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第百六十五話 烏托邦(ユートピア) その3 (R15)

 


 一個中隊を引き連れ、河を渡ったところで。

 村から、連絡が来た。


 賊の首魁を捕らえましたと。



 レイナが、一驚の後に苦い顔を見せ。

 「領邦貴族」達は、無表情を貫いていた。


 俺の感情も、動かなかった。

 何となく予想できていたのだと、思う。



 村の入口、咲き誇る桃の木の下。

 縄をかけられた男が、ひざまづいていた。

   

 伏し目にそぐわぬ、真っ直ぐに伸びた背筋。

 無性に腹が立った。



 不遜さに対してでは無く、愚かしさに対して。


 男は、予測していたに違いない。

 こうなると知りながら、なぜ。




 状況を説明する村人たち。

 その多弁ぶりにも、腹が立った。

 手を振って、遮る。


 「この者に問い質すべきことがある。」



 「はい?」


 その顔に、さらに苛立ちを覚える。


 

 「『屋敷を一軒空けろ』とおっしゃっている!」

 

 いつもの俺なら、そこまで口にしている。

 だけどこの日は、あまり口を動かしたくなくて。


 ひと言を補足してくれたファン・デールゼン氏の口数も、少なかった。



 有力者の家と思しき一軒に入り。

 周囲に兵を配して、村人を遠ざけた。

 近づかれたく、なかった。

 


 男の縄を、断ち。

 理由を尋ねる。



 「若きより、生業に励まず。盗賊に身を落とし……」


 「私はお前の縄を解いた。」


 盗賊扱いせぬことを、示した。

 分からぬはずがない。


 「お前は、こうなると分かっていた。そうだろう?分かっていながら、なぜ。」


 「……」


 「村を挙げて、叛逆す。『事実』を、そのままに認定して良いのだな?」


 「なにとぞ、私の首ひとつを以て。足りねば、一族の首を。」 


 「私は、理由を聞いている。経緯を全て話せ。」


 「全て話せば……」


 「お前はそれを口にできる立場ではない。」


 俺のひと言に、男が首を折り。

 意を決したか、再びもたげた。

 


 ……およそ五十年前。

 王家の後押しを受けて侵攻してきたメル家に、男の祖父は降を誓った。


 その後20年、ファシルとエシルの両州は、いわば王家とメル家の共同統治下にあった。

 王家が行政を統括し、メル家が実効力を担保した。


 メル家が極東に進出し、新都を建設し始めた、三十数年前。

 ファシルとエシルは、完全に王家に移管された。


 平和な日々が、続いた。

 およそ、ひと世代。


 安全に馴染み、村人は流血を忘れた。

 訪れる徴税吏に、恐怖を抱かなくなった。

 年長者が、懐古にふけるようになった。

 

 若者に、昔話をした。

 税率の話が、出た。

 

 「中間の」名主層。その「知恵者」が案を思いついた。

 「下の」民衆が、飛びついた。

 「上の」元・豪族を、担ぎ上げた。

 


 「恨み言を申し上げるならば、何故兵を引き上げ、文官だけを派遣したかと。その文官が、なぜ弱腰を見せたかと。兵を巡回させ、あるいは文官が鞭を振るうだけでも、村の者は調子づかなかったのです。王国が、力を見せつけてくれさえすれば。」


 

 「お前が……いや、村全体で描いた、この後の筋書きは?」



 男の顔に、ためらいが浮かぶ。



 「言わぬならば、それがしの口から告げる。が、その後なお村人の命を救う気には、到底なれぬ……わかっておろう?」

 

 

 男が、千早に目を転じ。

 そのまま、瞑目した。 

 「同じ」であることを、千早には全て見えていることを、悟っていた。

 


 「私を『捕らえた』従兄弟が、この村を率いる予定でした。王国の勢いが強い時は、従兄弟の一党がこの村を率いる。弱まれば、私の一党がこの村を率いる。」



 「それはつまり……」



 「ええ。かつての館家と同じです。」 


 一族の中に、親メル派と反メル派を作り上げ、その一方を当主とする。

 状況に応じて、当主の首を切り、挿げ替える。

 それが、太郎貞家がテロにより政権を握る前の、館家の方針。


 フィリアにも、全て見えていた。


 


