第百七十話 勝利(ヴィクトリア)の名の下に その2
「ヴィクトリア?さんが原因って、どういうこと?」
「その前に……。ミッテラン家の当主がダグダで憤死したことが、発端です。」
内実は、「誅殺」。
しかしフィリアは、「憤死」と言い張る。
彼女自身が下した裁定だから。
「憤死」ゆえ、一族にはお咎めなし。
当主の遺領は分割相続されるはず、だったのだが。
武家はそれを「田分け」と呼ぶ。
多少のおすそ分けならば、まあ良かろう。しかし均分相続など、一族の力を弱めるのみ。
「大部分をひとりが相続し、親族はその下に付く」ことで、総体としての力を保ち、他家と張り合う。それが、武家。
と、言って。
「フィリア様」の裁定に逆らうわけにも行かぬ。
「何も、分割せよと言ったつもりは無いのですけれど。フォローを怠った私にも責任はあります。」
ともかく、「田分け」だけは、絶対に嫌だと言うわけで。
ミッテラン一族はこの2年間、「分割協議中」と称しているのだそうな。
内実は、一族の有力者による多頭指導体制。
しかしいつまでもこのままとは行かぬ。
そこで彼らは考えた。
「本宗家から、人を迎えて当主に立てるのはどうだ?」
丸ごと継がせられるなら、本宗家としてもおいしい話。
ミッテラン家としても分割を防げる。
メルの看板を掲げれば、他家とのケンカもやりやすい。
家格の問題があるので、迎えるとすれば、第二夫人・第三夫人の姫君なのだが。
「ドミナ様もインテグラ様も、王都で仕事をお持ちです。本宗家にご迷惑をかけるわけには参りません。ご本人も難色を示されることでしょう。ここはやはり、地元に滞在されているヴィクトリア様こそ。」
とか何とか、理由をつけたらしいけれど。
「白々しいでござるなあ。なれど……。」
「ええ、建前は大切です。」
本音を言うならば。
第二夫人は、メル郎党衆でも有力な家の出身だ(後々触れることになると思う)。
ドミナやインテグラを迎えるとなれば、本宗家の家臣に第二夫人の実家の家臣まで連れてくる。
家中での主導権争いが厳しいものとなる。
対して第三夫人は、かなり身分が軽かったらしい。
ヴィクトリアが連れて来る家臣は、数も少なければ力も弱かろう。
ミッテラン家が主導権を握れる。
ドミナは22歳、王都でサロンを主催する、いわば海千山千の外交官。
インテグラは19歳、その才は王国中に鳴り響いている。やはり他家との折衝を経験してもいる。
ヴィクトリアは16歳、まだまだ小娘。操りやすい。
……と言っても、フィリアに千早、イーサンにトモエ、レイナだって16歳だ。
つまるところ。
「ヴィクトリア姉は、なめられているのです。……本宗家の娘でありながら!」
メルの面汚しが!とでも言わんばかり。
でも、それは。
「メル本宗家の一員と認めている」からこその発言であって。
「少し、安心した。」
「で、ござるな。」
「何です?」
「フィリア殿とは長年付き合って参ったが、ヴィクトリア殿のことは、ほとんど口にされておらぬ。第三夫人のお子と聞いておったゆえ……。」
「まさかとは思ってたけどさ?こっちの社会は貴族政だし、その……。『身分卑しき母から生まれた者など、姉とは呼べぬ!』的な風潮があるのかな、なんて。」
「見くびるか!許せぬ!……とは、言いませんよ。貴族には、ありがちなこと。女子修道会の件もありますし。」
「ひどい!そんな風に見てたの!」では、無いんだよなあ。
「見くびるか!許せぬ!」ね。
……うん、まあ、そっちだろうな。
「メル家には、そんな余裕はありません。使えるものは何でも使う、それが武家。庶子だから何です?キュビ家だって、エドワードさんを使い倒しているでしょう?」
「じゃあ、これまでヴィクトリアさんのことをあまり口にしてこなかった理由は?」
「ヴィクトリア姉は、何もしていないのです!そこがエドワードさんとは違う!学園に通うでも良し、サロンに出るでも良し。庶子であっても、メル本宗家の娘。村のひとつぐらいはもらえます。領地を経営するも良し!信仰の道に進むのでも、芸術に打ち込むのでも良い!……はずなのに、何ひとつとして、業績が聞こえてこない!」
あのさ、フィリア。
それは才能がある人の言い分だよ。
俺だって、女神に下駄を履かせてもらってなけりゃ、何もできずに……。
「何です、ヒロさん?」
いえ、その。
「こうして上空から眺めても分かるでしょう?我から言うのは気が引けますが、メル家は王国を代表する大貴族。ヴィクトリア姉は、恵まれた生まれです。高貴なる者には義務がある、当然でしょう?」
いや、それは才能とはまた別の話……。
「『下手の横好き』でも良いのです。努力する姿は、見せなくては。」
「む、確かに。一事に打ち込めば、才に恵まれずとも必ず『それなり』には至るもの。メル家の姫君であれば、『打ち込める環境』は整ってござる。」
「ええ、千早さん。……中途半端な才でも、先が見えなくても、戦い続けなくては。」
