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第百六十一話 リゾート地 長浜 その1

 

 「旅行けば……」

 

 その先を、どうしても詠ずることができない。


 作れないのである。

 決して、「既存の歌」を思い出そうとしているわけではない。

 繰り返す。このひと節は、「既存の歌」ではない。



 だみ声になるのは、喉が渇いているから。

 なぜか「茶の香り」が恋しくなってきたぞ?

 どうしてだろうなー。わからないなー。



 喉が渇くのも、歌の続きを作る頭が回らぬのも、理由は同じ。



 ぼんやりと、温泉に浸かっているから。


 

 千早の領邦には、10日滞在した。

 そのミューラーからここ長浜までは、「一日半の旅程よりは、短い」ぐらいの微妙な距離にある。

 


 ミューラー領から出た後、途中一泊して、長浜で二泊するか。

 それとも夜明け前に発って、その日の内に長浜に至り、三泊するか。



 「どうする?」

 ……などと、衆議に問うまでも無かった。


 全員一致で、「長浜に三泊四日」。

 まあ、そりゃね。

 何せ長浜は、宿場街でありつつ、カンヌ州最大のリゾート地なのだから。



 

 湯に浸かりながら、「荒神山あの後」のことを思い出す。


 「津別野」家と、「大崩」あらため「尾久」家は、ミューラー家の郎党として復帰した。


 農村部、市街地、山間部、漁村の代表を集め、施政方針を訓示し。

 郎党達に指示を与えて後。

 千早は、乳姉妹のお珠ひとりを供に、王都への旅に加わった。


 トラブルなど、何一つ無く。



 ……いや、ひとつだけあった。

 「二の丸さま」こと「伊勢」の扱いについて。


 「二の丸さま」の役割は、終わりを告げた。

 残されたのは、「佐久間伊勢」なのだが。

 


 津別野から、提案された。

 「カレワラ閣下、第二夫人にしていただくわけには……。」



 爆弾放り込むの、やめてもらえませんかねえ。

 まあ家格から言えば、「その立場なら、釣り合いが取れなくもない」……かもしれない、のか?

 ともかく!


 「いや、私は第一夫人も迎えてはいない身。」



 「へえ。その後なら、第二夫人を迎える気があるんだ?あんな小さな子。」



 黙ってもらえますか、レイナさん。

 

 「やはり、家格の釣り合う方に、第一夫人として嫁がれるほうが良いのでは?」


 たとえばそちらのヒュームさんなど。

 


 「某は跡継ぎ。婚儀は実家が決めることゆえ……。」


 「実家に意見を言うことぐらいはできるでしょ?」



 やり取りに、ヒュームの後ろに立つ楓の顔が、女子がしてはいけないものへと変わる。

 これはいけません。

 

 「その、今のミューラーは大事な時期。連枝にも仕事をしてもらうべきでは?……ご縁については、多くの家と交流が広がった後のほうが、選択肢が増えるかと。」



 「逃げたわね。」

 「逃げましたね。」

 「ヒロ殿、逃げるからには路を示されよ。伊勢に何をさせる?」



 「まあ、まだ子供だし、教育をしてだねえ。」



 「婚約先の家でもできますよね、それ。」



 「ええと。これまでずっと、家を守ってきたわけだから……。」

 


 「『宗正』みたいな仕事はどう?……その言葉自体は、使っちゃマズイけど。」


 ハルク!助かる!

 で、「宗正」とは何ぞ?


 「一族の監察。名簿や家系図を整理したりもする。ついでに、家廟を管理してもらえば?これまでの仕事の延長でしょ?……ほかには、侍女団・奥向きのあるじ。領邦の婦人会(?)のとりまとめとか。あとは、適性を見ながら追い追い。」





 助け舟を出してくれた、そのハルクだが。

 男性の体に女性の魂を詰め込まれているものだから、男湯に入るのは恥ずかしいらしい。

 

 「だいぶ慣れたけど、まだちょっと。」


 個室の風呂に入るとのこと。

 まあ、共同浴場に「毛羽毛現」を浸からせるわけにも行かない。




 三泊四日かあ。

 これまで郎党衆を働かせ詰めだったし、大戦では命を張らせもした。

 だから、たまには良いと思うけど。


 出費が、ね。

 


