第十三話 兄弟 その2
あくる日から、聞き込みに回った。
ヤンは、周囲にどう思われていたのか。誰かヤンを憎んでいるような人はいなかったか。それを聞いて回る。
政庁兼、一族の住居に当たるこの建物に出入りする者は多い。
とは言え、ヤンと直接のかかわりを持つ者となると、そうは多くない。
まず、文官。
基本的に、ウッドメル一族との「かかわり」が、そもそもない。
ギュンメルのトップには関心があるかもしれないが、ウッドメルがどうなろうとも、彼らの仕事にはかかわりがないのだ。
この線は、薄い。
次に、武官。
文官同様、基本的にはウッドメル一族とのかかわりが薄い。
戦争となれば指揮官となる貴族の「でき」には関心はあるだろうが、いちおう「軍人寄り」と目されているヤンを害する意味がない。
この線も、薄い。
では、女性陣は?
千早の態度を見るに、女性にはかなり嫌悪されていたであろう、ヤンである。こちらの可能性は高い。
個人的な怨恨による犯行であるならば、残されたウッドメル兄弟は安全であろう。ギュンメル伯の疑いも晴れ、政情も安定する。
この線であって欲しいという思いが、ケイネスやフィリアにはあるようだ。
千早も期待しているように見える。「手に負えないもの」が飛び出してくる可能性がないから。
ちょうどこの日の午前、カデンに赴いていたギュンメル伯の令嬢が帰館していた。
ギュンメル伯は、妻を早くに亡くしており、再婚していない。奥向きを取り仕切っているのは、一粒種の令嬢である。挨拶を兼ねて、聞き込みに回った。
「フィリア!無事だったのね!フィリアのことだから大丈夫とは思っていたけど、心配したのよ!」
大きな声。それを生み出す大きな肺活量……つまりは大きな胸と広い肩幅。
そして、大きな上背。
ギュンメル家のブリトニー嬢は、父に似ず、全てが大きな女性であった。
美人とまでは言い切れないかも知れないが、とにかく「映える」。
貴族らしい派手なドレスが映える。やや大げさなメイクも映える。
舞踏会に行って令嬢達の中で立ち回っても、オペラ……がこの世界にあるかどうかは知らないが、オペラ鑑賞へ行ったとしても、男性たちの目を引くであろう。
馬車から手を振っても、館のテラスから呼びかけても、庶民たちの目を引くであろう。
まさに庶民のイメージどおりの貴族令嬢、それがブリトニーであった。
「ブリトニー姉さま、お久しぶりです。」
フィリアが挨拶をし、俺達を紹介する。
やがて、用件に入る。人払いを、お願いして。
「ヤンについて、ねえ……。」
言いにくそうだ。
「真相が知りたいのです。どうか忌憚無く、お願いいたします。」
ケイネスが懇願する。
「そういう事情ならば、配慮はかえってヤンのためにもなりませんね。分かりました。」
ヤンは、やはり女性陣にもちょっかいをかけていたそうだ。
ただ、この館の女性陣は、言ってみればギュンメル伯の部下であり、ブリトニー嬢に直属している。ヤンが強引なやり方に出られる相手ではない。
苦情を聞いたブリトニー嬢からは指示も出ていた。
「何を言われても、断って構いません。強引なやり方をするようであれば、遠慮なく私に申し出なさい。必ず対処します。」と。
頼もしい女主人である。
男性にとっても女性にとっても、ギュンメル家は良い職場なのだ。
さて、そうなると、女性陣にとってのヤンは、「嫌な奴」ではあるかもしれないが、「殺したいほど憎い奴」ではないだろう。何かあったらブリトニー嬢に言えば良いのであって、罪を犯してまで直接手を下す意味のある相手ではない。
この線も消えた。
……前線に近い、軍人貴族の本拠である。外部の者の「侵入」は難しい。
できれば考えたくなかった可能性が、少しずつ大きくなってくる。
会話も、なかなか弾まなくなってきた。
ブリトニー嬢が口を開いた。
「やはり皆さん、父を疑っておいでかしら?」
ケイネスが、即座に否定する。
「私は、疑っておりません。伯の元で7年間を過ごして来ました。お人柄については存じ上げているつもりです。」
「ケイネス、そう言ってくださるのは、私としても嬉しいことです。」
フィリアが口を開いた。
「とは言え、『全ての可能性を当たる』必要はあります。そして、ご本人の思いはともかく、外部からは、『ウッドメルの兄弟がいなくなれば、ギュンメル伯は得をする』と思われていることも、否定できない事実ではあります。やはり、一度は検証しなければ。」
