第十三話 兄弟 その1
……「仕方あるまい。某も協力するでござるよ。フィリア殿は、覚悟を見せた。我等は仲間ぞ、と。ギュンメル・ウッドメルから圧力をかけられても、我等を守ると。されば、某も応えねばなるまい。共にあらん。某も一枚噛むでござるよ。」
「感謝いたします。決して皆さんにご迷惑はかけません……ウッドメルからは。」
ケイネスさん、誠実すぎ……。そこは留保なしでお願いしますよ……。
「さて、それではヤンから話を聞きましょうか?」
フィリアがヤンを手招きした。
「三文芝居で俺を待たせるとは、いい度胸してるよ、本当に。」
これが身分(貴族と言っても居候)ではフィリアに勝てないし、腕力では千早にボコボコにされた男の台詞である。俺に頼まなければ会話もできないんだよ?ヤン、お前ある意味スゴイわ。
「で、お前に話せばいいのか?」
「ああ、頼むよ。」
「おい、その言葉遣いはなんだ?」
貴族なのは分かる。が、イラッとした。
「ご都合がクソよろしければ、どうぞとっととその臭そうなお口を開いて、ちゃっちゃとお話しやがってくださいませ?」
「バカにしてるのか?」
「いえいえ、それがお分かりになるぐらいの脳みそはお持ちのご様子で?」
やり取りの様子がなんとはなしに伝わるのだろう。拳を固めつつ、千早がいやあな笑みを浮かべた。
「ヤン殿、話さないのであれば、貴殿に存在価値はないのでござるよ?失礼、もともとござらなんだか。」
フィリアもイラついている。
「ウッドメル家の尊厳をここまで貶めるとは……ヤン、いい加減になさい。」
「ひえっ。分かった、話すよ。話すってば。」
どこまでも情けない顔。気分が悪くなる。ヤン、やっぱお前スゴイわ。
「と言われても、何も分からないんだ。」
そのままに伝えると、千早が近寄ってきた。
「善し。理法を聞きたいのでござるな。」
「違うんだって。後ろから殴られたんだよ。気づいたら幽霊になっていて、体は床に転がっていた。『書棚から本を取ろうとして、脚立から落ちて頭をぶつけた』かのように偽装されていたんだ!」
「と、言うことは……。」
「ええ、表向きは事故死ということになっています。しかし、ギュンメルとウッドメルの経緯から、暗殺が疑われていたのです。ヤンの証言で、暗殺であることがハッキリしました。」
フィリアの説明に、ケイネスが、ため息をついた。
「事故死であって欲しかった。誰かの悪意が弟に向いていたのですね……。」
「俺達貴族の間では当たり前のことだろう?これだから兄貴は文弱だの軟派だの言われるんだ!ウッドメルの家名に泥を塗らないでくれ!」
ああ、こういう時のためにある言葉なんだ。「お前が言うな」って。
話がまとまらなくなるから、誰もが言うのを控えたけれど。
「誰か分からないと言っても、何か手がかりはありませんか?当日の状況は?」
フィリアが尋ねる。
「実行犯が誰であっても、黒幕がギュンメルの叔父貴だってことは間違いないだろう?ウッドメルを返したくないんだよ。次は兄貴、ひょっとしたらセイミだ。だから俺だってこうして天に帰らず二人の傍にいるんじゃないか!」
それでも一片の情はあるのか。
「叔父上のお心を邪推するな。」
口汚さに耐えられず、真っ赤になってケイネスが叱り付ける。
「誰にだって思いつく推測を聞いているのではありません。当日の状況を話しなさい。」
フィリアがますますイラつき始めた。
「何だよ二人とも偉そうに……話さないぞ?いいのか?」
「千早、これ以上は話さないって。」
「待て!待ってくれ!」
「あの日俺は、机に向かって本を読んでいた。そうしたら、後頭部にドン!だ。」
その時の姿勢は?頭の高さは?
