第百五十九話 直轄州カンヌ その3
「それで、その××家には、どう責任をとってもらうんだ?」
「『弔慰金』だろうね。」
経済を知るイーサンが、さらりと告げる。
お金が持つ価値は、その意味は、重い。
だが、それはそれとして。
視線を泳がせ、トモエを探す。
「刑事責任のこと?強いて言うなら、罰金かしら。『ここが直轄領なら』。でも、国庫に納めるよりは遺族に積み増すほうが筋が良いと思うわ、ヒロさん。」
『ここは、直轄領ではない』ことを強調した上で、フィリアに目線を送るトモエ。
フィリアも会釈を返していた。
「人を殺しておいて?」
「レイナさん、『殺した』という言葉は不適切よ。『死なせた』と言うべきでしょ?」
「あー。なるほど。わざとやったわけじゃない、か。」
「レイナ、トモエ!わざとじゃないって?はねておいて、助けもせずに?」
「落ち着いて、ヒロさん。殺人の意図は認定できないでしょ?貴族やお金持ちが意図的に人を殺すなら、馬車は使わない。郎党や使用人に指図すれば良いんだから。断言します。この件は『殺人』には『あたりません』。」
「止めを刺さなかったのは、むごい話だとは思いますね。」
眉をしかめたセルジュのひと言は、そちらに向かう。
それが、軍人の情であり、倫理道徳。
理解していたつもりだけど。
交通事故を追体験した直後の動揺が、収まっていなかったかもしれない。
「はねられたこの子の気持ちは、家族の気持ちは?」
「感情の問題は、自分で処理してもらわなくては。」
「復讐したければ、やれば良いだけでしょヒロさん?誰に憚ることも無いじゃない。」
ラティファがきょとんとした表情を見せる。
ああ、そうだった。
王国は、そういう社会だ。
「あのさラティファ。庶民の子供が、どうやって貴族に復讐するのよ。」
「立花閣下。事の成否を思うようでは、復讐など果たせません。」
「そうだった、セルジュ。忘れてた。復讐は是非や成否とは別次元よね。」
あ、だめだ。
やっぱりまだ、押さえられない。
「じゃあ庶民は、復讐感情を殺して泣き寝入りかよ。裁判所は何のためにあるんだ?」
「そもそも復讐なんて生々しい感情、理性の府である裁判所は保護しません。それに復讐は少なくとも、自分や自家の手で為すべきものでしょう?他人に復讐をさせるなんて、横着よ。なんの縁もない刑務官に斧を振るわせ、その心に負担をかけて良いはずがない。恥を知るべきだわ。」
「でも、家や個人の力に差があることも確かよね、トモエ。『貴族や金持ちはやりたい放題。庶民は泣き寝入り』。そんなこと、許されていいはずが無い。それこそ国の風儀として、恥ずべきことじゃない?」
「復讐ができない、弱い個人や家のためにも裁判所があることは確かよ、レイナさん。自分では報いを受けさせられないから、感情では無く『正義の問題』として裁判所に、国に、陛下に『お願いする』の。認められても、おそらく小額の罰金になると思う。お金の問題じゃなくて、名誉に傷を負わせることで、『公正を保つ』という意味の刑罰だから。」
「庶民としては、分からないところだな。額が小さいと文句を言いたくなりそうだ。」
「マグナムさん、結果に不服を言ってはいけない。だって、陛下に裁定を『お願いした』のに、代行者である裁判所の判断に不服を言うなんて、不敬極まり無いじゃない。」
ようやく、落ち着いてきた。
つまるところ。
「『罪』や感情の問題としては、自分でやるか。刑事裁判という形の裁定を飲むか。」
「あるいは、感情を収めるか。……ヒロ君。その子は大した理由も無く飛び出してきたんだろう?馬車は急には止まれない。御者や貴族にだけ『罪』を問うのは、片手落ちじゃないか?」
イーサンが、静かに合いの手を滑り込ませてくる。
そう言われてみれば。
あの日、俺が飛び出したせいで、トラックの運転手は……。
どうなったんだ?