千早やインテグラのような、天才では無い。
ソフィア様のスペアとして、可能性を制限されてきた。
標準をはるかに超える才はある。でも、周囲の壁はもっと高くて。
それをずっと見上げ続けてきた、フィリア。
しかし、「戦う」か。
そういう表現になるのか。
旅に出てから、フィリアは少し変わった。
感情表現が豊かになった。
そっくりの顔をしたソフィア様とは、違う表情を見せるようになった。
ソフィア様は、本来的には無表情の人なのだと思う。
プーチ……いや、「ロシア美人」のように。
彼女にとって、表情は、道具。
……ソフィア様は、ともかく。
ここのところフィリアは、少し遠慮が無くなった。
レイナともやり合う頻度が増えているし。
パーティでいきなり霊弾を打ち込むなんて、新都では考えられなかった。
故郷に帰って来て、気が緩んだのかな。
それで出て来た言葉が「戦う」ってのが、少しアレだけど……。
内心のつかえを吐き出して、少し気まずさを覚えたか。
顔を逸らし、黙り込んでいる。
ほつれ毛のかかった耳。
上空の冷たい風に、赤く染まっていて。
……小心者は、それを見つめる「間」に耐えられないのである。
「あのさ、フィリア。探すと言って、あてはあるわけ?顔かたちとか、背格好は?」
「知りません。」
「はい?」
「最後に会ったのは、たぶん……5歳?ぐらい?でしたので。だからまずは、メルシティで情報を得ようかと。」
「飛び立つ前に聞くべき話ではござらぬか、ヒロ殿。」
千早が見せたのは、呆れ顔。
俺の小心に、首を振る。
「言い忘れていました。街道上空の飛行許可は得てありますので、ご自由に。」
メル本領に入ると、街道は海沿いを離れて西北西へと向かう。
トリウス中心部を横切り、フィーネ南部を通過し、フィーネ北西部の大都市「メルシティ」へと伸びる。
「……ですが、くれぐれも、街道の外は飛ばないように。」
街道の南については、理解できる。
そこは、内海。全体として、軍港なのであろう。
「ロシアにとっての、黒海」みたいなもの。
「アスラーン殿下の船も、立ち入り禁止だったの?他に港が?」
「メルシティの船着場、商港にお迎えしたはずです。」
メルシティは、西の半島の真北に中心点を置く、円形の都市。
その船着場は、半島の西隣……クワガタ虫の「あごの外」に開いていると言うわけ。
王太子殿下すら、クワガタの「あごの中」には、入れてもらえなかった。
「南を意識するセンス、悪くないと思いますよ?」
機嫌が少し良くなった。
故郷に帰ってからのフィリアは、やっぱりどうも「軍人」の地金が出ていると言うか。
レイナあたりに「塹壕脳」と言われてしまうノリ。
「……その割には、俺の右を飛んでいるようだけど?」
右側、つまり北側の視界を塞ごうとしているように思われる。
「相変わらず、少しいやらしいでござるな?」
「そうですね、千早さん。……先ほどは、失礼しました。ヒロさんは、たるんではいなかったようです。」
郎党衆の代わりに俺をドツいたことに対する、詫び。
「……でも、北側は見せてくれないわけね?」
「トリウス北西部~フィーネ東部は、産業の中心地。新都で言う、アインに当たります。」
軍需工場ですか。
「『王都には行かない、ここに骨を埋める』と約束してくださるなら、ぜひどうぞ。メル家としても、助かります。」
久々に見せた、悪戯な微笑み。
おいおい。何を言い出すかと思えば。
「半分本気ですよ?南が軍港であること、北が要地であること。それを見抜ける人材は、貴重です。……現在の本領には問題が多い。誰か、抑えになる人を置かないと。」
当主の公爵閣下は、閣僚。王都から離れられない。
長女のソフィア様は、極東経営。
次女のドミナは、王都で外交・諜報。
三女のインテグラは、研究者。「仲間との議論」が欠かせぬ仕事。田舎には引き籠れない。
四女のクレメンティア様は、王室に嫁ぐ。
六女のフィリアは……たぶん、何でもできるんだけど。
彼女自身の8年間を、まずは取り戻す必要がある。
五女のヴィクトリアにも、何かを担当してもらわなければ……と、そういうことらしい。
「ヴィクトリアさんには、ミッテラン家に入られては困るというわけか。『フィリア降嫁』は『デマだ』ってことで落ち着いたけど……。実際、どうなってるわけ?」
現状のところ。
「ヴィクトリア様を迎える」というミッテラン家の計画が漏れて。
「いや、我が家にこそおいでいただこう」と、計画を立てる家が続出して。
それがなぜか「フィリア様が降嫁されるらしい」という話になって。
「よっしゃ祭りだ」という流れになって。
デマだと分かってみんなしょんぼり……「いや、ヴィクトリア様の話は本当らしいぞ」と。
「分かりません。ヴィクトリア姉をつかまえないことには。」
あんまり引っ張ると、郎党が勝手に祭りを始めてしまいかねない。
ま、それはそれで悪くないとも、思うけど。




