第百五十三話 継承
鍛錬場の話が出たことでもあるので。
ちょっとした所感というか、そういうものを記そうと思う。
その、なんだ。
王国における武術は、日本における外国語と似ている。
中等・高等教育を受ける者にとっての必修科目。
1つか2つ、必ず選択しなければいけない。
そういう意味において。
日本における外国語との違いは……「外国語≒英語」ではない、ということ。
19世紀の日本に似ていると言えば良いのだろうか。
金融を学ぶ者は英語を、医学を学ぶ者はドイツ語を、国際政治を学ぶ者はフランス語を……。
どれを選んだって良い。
ただ、ひとつかふたつは、選ばねばならぬ。
英語、ドイツ語、フランス語といった、メジャー言語にあたる武術。
それが。
短兵ならば「メイス」か「片手剣」。
長物ならば「メイス」か「槍」。
なお、王国における「メイス」とは、「鈍器一般」を指す。
エドワードの得物である「ハンマー」も、その部類に収まる。
外国語選択には、いろいろな理由がある。
上に挙げたような、「○○を学びたいから……」という、もっともな理由もあるけれど。
「クラスに女子が多そうだから」フランス語、とか。
「もうアルファベットは見たくないから」中国語、とか。
「イケメンストライカーの影響で」スペイン語・ポルトガル語、とか。
そういう理由によって、選択する者の数が増減するように。
王国においても、武術には流行がある。
メル公爵が現役の頃、「両手剣」が流行った。
今の十代~二十代には、「片手剣と槍」が非常に多い。
もともと王道ということもあるが、明らかにアレックス様の影響である。
流行りがあれば、廃りもある。
「斧」。
一時期流行したが、10年ほど前から選択者が激減した。
ミーディエ辺境伯の失態が、影響したのだ。
もともと売り込み上手とは言えないライネン先生、道場の経営に苦労したらしい。
それでも後継者をと思い、甥のユルを育ててきたのだが。
斧の腕前には問題無いものの、自分以上の呑気者。計数がまるでダメ。
そういうことが分かるにつれ、悩みが深まっていたとか。
余所に郎党として出すことには、一抹の寂しさもあったけれど。
「ユルのことを思えば、これが一番だ。」
最近、少し肩の荷が軽くなったと言っていた。
の、だが。
小さなブームが、到来した。
カンヌの英雄・マグナム氏が、ライネン道場の門を叩いたのだ。
「一方の大将株と仰がれるようになって、しかもこの体格だろ?『遠距離主体』じゃ通らなくなってきちまって。ナイフは護身の武術だし、徒手格闘じゃあ、威厳が……。」
そう。
斧の良さは、その威厳にある。
ミーディエ辺境伯の巨大戦斧を見よ。
人の背丈を越えるほどの、両刃の斧。
ギラギラと光るそれを傍らに控えさせておくだけで、士卒みな震え上がる。
全軍が粛然と引き締まるのである。
加えて、マグナムは農家出身だ。
斧の扱いは体が覚えている。
筋が良い。
それもまた、斧の良さ。
庶民的な武器ゆえ、とっつきやすいのである。
「これまで流行らなかったのが、分からないぐらいですね。」
ここは、学園の刀術道場。
生徒を引き連れて出稽古に来たライネン先生に、塚原先生が語りかけていた。
「武術を学ぶのは貴族・家名持ち。家伝はたいがい、メイスか刀剣でしょう、塚原君?持ち直せたのはマグナムのおかげですよ。……しかしこうなってみると、ユルを出してしまって、私は誰を後継にすれば良いのだろう。悩みとは、尽きないものです。」
「後継問題では、どこも苦労すると聞きます。」
武術道場に限らない。
天真会でも、人事異動があった。
アランに代わり、孝・方が新都支部長に就任。
当年18歳。
若すぎると思ったのは、日本の感覚がまだ抜けていないからかもしれない。
王国は、貴族政にして能力政。
学園卒業生はエリートであり、卒業直後から重責を担う。
孝・方は上流ではないが、家名持ち。庶民が多い天真会の中では、毛並みも良いほうだ。
家名があるということは、幼児から教育を受けていたということでもあるわけで。
経営から人あしらいから、孝・方以上にこなせる人材は、そう多くない。
当然の人事なのだ。
「で、アランさんは?」
「還俗させる。千早の、ミューラー家の郎党頭よ。」
言葉を、失った。
「ヒロ君自身、『アランしか思いつかない』とつぶやいておった。そう聞いておるがのー。いや、さすがに男爵家の当主ともなれば、見る目がある。」
ふざけてる場合じゃないでしょ、老師。
食って掛かりそうになったところに、斬りつけるかのごときひと言。
「天真会は、ピラミッド型の聖神教とは異なる、ネットワーク型の組織。総本部より支部に重きを置く。アランの地位を上げても、仕方無い。」
老師の剣幕に面を改め、少し考える。
いや、やはり疑問がある。
「組織の形態は、理解しています。孝・方が悪いとも決して思いません。しかし、それでも。アランさんの存在は、大きいのでは?」
「要は、ロータスよ。ロータスだけは、動かせぬ。逆に言えば、ロータスさえあれば、私もアランも孝も、誰がいなくとも新都支部は回る。」