もし、異世界に転生できなくて、あの場で死んでいたら。
「普通に運転していたら、いきなり子供と学生が飛び出してきた」。
そんな運転手は……100パーセント悪くないとは、言えないかもしれないけど。
それでも。運転手にとっても、あれは「事故」だったはず。
日本だと、それで逮捕されて、刑務所に入って。莫大な賠償金を負わされる。
「子どもの事故を追体験したせいで、少しそちらに感情を移入しすぎてはいないか、ヒロ君。その、かなり『ショックを受けた』みたいだし。この件については、僕らの議論をまずは聞いておくほうが良いと思う。」
前置きしたイーサンが、声を張った。
「××家は、極東で大戦が勃発したと聞いて、技能を持つ次男に私財を持たせて新都に派遣している。その途中で事故を起こしたんだろう。日付けが符合しているからね。……今の僕らのように、メル家やウマイヤ家に守られているわけでも無かった。盗賊の襲撃を思えば、街道で足を止めるような愚かな真似はできないんだ。そうした事情も、配慮してはもらえないか?」
船酔いする性質で、陸路を併用していたのだという。
どこまでも、間の悪い!
「仕返ししたかったわけじゃないです。家に帰りたくて、それで……。」
子供が、俺に告げる。
済まなかった。君の気持ちを考えず、俺だけ熱くなって。
「……と、言うことらしい。『罪』とか、そういう話は無しにしてもらえるか。俺から言い出したことだけど。」
「よく言ってくれた、ヒロ君。いや、その子が聞き分けてくれたのか。……ともかく、それならば純粋に弔慰金で手を打つべき問題だね。」
「デクスター閣下。メルの民を、メルの地で、他家の者が害しておいて、その言い方は。」
「陪臣が何を?」
セルジュに対し鋭い声を上げたのは、イーサンの乳兄弟にして侍衛のひとり、アロン・スミス。
これまでも時々顔を合わせてはいたけれど。
付き合いが始まったのは、この旅を通じてであった。
睨みあっている。
王国貴族は、こういうのが大好物である。
好奇心の女神も大好物であり、したがって俺も最近好物になりつつある。
とは言え。
なにせ旅の途中だ。感情にしこりを持ちたくも無いわけで。
「セルジュさん、控えなさい。」
「アロンも下がれ。」
ボスが手を打って、流れたけれど。
この話は、直轄領と領邦との関係にも関わるところであって。
それは少し後に述べようと思う。
ともかく。
フィリアの名で、旗ヶ谷駐屯地の幹部が、子供の家族に弔慰金を届けに行った。
「犯人は分かったが、お前達では手が出せない。フィリア様が談判してくださって、これを。」
そういうことにしたのだ。
メル家から××家に、「ウチの領民に何してくれた」という事になると、カドが立つ。
××家が逆ギレすれば、トワ系vsメルになってしまう。
だからトワ系の××家に対しては、デクスター家が因果を含める。
「怒るメルをなだめて、弔慰金に収めたのだ」ということにする。
「誰だったので?」
おやじさんの問いに、軍人は答えない。
「わきまえろ。フィリア様直々の裁定だぞ。知ってどうなるものでもない。」
「さようでした。」
静かに引き下がる。
母親は、泣いていた。
子供達4人を抱き締めて。
「ほら、母ちゃんも。わざわざ来てくだすったんだから、ご挨拶しねえか。……すみませんね。勘弁してやってくれますか。ご領主様に、お礼を申し上げます。」
「構わぬ。母親なら、当然だ。……お礼の言葉も、伝えておく。」
子供の死亡率が高い世界。
それでも母親は、泣く。「母親なら、当然だ」。
そのぶん、父親は冷静であろうとする。
間違って食って掛かりでもしたら、大変なことになるから。
子供は、両親を見て安心し、天に帰って行った。
「悪いことして迷惑かけて、ごめんなさい。……でも良かった。父ちゃん母ちゃんが責められなくて。」
そんなことを、言い残して。
家族にお金を残せたことを、ひどく喜んでいた。
どこかで、割り切らなくてはいけない社会。家族を守るために。
そういう意識が、庶民にも、子供にまで、染み付いている。
暖かな春の風。
日が暮れて、星が見え始めた。
「運転手だけど。別に、刑務所に行ったりはしてないよ。」
なんだ、ミケ?
「あの場から『消えた』ことになってるから。『はねた』んじゃなくて。運転手は急ブレーキをかけて、慌てて車の外に出て、何も無いことに驚いて。『疲れてるんじゃないか』って、少し休憩を取ってた。」
どうやら俺も、割り切れそうだ。




