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第十二話 ウッドメル その4


 ややあって、ケイネスが口を開いた。

 「それほどまでに歪んでおりましたか……。千早さん、ヤンに代わってお詫び申し上げます。」


 千早の表情は、まだ硬い。

 「それがしは何の被害も受けてはおり申さぬ。詫びる相手が違うのではござらぬか?……まあ、ケイネス殿を責めるのも筋違いでござるか。謝罪、謹んでお受けいたす。」


 ケイネスの言葉は続く。

 「私の目が届きませんでしたか……。私が我慢しよう、私は窮屈な思いをしても、弟達にはのびのびと振舞って欲しいと、そう思ったのが間違いでしたか……。私の目に映るヤンは、そこまでではありませんでした。先ほど来よりお話にあった、『難しい年頃』なのかとは思っていましたが、それでも、昔のままの元気一杯、やんちゃな暴れん坊に過ぎぬと思っていたのに……。」


 「子供と思ってバカにしてはならぬのでござる。歪んでしまった子供は、家族の前では『良い子』として振舞うもの。 真っ当な 知性は何一つ持たず、奸知ばかりに長けるものなのでござるよ。」


 千早は随分詳しいようだ。


 「子供が多いところで育ちましたゆえ、多少は。」

 俺の方も見ながら、付け足した。

 

 「これまでのこと、どのような迷惑をかけてきたのか……。それは出来る限り調べて、お詫びをせねばなりません。しかし、どれほど邪であったとしても、ヤンは弟なのです。父母を亡くし、家を失い、それでも励ましあってきた兄弟なのです。」


 ケイネスも、語りだした。


 「私達は、家も、国も、失った。7年前、ウッドメル大会戦があった後、私を立てるという話が出なかったわけではないのです。もちろん、無理です。それは誰もが分かること。子供の私でも分かっていました。それでも。旧臣の一部は、納得できなかった。父とは仲の悪かったギュンメル伯が領土を治め、自分達は拠るべき主君を亡くし、旧主の子はギュンメル伯の元に移されようとしている。私たちが人質にされるように見えたのかもしれません。父の非業の死により、感情が激昂していた彼らは、耐えられなかった。」


 ……粛清が、ありました。


 「私も領主貴族の子。あの局面では、粛清しかないことは分かっています。そのことで叔父上を恨む気にはなれない。私にできることは、彼ら旧臣の『希望の星』にならぬこと。現状追認が一番だという姿勢を見せること。ギュンメル伯に素直にしたがう柔和な子・幸せに過ごしている子供、という姿をとり続けることで、彼らの不満を先鋭化させないように努めました。」


 ギュンメル伯には、含むところはない、ようだ。


 「叔父上と私は、同じ理解の上に立っていました。『現状』が良いものであって、これからますます良くなりそうであるならば、暴発は起こりにくくなります。叔父上は、ギュンメル伯として、現地に詳しい旧臣を取り立てて、ガス抜きと治安の安定を図る。私はあちこちに顔を出し、幸せそうな姿を見せる。旗印にするには頼りなく、しのびない貴公子として。この7年、私なりに、拙いながらもギュンメル伯の統治に協力してきたという自負はあります。ウッドメルの統治に必要であるならば、父の治めていた土地が広がり豊かになるならば、私はどう言われても、どうなっても良い。そう思っていました。しかし、死んだのはヤンだった。」


 ……ヤンは、叔父上に殺されたのでしょうか?

 「信じたくないが」という思いが、はっきりと伝わってくる。


 「兄としては、許せない。しかし、もしウッドメルの統治のために必要なことであったならば、どのようなことでも許せそうな気持ちもあるのです。叔父上が私たち三人を全て害するつもりだ、などという話も漏れ聞こえてきますが、それは信じられません。叔父上は、必ずウッドメル家復興の手助けをしてくださる。この7年傍にいて、叔父上のやり方を観察して得られた、確信です。」


 ……なぜ、ヤンだったのか。本当に、叔父上のなさったことなのか。知りたいのです。

 それが、本音か。


 「死霊術師(ネクロマンサー)は、霊魂を使役できると聞いています。意思の疎通が取れなければ使役はできないはず。霊魂とコミュニケーションが取れるのですよね?ヤンから、死の真相を聞きだして欲しいのです。」


 死霊術のことを細かく知らなくとも、理屈の流れから自然な推論を立ててくる。幼い頃の評判通り、聡明な少年に育っている。


 「初めは、皆さん全員を否応なく巻き込むつもりでした。私には何の力もない。フィリアの背景、千早さんの剛力、ヒロさんの異能。どうにかして利用できないかとばかり思っていました。しかし、千早さんの話、ヤンに対する評価を聞いて、気づきました。歪んでいたのはヤンばかりではなかった。私も歪んでいる。」


 ケイネスの声は、さびしげであった。

 

 「脅すようなやり方は、人に仰がれるべき貴族の取る道ではない。叔父上のように、セイミのように、自然に人が集まる、同じ目標を目指して共に働きたくなる、その指図を受けたくなる。その中心にあるのが貴族です。」


 「今の私にできることは、一つだけです。全てを話し、皆さんに興味を持ってもらうこと。面白そうだ、気になるぞと首を突っ込んでもらうこと。それしかできません。」


 ……私の思いは、全て話しました。

 その言葉には、嘘は無い。と、思う。 


 「私はヤンの話が聞きたい。真相が知りたい。もし同じように思っていただけるならば、協力を願えないでしょうか。」


 真摯な願い。

 セイミが性格の明るさで人を惹き付けるならば、ケイネスは人柄の深みで魅了する少年であった。


 この少年は歪んでなどいない。

 ヤンとは全く正反対の意味で、女性が泣くことになりそうではあるが。

 


 最初に口を開いたのは、フィリアだった。

 「私も気になります。ヤンの人柄がどうであれ、それでも親戚です。ヤンの死の真相が知りたい。今後のギュンメル領とウッドメル領の行方に関わらないとも言い切れません。」


 千早は、反対した。

 「知らぬが花、という言葉もござる。ヤン殿の死因がいかなるものであれ、ギュンメルの平和は保たれ、ウッドメル家の再興も成るのでござろう?これ以上掻き回して、かえって我らの手に負えぬものが飛び出てきたらいかがなさる?」

 ……それに、知ることで、傷つく者も出てくるのではござるまいか?

 そう、つぶやいていた。



 「俺は……。俺は、協力したい。知りたい、という気持ちはあまりないけれど……。『死霊術師(ネクロマンサー)にできること』、『死霊術師(ネクロマンサー)にしかできないこと』だと思うから。」

 

 フィリアには、冷静さと政治力がある。千早には、生き抜く知恵と剛力がある。

 今後どうするつもりなのかは聞いていないが、確実に何かを成し遂げていくだろう。


 俺は、何を拠りどころにして、何ができるのか。

 それを知るために、何事であっても、取り組んでみたいのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 考え方と立場の違いが明確で良いですね。
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