言いすぎだと思う。
老師やアランの存在は、大きい。
そう思う、けれど……。
要がロータスだというのは、分かる気がした。
でも、それって。
「ロータスさんの後継を考えていかなくてはいけませんし……。」
「『し』、かの。……やはりヒロ君はヒロ君。メルの総領夫妻ならば、そのひと言は出ぬところであろ。」
やはり俺は、経営者としては。
「甘いとは、言わぬよ。」
ロータスの後継を考えていかなくてはいけない「し」。
「ロータスさんだけは、還俗させられないということですか?」
それが、俺が言いよどんだ言葉。
「異能は、コントロールできるのでしょう?還俗できないということは、無いのでは?本人がそれを望むかは別として。」
「根付いてしまった。ロータス自身、他で生きることなど、思いもよらぬはず。新都支部も回らぬ。」
貴族の家が、当主と一体化しているように。
新都支部は、ロータスをあるじとする「家」になっていた。
「……それならば。悪いことでは、無い。そう、思います。」
だが。皆が巣立っていく中、いつもただひとり残される。
20年一緒にいた、アランでさえ。
そういう立場だということも、確かで。
「それが、母親であろ?ロータスもそれを望んでおる。」
思うところは、あるけれど。
老師に思考を遮られた。
「サイサリスの件だが、の。」
「侍女として受け入れてくれるか?」と提案されていた。
こちらとしては、「喜んで」と伝えてある。
が、当のサイサリスが迷っていた。
「ヒロさんなら、私達親子を殺めるようなことはしない。それは、分かってるけど……。」
息子のためには、どっちがいいんだろう?
「私は、カトレア姐さんやヴァニラ姐さんとは違うの。二人は、『トップ』じゃないと活きない人。『夜光杯』のためにも良かったと思うよ、大ゲンカになる前にうまく継承できて。でもね?」
……私は、トップには立てない。
「卑下してるのとは、違います。アラン哥さんもそうだし、アカイウスさん?トップにしちゃいけない人でしょ?でも、無くてはならない存在。私も、そっちを目指すべきタイプだと思ってる。……頑張って働いて、お金ためてるけどさ。私は、お店持っちゃダメなの。」
相変わらず、遠慮が無いけど。
正しいと思う。
「この仕事は、どこかで引退しなきゃいけない。太く短く、一生分稼ぐか。侍女として細く長く、お勤めするか。カレワラ家の侍女のせがれになるのと、天真会と一蓮托生になるのと、どっちがいいんだろう?」
私じゃなくて、息子のことよ?
どっちがいいんだろう?
俺から結論を出せる話では、無い。
「やーっ!」
響く気合声に、物思いから引き戻された。
「……塚原君は、後継問題をどう考えているのですか?」
「私達のところは、真壁・松岡も健在ですし、弟子達もそれぞれ交流していますので。3人のうち誰かが、後継を見つければ良いかと。」
「塚原君のところは、腕の良いお弟子がみな出世していくのが、難しいところでしょう。私のところは、師範にでもなるしか無い斧バカだらけで、困っています。」
武術道場の師範。
腕もあり、人格者も多いので、尊敬はされる。
しかし身分的には、家名持ちの最底辺に近い。
身分低く、出世できるような器用さも無く。
それでいて腕と人柄が良く、最低限の経営能力も求められる。
それが、武術道場の師範。
後継問題は、どこも難しい。
ライネン先生が、ちらりと俺を見た。
呼びかけようとして、困っている。
「道場にあっては、いち弟子。『ヒロ』と呼んでください。」
「この気配りが、私の弟子には無いのですよ。では、失礼して。ヒロ君は王都に上られるとか。なんでも王都では最近、刀術が流行しているそうですね。」
ライネン先生、不器用に見えて如才ない。
ユルには、ここまでの器用さは無いんだよな。
最近友人ができて、少しずつ物慣れてきたらしいけれど。
それはともかく。
王都で刀術が流行していることは、確かだ。
カレワラ男爵の貴種流離譚、サクセスストーリーの影響である。
……などということは、無いのであって。
「王都で思い出しました。ライネン君のおかげです。……ヒロ、この手紙を、それぞれ届けてくれ。」
見慣れた宛名。
俺も良く知る、大物達。
「ああ、なるほど。」
ライネン先生が、懐かしげな笑顔を浮かべた。
何か、沁みる。
「人の縁に恵まれている。ヒロ君、ユルを頼みます。」
「こちらこそ。……ええ、感謝を忘れないようにしたいと思っています。」
「何です、ヒロ先輩。」
「教えろよヒロ。隠すまでも無い粗○ンなんだろ?」
「サラ、ティナ。お前達には関わり無い。下がりなさい。」
「口を開く前に言っておく。レイナ、お前もだ。」
両先生の、穏やかだが厳粛な言葉に、面倒な連中が引き下がる。
やはりまだまだ、俺ではとてもかなわない。
この手紙の件は、新都から旅立つ俺にとっては最後のイベントであったのだが。
話のまとまりが良さそうなので、次に述べることとしたい。