 極東は、王都に比べれば物価が安いとは言え。ここはリゾート地だ。

 それに、メンバーがメンバーだもの。


 極東の支配者・メル家の末娘。

 王国筆頭貴族・立花家の総領娘。

 財務大臣・デクスター公爵の嫡孫。

 お隣の領邦・ミューラーのあるじ。


 どう見てもVIPです、本当にありがとうございました。

 ロイヤルスイートに泊まらざるを得ないのですよ。



 まあ実際、貴族になってみると。

 スイートルームが連なる最高級の宿を借り切る方が便利だということは、分かり始めた。

 郎党や侍女、従僕を連れて歩くのだし。警備の都合もある。


 そういうわけで。

 俺が今浸かっているのも、個室の温泉。

 ハルクのことをとやかく言えやしない。


 共同浴場・大露天風呂に入りたかったんだけどなあ。

 でも今日は到着した時点で日が暮れかかっていたし、仕方ないか。



 ほどほどにして湯から上がり、部屋に戻る。

 見慣れぬ女性が2人。



 このロイヤルスイートは、カレワラ一党で貸し切っている。

 いわゆる侍女としては、新規雇用のカタリナとサイサリスがいるけれど。

 彼女達にも、自由時間を与えることができた。



 いま目の前にいる、部屋付きメイドのおかげで。

 

 


 こちらに到着してすぐのこと。

 宿の支配人を相手に、細かいところを詰めた。



 「皆様、侍女を連れておいでと伺いました。」

  

 「ええ。」 

 それが何か?

 

 こちらの疑問顔に、向こうも疑問顔を返してくる。


 あれ?

 あ、言葉遣いが柔らかすぎたとか?

 もう少し偉そうにしなきゃいけなかったか?



 間が持てなくなったか、支配人が口を開く。

 「では、メイドは退がらせますか?」 



 「あ、いや……。」  


 オプションをケチる方向で行動することは、避けなくてはいけない。

 何せフィリアは、このカンヌ州全体の「主筋」にあたる。

 振る舞いはすべからく、経済を潤す方向でなければならないけれど……。


 フィリアの部屋には武装侍女もいるし、手狭になりはしないか?



 少し迷っている間、支配人は目を伏せていた。

 おかしい。

 一流の宿の支配人、こちらが逡巡しているなら、つつましくアドバイスをくれるはずなのに。



 要領を得ない会話に、傍らにあったファン・デールゼン百騎長が、俺に耳打ちする。


 「そちらの『サービス』はどうしますかと、聞かれているのですよ。」



 ああ!

 そういうことなら、そりゃそうだ。

 「色」のことに、差し出口などできるはずがない。



 「いやその、そちらは、必要ない。」


 「では、退がらせますか?」


 「文字通り『メイド』として、仕事を頼みたい。値引きを要求するつもりも無い。」



 カンヌの「あるじ」ご一行様が、彼女達の給金を削るような行動をしてはまずい。

 そう思っての判断だったが。


 結果的に、カタリナとサイサリスを休ませることもできたと。

 そういう次第。




 折衝しているときの俺、挙動不審だったよなあ。

 

 

 「本来、閣下のなさる仕事ではありません。私やアカイウスさん……いえ、ピーター君の仕事でしょう、これは。」


 ファン・デールゼン(父)が、笑顔を見せる。

 俺の感情のありどころを、正確に掬い取っていた。


 「リーモン閣下と並ぶお家柄。リーモン閣下が……いや、あの方なら身軽にこなしてしまいそうではある。そうですね、我が主君シーリーン様が、宿の手配をするなど……。」



 「想像もつきません。」


 恫喝して関係者全員を追い出し、占拠する姿ならともかく。

 


 「でしょう?皆様の家格が、高すぎるだけですよ。そのせいで、閣下が……その、『実務』を担当されることに。」



 「下っ端仕事」などとは、口が裂けても言わぬ。

 安定したベテランの四十男。


 「シーリーン閣下が、羨ましい。」 

 

 本音のつぶやきが、口を突いた。



 「私ごときに、もったいない。」

 


 ファン・デールゼン氏が目を泳がせている。

 そうだ、アカイウスが俺の後ろに立っていたのだった。

 フォローしなくちゃいけないか。


 「ベテランを、一枚。筆頭郎党の下につけることができれば、だいぶ楽になると思っているのです。」



 「ご主君。それではファン・デールゼンさんに失礼かと。」 



 「ややこしいことになったでしょう?私などに気を使われることはないのですよ、閣下。」 



 笑うしかなかった。

 2人のベテランも、声を上げて笑い出す。



 通りがかったラティファとレイナが、その顔に驚きの色を浮かべ。 

 狂態と見たか、顔をしかめる。



 悪いが、2人には分からんよ。

 こればかりは、ね。




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