第百六十四話 政治都市エシルシティ その1
山越えは予定より早く、5日で済んだ。
ふもとにある街は、いわゆる双子都市。
元はひとつの街であったものが、邦境と定められた時に、分割された。
案内に立ってくれた李紘と、そしてマグナムと、この街で別れを告げる。
マグナムとイーサン。
性格も身分も対極にある2人は、6年を同室で過ごした。
マグナムは目指すべき「上」を知り。
イーサンは治めるべき「下」を知った。
2人の道は、今後交わることが無い。
「俺達は気楽につきあえそうだな、イーサン。」
「ああ。ヒロ君とは、そこが違う。」
本音と強がりが交錯している。
自分たちでも、何を思い何を言うべきか、戸惑っている。
その景色に嫉妬の表情を見せたアロンを、引き剥がす。
グリフォンの背に乗せ、飛び立った。
目指すはエシルシティ。そこで各種の交渉を行う。
眼下にエシル州を望む。
いつものように、形から入るならば。
正方形を、左右に2つ並べてみてほしい。
「右の正方形の、右の縦線」が、未調査の半島、その西岸にあたる。
その南端、「右の正方形の、右下の角」を中心点として、「扇形」を描く。右の正方形を、大きくえぐり取る。
その扇形の範囲が、「海・湾」になっているという次第。
「東西に長いが、南東に海があるため、北東は狭い」のが、エシル州。
その州都であるエシルシティは、扇形の「弧」の中心、やや南あたりに立地している。
東に天然の良港を控えた、政治都市。
極東を出た後、陸路を行くとすれば、1週間はかかる。
海路、湾を突っ切って行けば1日で着く。
グリフォンなら、3時間。
右手に、大きな山が見える。背にダグダ盆地を抱えた、単独峰。
山の西側を、湾に向かって、大きな川が流れている。俺が上流で堰を切った、浅川だ。
邦境からエシルシティまでの、およそ半分を過ぎた計算となる。
良い眺めだ。
レイナが「グリフォンに乗せろ」と大騒ぎしたのも頷ける。
お断りせざるを得なかったけれど。
「万一に備えて、一頭は残しておく必要がある。分かるだろう?」
その万一の時、最初にお世話になるのはレイナであるわけだからして。
この日は、すんなり引き下がってくれた。
グリフォンの定員は、2人。
つまり今の俺は、アロン・スミスと相乗りしているという次第。
あるじから引き離されたアロンの不機嫌は収まらない。
せっかくの名勝も、目に入ってはいないようだ。
「高所恐怖症?」
「バカにしないでいただきたい。それより良いのですか?『アサシン』の私と、誰もいないところで2人きりなど。」
「やはり怖がらせたか。私が前に乗るほうが良かったかな?」
「バカに……」
「するなと言っている。君の腕では、私は取れない。」
アロンの肩が動いた。
意地と面子の貴族道……とはいえ、ちょっと煽りすぎたかなあ。
フォローしておかんと。
「トワの名門、デクスター。その郎党の手腕、見せてもらいたいものだ。」
「煽りすぎじゃなくて、カッコつけすぎだよ。」
「それぐらいで良いのよ!足を引っ張るなピンク!」
幽霊諸子は、きょうもかしましい。
対するアロンは、落ち着きを取り戻していた。
フォローさえしておけば、そこはきちんと答えてくれる……?
「主命を受けております。交渉はお任せください。閣下に恥をかかせることはいたしません。」
「俺がいなけりゃ恥をかくところだけどな?」ですか、そうですか。
アロンも意地の強いことで。
なら、それで良い。楽をさせてもらうさ。
「さよう。そうして追い使えば良いのでござるよ。」
モリー老も、大概だ。
同じ間違いを何度も繰り返すわけにはいかないので。
「飛行許可」は、事前に得ておいたけれど。
街の外で降りるのが、やはり礼儀だと思う。
ちょうど出迎えの人が来ていたし。
「閣下は、できるだけ黙っていてください。私が合図した時だけ口を開くよう、お願いします。」
事前にそう言われてあったので、出迎えの人員に対しては「鷹揚に頷く」にとどめた。
しかしアロンめ。バカにしよる……。
「知州自ら出迎えぬとは何事か!どなたと心得る!」
えええー!アロン君!?