「これ位……。前かがみになって……。」
俺が代わりに再現する。
「随分と低いですね?居眠りでもしていましたか?」
フィリアが尋ねる。
「いや、起きていた。」
起きていたのに随分低いなあ。
そう思っていたら、ハンスが口を出した。
「ヒロ、武士の情けだ。これ以上追及するな。」
ん?んん?ああ、そうか!「『前かがみ』になって『本』を読んでいた」わけね。
そんな最期、誰だってごめんだ。まさに武士の情け、追及すべきではない。暗殺犯すら偽装せずにはいられない、見るに耐えない情けなさである。
ま、まあとにかく、大事なのは頭の高さだ。
「そうなりますね。」
フィリアは推理に懸命である。助かった。
ケイネスも、一生懸命に再現しているが、まるで意味が分からないようだ。
「居眠りしていないのに、この姿勢で読書?ヤンは近眼ではなかったし、そもそも読書の習慣なんてあったかなあ。」
わからなくていい。君はそれでいい。それでいいんだ。
千早は……後ろを振り返って、何事かハンスと話している俺の様子を見ていた。会話は聞こえていないはず。それは確かだ。
「今回のところは見逃すでござるよ、ハンス殿?」
ああ、やっぱり。下世話な話というか、世間知というか、そういうものをどこで覚えるのか。
「ヒロ殿もご存知にござるようで。」
千早さんもご存知にござるようで……、などと言える雰囲気ではなかった。
本当に最期まで!
ヤンに対する千早の嫌悪はとどまるところを知らない。
「しかし、この高さですと、それこそセイミでも可能ということになりますね。」
フィリアが言う。
「フィリア!」
ケイネスがたまらず口を出す。
「たとえ低くとも、可能性があるという事実に目をつぶるわけには行きません。まあ、子供の力でその後の偽装ができるとは思えませんし、複数犯で実行する意味はあまりないとも思いますが。」
当日、部屋に鍵はかけていなかったそうだ。
後ろに回りこまれたことに気づかなかったのか?という質問に対しては、「気づかなかった」とのこと。
「この建物の絨毯は厚いし、扉はつくりが良い。音は聞こえにくいでしょう。ヤンには、霊能もなかったですし。」
フィリアは言う。
「千早さん、武術を修めている人は、気配には敏感なのですよね?」
「ヤン殿は、その域には達してござるまい。それでも近づかれれば気づくはずではあるが。よほど『本』の内容に気を取られていたのでござろうなあ。不覚悟にもほどがある!」
関係ないはずの俺とハンスまで頭を抱えた。
ヤンご本人は……千早に叱られて、だらしない顔を見せている。これをご褒美と感じるなんて、ホントお前スゴイわ。
いずれにせよ、犯人像は絞り込めなかった。
夜も遅くなってきたので、今日はこれにてお開き。
明日また、現場に足を運び、周囲の人物に聞き込みをすることに決めた。
「しかし、もし暗殺となると、やはり二人の身も心配ですね。」
「私とセイミは大丈夫でしょう。」
ケイネスは言う。
「叔父上は信頼できますし、その他の線は考えにくい。」
「ヤン殿よりはよほど筋が良さそうでござるしなあ。」
千早が言うからには、そうなのだろう。
一応、ヤンだって二人を見守っているのだ。
「で、二人を守れるの?現世に干渉できる?」
「いや、何もできないけど。」
ハンスまで舌打ちした。
「ヒロ、こいつはダメだ。『執着するほどに大切な何か』を持っていない。武術が本当に好きで、兄弟を本気で守りたいなら、何か武器を手に取れるはずだ。俺が貨幣を手に取れるように。」
……どんな生き方をしてきたんだよ。
ハンスの言葉は、俺にまで突き刺さった。
……が、ヤンは平気な顔。
「俺、貴族だし。もともと『持てる者』だし。」
ヤン、ここまでくればある意味尊敬に値するよ。お前大物だ。
全方面からフルボッコの扱いを受けたヤンを引きつれ、眠ってしまったセイミを背に負って、ケイネスは去っていった。
中天にかかる朧月が、3人の背中を淡く照らしていた。