「言いにくいことを言わせてしまったわね、フィリア。私もそう思います。」
ブリトニー嬢が言葉を引き取った。
「行きましょう。父に直接話を聞きに。私達は親戚とは言え、貴族。それぞれに家を背負い、一族と部下を背負い、あるいは領土を背負っています。どうしても、率直になれないところはありますよね。それでも、この話はきっと、率直に話したほうがよい。そういうたぐいの話だと思います。」
俺がここにいていいのか、とは思ったが。首を突っ込むと決めてしまった以上、もう引き下がれない。
千早も、「手に負えないもの」が飛び出してきても仕方ない、という覚悟を決めているようだ。
ギュンメル伯は、午前の小休憩をしているところであった。
娘の面会を許したつもりが、やや緊張した面持ちの一同が入ってきたのを見て、用件を察したようだ。
「人払いを。」
塩辛声が、気のせいか、かすれていた。
「道士ヒロと行者千早がここにいる、その理由は?巻き込んでは悪いだろう。」
「死霊術師としての、責務と感じました。」
そう、答える。
「我等には手を出させない、とフィリア殿が口にされた。その心意気に応えんがため、でござる。」
千早が応ずる。
「余計な言葉は、かえってお互いの不信を生みそうな気がしますので、単刀直入に伺います。ヤンを害したのは、ギュンメル伯、あなたですか?」
踏み込んだのは、フィリアだ。
「確かに一番疑わしいのは私であろうな。」
ため息をつき、目を伏せて、ギュンメル伯が口にした。
「だが、わしではない。神に誓って。あるいは亡き妻に、またわれらが高祖に誓って。」
顔を上げ、俺達全員をまっすぐに見据え、大音声で宣誓した。
「ヤンを、どうにかしなければならんとは、思っていた。だが、殺すなど、できるはずがない。死の淵で、託されたのだぞ。憎たらしかったが誰よりも立派であった、ウッドメルの若造に。あの覚悟を、その信頼を、裏切ることなど絶対に出来んわ。」
「……たとえ、領民を泣かすことになっても、でござるか?」
千早が問う。
「ああ、領民を泣かすことになっても、それだけはできぬ。」
苦しげではあったが、即答であった。
「……納得はいたしかねるが、そのひと言で、某は伯を信ずるでござるよ。伯の領民への愛情は、本物ゆえ。」
「部下の報告を聞いて、愕然とした。これ以上、領民を泣かすつもりはなかった。しかし、厳しい処罰を与えれば、『ウッドメルへの野望の現われか?まずは武勇に長けた次男を潰しにかかったか』と取り沙汰されるのは必定。ヤンも、苦しかったのではないか。知らず知らず、その志を歪めてしまったのではないか。ウッドメルの負託にそむいてしまったのではないか。そんな思いもあった。」
「叔父上からは、良くしていただきました。感謝こそすれ、恨みに思うようなことなど、何一つありません。」
ケイネスが、叔父を励ます。
「歪んだのは、ヤンの責任です。兄として、私にも責任があります。どうか、ご自分をお責めにならないでください。」
「さよう、どのような理由があれ、この家での薫陶を受けてあのように歪むのは……少なくとも、周囲の責任ではござらぬ。」
千早も続く。
「これからは、ヤンの監督を強化しよう。まずは、下らぬ取り巻き共を一掃しなければ。そう思い、取り巻き共の出入りを禁止した、その直後であった。人手が薄くなったのが、災いしたかもしれない。」
沈鬱な表情のギュンメル伯。
しかし、その目には力強い光が宿っていた。
「あれが事故死ではないことには、気づいていた。他殺死体は、嫌と言うほど見てきている。分からぬはずがない。」
さらりと言ってのけた。
それが、軍人貴族の、凄み。
「だが……誰か恨みを持つものが復讐を果たしたとしても、責められぬ。そう、思った。ヤンを歪ませてしまった罪は。ヤンを成人させ、世に送り出せなかった罪は、わしが負うべきもの。何を言われても構わん。最終的にケイネスとセイミを世に送り出し、ウッドメルの家を再興することこそが肝要。そう考えて、この件は無視することに決めた。」
しかし、わし一人の問題では、無かったな。
伯が、ケイネスを、ブリトニーを、フィリアを、見渡した。
「ケイネスよ、セイミとお前にとっては、この世にただ三人だけの兄弟であったのだな。そこのところへの配慮を、忘れていた。気を揉ませてしまって、済まない。真犯人を探すべきであったか。さて、そうなると……。わしが知っているヤンの行状は、全て部下から仕入れたものであったな。」
伯が、大声を発した。
「入れ!」