第百五十四話 五番勝負 その1
四通の手紙。
そのあて先は、俺も良く知る4人の大物であった。
松岡先生、真壁先生、李老師にアレックス様。
塚原先生を含め、この5人がまず間違いなく、新都で最高峰の武人である。
彼らの実力を、どう説明すれば良いだろう。
先の話で、「異能持ちや神の眷属は、それ(ド下手くそなプレイヤーによる無双ゲー)位にはチートである」と述べたけれど。
俺やエドワードが、言ってみればチート初段である。
チートと言うのもおかしいか。「達人初段」としておこう。
きちんとした道場で、鍛錬を重ねたことを前提とした上で。
「天賦の才」、「幼時から青年期に至るまでの鍛錬」、「優れた異能や加護」。
このうちの1つを有するものが、だいたい「達人初段」の腕前だ。
俺にエドワード、マグナムにフィリア。
若くしてここに至る者は、その多くが「優れた異能や加護」を得ている。
リーモン子爵のウォルターさんは、「幼時からの鍛錬」と、「天賦の才」には至らぬまでも、持ち前の「筋の良さ」とでここに至った。「達人二段」と言ったところか。
大戦前、俺は千早に薄氷の勝利を収めた。
「剣道三倍段」の言葉通り、千早は15かそこらで、「達人三段」と言うべき実力に達している。
「天賦の才」と「異能」の、2つによって。
王都暮らしをしていたこともあり、若手の武人として、その名は王都にも聞こえている。
極東最高峰の5人は、その上を行く。
アレックス様も、十代半ばで、武術の腕は聞こえていた。
「天賦の才」と「異能」があったから。
20代半ばを過ぎたアレックス様は、「幼時から青年期に至るまでの鍛錬」も経ている。
いわば「達人五段」の域にある。
さらに上達する可能性も、あるのだけれど。
将軍・政治家として多忙なアレックス様。武術の鍛錬にだけ没頭するわけには行かない。
世の「武術バカ」達は、そのことを惜しんでいる。
李老師も、いわば「達人五段」だ。
技は円熟味を増しているが、体力的には最盛期という訳には行かない。
70を越え、衰えてなお「達人五段」なのだから、驚異的とされている。
この上となると、先の三要素以外の何かがあるらしい。
その域に達した者にしか見えない、何かが。
東方三剣士、塚原・真壁・松岡三先生は、言ってみれば「達人七段」だ。
王都で刀術が流行している理由も、ひとえに東方三剣士の存在が知れ渡るようになったから。
「あの」アレクサンドル将軍が、「私では敵わない。二段がた違う」と真壁先生を評したことが、きっかけとなった。
東方三剣士が異常な理由は、ただ「達人七段」だと言うにとどまらない。
3人は、「異能を持っていない」のだ。
「異能無しでも、アレクサンドル閣下を越えることが可能なのか!?」
その衝撃は、深刻で。
異能が無い子供や若者を、諦めの淵から呼び戻す効果があった。
「その域に達するのは、本当の一握りに過ぎない。」
誰だって、そんなことは分かっている。
「必修科目」である武術を怠る理由には、ならない。
刀術なら、いや、刀術じゃなくたって。
たとえ「達人七段」が夢のまた夢であっても。
「達人初段、『人並み優れ、手柄の可能性がぐっと高まるレベル』までは、努力で至れるじゃないか。」
その事実を、皆が思い出したのだ。
ともかく、刀術は、王都で流行している。
「東方三剣士の『目録』を受ければ、これは王都でも一目置かれるであろう、の。」
李老師が、俺に告げる。
「目録」の意味も、流派ごとにいろいろあるらしいけれど。
どうやら「卒業証書」ぐらいのニュアンスらしい。
塚原(・真壁・松岡)流(?)として「師範を名乗る、道場を開く」ことは、まだ認めるわけにはいかない。
だが、「弟子としては、独り立ちしている」ものと認める。
それぐらいの意味合いを持つ。
ライネン先生の笑顔、そして手紙を受け取った人々の微笑。
用件は、俺にも分かっていた。
渡した手紙は、卒業試験官のお願い状。
「形式・儀式よ。固くなることは無い。」
李老師も、微笑を浮かべていた。
俺は、人の縁に恵まれている。
一年で一番寒い季節が過ぎ、陽光が強くなりつつあった、その早朝。
目の前に立つは、真壁先生。
「覚えているか?」
覚えております。
