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第百六十九話 グリム家の男 その1



 湖を越えれば、そこは。

 大メル家の、本領であって。



 ウマイヤ一党に別れを告げる。


 ラティファと、ファン・デールゼン親子と顔を合わせる機会は、今後訪れないかもしれない。

 

 冗談みたいに強い酒を飲んで、大笑いして。

 二日酔いの、情け無いツラを見合わせて。

 そして、互いに背中を向けた。 



 目の前には、簡易な関所。「陣屋」と言うらしい。

 

 「昔は最前線だったんだろ?その割には……」

 

 酒焼けした、俺の声。

 掠れたその先を、フィリアが継ぐ。


 「あっさりした建物だ、ですか?馬で半日の距離にある城から、出撃するのです。そもそも……。」


 声に、力が籠もった。


 「メルは、領内で戦をしません。戦争は、踏み出して行うもの。」 



 武家の矜持、ですか。


 半ば気を呑まれたのが、良くなかったか。

 陣屋から出迎えに来た男を相手に、醜態を曝してしまった。



 「お前……」


 息が止まった。胸が痛い。

 どうにか息を継いだら、今度は咳き込むようにまくし立ててしまった。



 「ダミアン!生きてたのか?何だよ心配かけて!少し痩せたか?怪我の調子は?あれからどうしてた……」


 声が掠れる。

 視界が霞む。下を向く。



 「ヒロさん。」



 「ごめん。取り乱した。……そちらの方にも、失礼を。」 

 


 まだ顔が上げられない。

 降って来た声も、聞き慣れたものだったから。 


 「ダミアン・グリムの弟、マルコです。フィリア様と……兄を、迎えに上がりました。」


 

 「よく似てござる。双子にござるか?」


 

 「ええ。」


 

 いつまでも、打ち沈んではいられない。

 ダミアンのために、為すべきことがある。


 「ダミアン・グリム百騎長殿は、ダグダの安定に力を尽くし、ウッドメルへの糧道確保に多大な貢献を為されました。大戦でも兵站の安定に寄与。最大の功績は、勝利を決定付けた作戦の提案にあります。戦場にては敵の優れた指揮官2人を討ち取る武勇を発揮。征北将軍・アレクサンドル閣下と軍監・フィリア様もその功績を激賞され、栄誉に包まれた最期を迎えられ……。」



 なんで昨夜、酒なんか呑んじまったんだ。

 みんなの、メル郎党衆の前で功績を讃えるのは、監軍校尉だった俺の仕事なのに。

 声が掠れて……。


 悲しげに聞こえたか、出迎えに来た連中まで男泣きを始めた。

 あざとい結果になってしまったのが、また腹立たしい。

 ダミアンは……小細工も多かったけど。そういうところでは正直な男だったのに。




 「グリム家四男・マルコ。五路併進作戦立案の功は大きい。兄の大功と合わせ、独立を認めます。」


 厳かに宣言したフィリアが、表情を和らげ。

 ひと言、付け加える。


 「必ず身が立つようにしますので、少し待ってください。」

 


 「その、私の功績と……?」



 「マルコさん。カレワラ男爵閣下も言われたでしょう?ダミアンさんの功績は軍議の場に『提案』したことです。……主家を侮るものではありません。」


 

 いろいろ、驚きっぱなしだったけど。

 ちょっとはカッコ良いところを見せておかないと。


 ここは、メル本領。

 「フィリア様の側近」らしく振舞わねば……後々、いろいろとキツイことになる。



 「マルコ君。ダミアンは、清廉で正直な男でした。弟の功績を横取りすることを潔しとはしないでしょう。」


  

 カッコつけるために、口にした言葉だけど。

 実際、あいつはそういう男だった。


 

 「ええ、ヒロさん。『弟の策を、自分の策より優れていると認め、そのまま提案する』。……智謀に自負を持つ者には、なかなかできないことです。」


 

 いろいろと、見えてきた。

 だからダミアンの顔色は、優れなかった。

 自分は参謀に向かない、野戦指揮官になるべきかと迷って。



 「弟の案だって、言わなかったの?」



 レイナのひと言が、きっかけだった。

 全てが、見えたような気がした。


 「不器用な男だったんだよ、レイナ。『現場から遠く離れたところで立てられた作戦です』なんて言ったら、採用されないだろう?そもそも、作戦が失敗に終わることもある。だからあいつは、自分の判断と責任で提出した。成功して、生還したその時。『実は弟の案でした』って。そう言ったに、決まってる。」


 

 どこまでも、不器用な男だった。

 成功するまでは弟の名を出せないことにも、罪悪感を覚えて。

 それでますます、顔色を悪くして。


 死ぬ間際、全て告白しようとして。



 でもアレックス様は、遮った。

 「君の手柄だ、君のお陰だ」と。



 全部、知っていたんだ。

 ダミアンの判断と覚悟まで含めて、「それが君の手柄だ」と。

 



 ダミアン……早まって。バカが。大バカだよ。



 

 

 「間に合いませんでした。」

 

 マルコの声も、沈んでいた。


 手渡してきた紙には、懐かしの筆跡。

 司令部の地図に書き込まれていた、癖の無い字体。


 「昨年の11月、湖城イースから出された手紙です。」




 親愛なる……いや、我が半身、マルコへ。


 マルコ。「五路併進」策、確かに受け取った。

 ため息が出たよ。やはりお前の作戦は、俺の上を行く。

 いつもそうだったな。子供の頃から。

 お前の策は、スケールが違う。


 肺の調子はどうだ?

 最近元気だと使者から聞いた。嬉しく思っている。

 前に送った薬だが。昨年の6月、極東で開発されたものらしい。

 ダグダでは、あの薬のおかげで戦傷者の生存率が跳ね上がった。

 昨年の冬、肺病にも効くらしいと言われ始めたから送ったのだが、正解だったようだな。

  

 父上も兄上も、「マルコが健康であれば」と、いつも言っていた。

 だがひょっとしたら、お前は病弱だったからこそ、優れた策を思いつくのかもしれない。

 想像の翼を広げ、大きな絵を描くことができるのは、グリムの家でもお前だけだ。


 マルコ。お前の策を、黙って提案するのは心苦しい。

 だがどうか、いまは耐えてくれ。辛抱して、健康を取り戻すんだ。

 そしてメル家を、フィリア様を、支えてくれ。

 マルコ。お前なら、できる。俺よりも、ずっと立派に。

 頼むぞ?


 至らぬ兄 ダミアン




 「私の名を、出せば良かったのです。そうすれば、わだかまりを抱えず、戦争に集中できたのに。……誰がどこで考えた策であれ、ダミアンの眼鏡にかなったものであれば、通るはず。アレクサンドル閣下も、フィリア様も、採用してくださったはず。……それなのに。失敗のリスクを、自分ひとりで抱え込んで。」


 顔を上げたマルコが、ダミアンの遺品を抱えた男に目を向けた。


 「危ないと思って、その者を遣わしました。が、間に合わなかった。」


 言葉を飾っている。

 知略優れたダミアンが、その点で「敵わぬ」と認めていた男だ。

 間に合わないと分かっていたに違いない。それでも派遣したのだ。

 万一の、希望に縋って。



 着痩せするせいで、細く見えていたダミアン。

 長く肺を患っていた病み上がりのマルコは、さらに線が細かったけれど。

 

 その姿のせいで、ますます。

 「大怪我から回復したダミアン」に見えて、仕方無い。

 



 「未練にござるぞ、ヒロ殿。」

 「マルコさんは、ダミアンさんが認めた人。……失礼です。」

 

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