知州(州知事)って、一番偉い人でしょうが!
動揺を見せてはイカン。
扇子を開く。顔を覆う。
「いい感じよ、ヒロ。傲慢に見える。」
ちょっと、アリエル!?
そんなこと言うからほら、出迎えの人が反発してる。
「さて、六位の御仁を知州自ら出迎えるという先例があるとは、寡聞にして存じませんが。」
このご挨拶。
間違いない、トワ系である。
アロン君?どうするの?
「カレワラ閣下が散位におわすは、他でもない。ご若年のゆえに過ぎぬ。『ご懇意の』我があるじ、栄えあるデクスター家の若君と並ぶ『男爵に』あらせられる。知州に会わんとご出駕あること自体、破格と知れ!」
うわあ。
あ、出迎えの人がテンパってる。
強気に出たものか下手に出るべきものか、困ってる。
と、なれば。
「何をしておるか!早く呼んで参れ!閣下をかような場に立たせたままにしておくつもりか!」
ここぞとばかり、まくし立てるアロン。
えげつない。
「い、いえその、知州閣下におかれては、火急の用件があり、どうしても席を離れられず……。」
「俺は出向かん。連れて来い」とでも言われたか。
板ばさみとは、あんまりだ。
彼にも本来の業務があるはずなんだろうし……というのは、言い訳である。
こういう雰囲気、耐えられない。
「良い。火急の際は礼に疎略あるも、咎めぬもの。」
「ヘタレたね。」
「ヘタレたわね。」
「腰砕けにござるな。」
うるさい!何とでも言え!
ともかく、頼むアロン!
「これは……。軍に身を置かれた閣下ならではの、格別のご配慮。州衙(役場)での出迎えに遺漏無きよう、早々に立ち返って伝えよ!」
扇子で顔を覆ったまま、馬車に乗り込む。
息を吐く前に、アロンからお叱りが飛んできた。
「『合図をするまで話さないでください』と申し上げたはずですが。」
「ラチが開かないだろ、あれじゃ。」
「こじ開けるのです!粘りに粘って知州を呼び、そこで叱り飛ばすまでが一連の流れ!……軍人貴族の皆さまは、せっかちにすぎる!」
それにしても、何だって。
ここまで傲慢に振舞わなくても。
「エシル州の規模から見て、おそらく知州の位階は『従五位下』だと思うわ。」
「俺は『正六位上』だから、そのひとつ上か、アリエル?……ああ、前にモリー老が言っていた、『近いからこそ、威張って押さえつけなくちゃいけない』と。俺と知州はそういう関係にあるわけね?」
「ただ単に『ひとつ上』、って言うんじゃないの。五位と六位は、天地の差。『貴族』って言葉があるでしょ?『家名持ち』という意味で使われることもあるけど、ふつう『貴族』って言葉は『五位から上』を言うのよ。」
脳内会話を続ける間もなかった。
「カレワラ閣下。」
アロンが、しつこく念を押す。
「分かっていなそうな」と評される、俺の顔を覗き込みながら。
「ご存知いただけているとは思いますが、『六位』を指摘されたら、『男爵』を言い返す。これが基本のスタンスとなります。さらに、『若の親友』であることを強調します。エシルの知州はデクスター家ゆかりの者ですので。」
そう言えば。
峠でも、言っていた。「デクスター家ゆかりの『者』」って。
ゆかりの「方」どころか、ゆかりの「人」でもない。
「散位」という用語と言い、いろいろ疑問はあるけれど。
アロンに聞いたら、バカにされる。
後でイーサンに告げられて、今後の付き合いにまで影響を及ぼしかねない。
だから。
「分かった。俺は口の重い、軍人貴族ということで。全てアロンに任せる。」
そのひと言で、済ませたわけだが。
知州に会ってからが、また強烈であった。