3年前。転生して来た年の、春のこと。
真壁先生の構えは、始めて立ち合ったその時と、同じものだった。
もともと大らかなお人柄だけれど。
3年経って、改めて眺めると。
あまりにも、粗笨な構え。隙だらけ。
何も知らない子供にも、ひょっとしたら天賦の才はあるかもしれない。
きちんとした構えを取ったら、「何か」に感づいて、怯えてしまうかもしれない。
だから、隙だらけの姿。存分に打ち込ませるための構え。
「余計なことを思うな。打ち込んで来い。」
言葉に、応ずる。
木刀を掲げ、駆け向かう。
あの時とは、違う。
今の俺は、気力を充実させ、「正しく」走っている。
あの時と、同じ。
真壁先生の太刀筋。
交差した。
撥ね飛ばされは、しなかった。
真壁先生の木刀を、へし折る。
俺の木刀は、粉砕されていた。
「上達したな、ヒロ。」
一礼した頭の上から、降ってきた声。
「『思い切り打ち込む』。それが、全ての基本だ。陶芸の達人も、名詩人も、みな同じ。お前はまだ若い。『打ち込む』ためにも、体力をつけることだ。」
目録を、受けた。
正面には、松岡先生。
打って変わって、一分の隙も無い構え。
始めて立ち会った時と、同じ。
口にされたひと言も、同じ。
「打ち込んできなさい。」
静かに、一歩一歩、間を詰める。
「ここしかない」道を、歩んで行く。
一挙手一投足の、間に至る。
あの時とは、違った。
打ち込まれる木刀が、見える。
交差した。
松岡先生の木刀をすり抜けていくような感覚。
間違いない。斬り飛ばしている。
俺の木刀も、また同じ。
物打ちから先が、消えていた。
「その域には、達したか。」
それが、一礼した頭の上から、降ってきた声。
「真壁さんの言葉を借りよう。陶芸の達人と名詩人と、剣客と。それを分けるものは、『技』だ。日々土をこねれば陶芸家になり、刀の技を磨けば刀術家になる。技術の修練を、怠らぬように。」
目録を、受けた。
「朝倉を抜け、ヒロ。」
口にするアレックス様は、片手剣を抜いていない。
左手に、その字の如く、マン・ゴーシュ。
盾の代わりに手にする、防御用の短剣のみ。
俺とは、それぐらいの差はある。
けれど。
幽霊達のバックアップを受け、朝倉を抜いた俺を相手に?
火花が出るほど、打ち合った。
素材が何かは分からぬが、さすがは防御のために作られた短剣、それも恐らく最高級品。
朝倉をまともに受け止め続ける。
鍔競り合いになってからが、勝負。
アレックス様の長い脚が、防具に固められた篭手が、襲い掛かってくる。
体勢を崩されれば、マン・ゴーシュの刃が首筋を掠める。
ピンクのアドバイスが飛ぶ。
朝倉が、即応する。
目が、体が、慣れた。
中段蹴りを、紙一重で見切る。
重心は崩れていない。
足先から、全身の力を連動させる。
一点に力を込め、打ち込む。
マン・ゴーシュの刃を折った。
拳を守るガードでなお受ける、アレックス様。
このまま、押し切る他は無い。
重心を落とし、踏み込む。
ガードの向こうに覗く、美しい顔。
下から俺を見上げるその顔が、歪んで……。
笑った!?
「そこまで!」
上!?
すり鉢状の、鍛錬場。
その外壁。
午前の太陽は、まだ登り切ってない。
逆光に照らされ、姿は見えないけれど。
聞き慣れた、声。
ソフィア様だ。
聞き慣れた、音。
弓の弦を引き絞っている。
刀を、納めた。
「私達は武人では無い。軍人だ。貴族だ。勝つことが全て。己の力が足りなければ、知恵を使え。人を動かせ。」
「お教え、胸に刻みます。……早速、伺いたいことが。」
「なぜソフィアかと?フィリアの霊弾でも、李紘の弓でも良かろうと?」
穏やかな笑顔を見せていたアレックス様が、面を改めた。
「この場に立つべきは年長者、指導者だ。フィリアの腕は、君と五分。年も変わらぬ。資格が無い。」
形式・儀式の如き、「卒業試験」。
だからこそ、形式は大切。
親しき仲であっても、礼をもって遇する。
改めて、一礼。
……したところで、のろけられた。
「私には、他に誰がいる?」
厳粛な空気が穏やかなものに変わり、そして。
書状を、受けた。
「知り合いへの、紹介状だ。」
宛名の書かれていない、封書を。
「会えば分かる。無双という言葉の意味もな。」




