうと。そういうことになった。


 

 船着場までは、まだ微妙に間がある。

 歩みを進める。

 「ものの着想というものは、鞍上・枕上・厠上で生まれる」と、古人は言っていた。

 ごろごろしている時・用を足している時と並び、移動中には新しい着想が生まれやすいのだとか。


 !

 待てよ!


 俺が得た、この死霊術。


 これって、転生のボーナスではないんじゃないか?

 あの性悪駄女神がくれた能力じゃなくて……


 「トラックに撥ねられる」という、「臨死体験」。

 あるいは、体から魂がいったん引き出され(て、今の体に詰め替えられ)たという、「幽体離脱」。

 

 その結果として得られた能力なんじゃないか? 



 そのことに思い至った時、足元が揺らいだような気がした。めまいだ。


 俺のこの能力の正体はなんだ?

 女神から与えられた能力って何なんだ?

 

 得体の知れないものに全身が浸かっているような感覚。

 気分が悪くなって、地面にしゃがみこんだ。


 「ヒロさん?」

 「いかがした?」 


 「あ、いや。当時のことを思い出そうとしたら、めまいがして……。」

 

 「記憶喪失の人には時々あると聞きますね。」

 「つらい思いをし、体が思い出すのを拒否しているのやもしれぬ。」


 「済まない、そういうわけではないけれど……。」

 でもまあ、似たような感覚なのかもしれない。


 「もう大丈夫だ、行こう。」

 しばし休んで後、ふたたび歩き始める。

 春になり始めた、うららかな空の下を。

 陽気に中てられただけかもしれない。そう思うことにする。そうでもしなけりゃ、やってられない。



 船が見えてきた。

 大きい。フェリーぐらいは優にある。豪華客船やタンカー(実物は見たことないが。)よりは小さそうだけど。

 これで前線に輸送を行っているのか。

 「王国」の経済力が想像される。  


 

 ギュンメル伯の計らいにより、一等船室が手配されていた。

 「豪華」ではないが、充分すぎるほどの快適さはある。

 


 約三週間の、船旅の始まりである。


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