 「王国に、メル家に征服される前からの体制です。王国派と豪族連合派に、一族を振り分けていました。我ら小豪族は、そうせねば生き残れない。」

 


 「王国に占領されて後、お前たちはその苦しみから解放されたはずだ。」



 「だが『下』から見た私達は、変わらぬ存在であった。便利に首を挿げ替えられる存在であり続けたことを、数年前に思い出したのでしょう。」



 「なぜ拒まなかった!村を出て、極東にでも赴き、戦で手柄を挙げれば……。」


 みなまで言わせては、くれなかった。

 切り口上が、飛んで来る。 



 「宮廷貴族ですな?」



 己の言葉の不用意さに、唇を噛む。

 「先祖代々の地にしがみつき、血と汗を流して守る……領邦貴族か。」



 「我が領土、我が民です。我が血を以て贖い、守ります。」



 「いまや、その民はお前のために命を張らぬのに?」



 「ここで逃げれば、信を失います。数十年、数百年の後、王国が弱った時。我が子孫は何に拠って立てば良いのです?民が私を裏切ろうとも、私は民を裏切らぬ。……そもそも彼らが私を裏切ったのではない。どうなるかを、理解できなかっただけだ。目先の小さな利益に釣られてしまい、それが私を死に追いやることを、いや、『自分たち自身を窮地に陥れる』ことを、見通せなかったのです。」



 裏切られたと、思いたくないのか。

 それとも、ここまですることを含めて、「領主と領民の関係」だと?

 それを認めてなお、領民を受け入れるのか?



 「私を突き出した民を汚いと、許せぬと、どうかそのようには思わないで頂きたい。あなたは若く、富と力を持っている。人の汚さ、いや、生きる苦しみと、無縁でいらしたかと存ずる。さぞ嫌悪感を抱かれたことでしょう。……だが、伏してお願いする。貴族が持つと聞く、寛容の精神を発揮してはいただけないでしょうか。」




 俺の負けだ。


 見せられたのは……ありうるなどとは、思えぬ境地。

 



 「村人は当然として……子の命も助けよう。ただし、村からは引き離す。」


 「叛逆者よ!?『寛大な処分を』って言ったのは私だけど。ヒロ、あなたの立場が……。」


 「レイナ。『村は叛逆していなかった』。この男は『盗賊』だよ。……そうだな?」


 「いかにも。私は村に受け入れられなかった、盗賊です。」 




  

 処刑は、村の広場で行われる。

 「しきたり」だが、それ以上に。


 ここの村人には、見せなくてはいけない。

 王国に逆らうことの意味を。自分たちの行動の結果を。

 男の、死に様を。


 

 「この者に武器を取らせよ。」

 

 破格だ。温情に過ぎる。

 全て、承知の上。



 貴族―豪族を含む、「家名持ち」という意味での貴族―は、幼時から武術の修練を積む。

 三十過ぎと見えた男、その「構え」は正しかった。

 


 不自然なほどに。


 レイナやイーサンのような、上流文官貴族では無い。 

 「美しく」「正しい」型など、地方豪族には不要。

 泥臭くも力感溢れる実践的な構えこそ、この男の本領のはず。


 だが。

 美しい構えだった。 

 ありえぬほどに。



 「力」を見せるべきは、俺。



 両断した。



 村人の半ばが、腰を抜かし。

 もう半ばが、下を向く。

 


 ひとり、男と同年輩の男が進み出て来る。

 吹き飛んだ半身を拾い、つなぎ、清める。



 凍りついていた村人が、動き出す。

 

 

 「国王陛下、万歳!」 

 「王国軍に感謝を!」

 



 息が詰まった。

 頭に血が昇る。

 叫びたいのに、声が出ない。



 「収めよ、ヒロ殿。」

 「あなたの決断です。」

  

 


 理想郷など、ありはしない。

 無何有之郷、烏托邦。

 存在せぬから、ユートピア。

 ただ、人の心の中にのみ。

 


 ありうるなどとは、思えぬ境地。

 



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