第百五十一話 モテ期? その5
……少し、若い。
それが、リストを見せられた俺の感想。
今のカレワラ家に足りないもの。
それは、「おばちゃん成分」だと思っていた。
武は(、人数はともかく)、質は十分。
文・政はアリエルやモリー老がフォローしてくれる。
だからいま必要なのは、100%内向き、奥向きの能力。
内向き・奥向きにもいろいろあるけれど……。
初めてウォルターさんに出会った時のこと。
令嬢フィリアと武人千早にして、マチルダ夫人から「ご家庭の事情」まで聞き出していた。
クレア・シャープは、あちこちのゴシップ種まで含めて情報を押さえている。
「お客さまの接遇に必要ですから」などと、お澄まし顔を見せながら。
今後、俺はメル家から離れる。
情報の中枢に触れる機会が、減る。
だから、「耳聡い人」をお願いしたかったのだ。
「耳聡い人」とは。
俺のイメージとしては、「女性の好感度が高そうな人。実はきちんとしてそうな人。でありつつ……おしゃべりなおばちゃん」であって。
ついでに言うと。
俺も含めて、カレワラ家の中に、なんだ、その。
「間違い」の原因を持ち込まないような人。
「間違いを起こすのはヒロ君だけでしょ!?」
言わないでくれ、ピンクよ。分かってるから。
俺自身、思ってもみなかった。
そういうことって、起こりうるんだなって。
いつ遭遇するか、分からないんだなって。
「そういうものよ、男と女って。……男と男もだけど。」
名人アリエルのつぶやきには、素直に頷いて良いものかどうか迷うけれど。
だからとにかく、「ちゃんとしてそうな、おばちゃん」。
上○恵美子とか、いと○あさことか。
そういうタイプに、来てほしかったのだ。
が、リストに挙げられているのは、最年長でも25歳ぐらい。
王国社会では、その、若いとは言い切れない年代だけれど。
それでも、俺が思っていたよりは、若い。
「もう少し年上の方は……。」
「ヒロさん、新都は成立してから30年ほどしか経っていないということを、忘れていませんか?」
忘れておりました、フィリアさん。
貴族が移り住んできて、事情のある子が生まれ始めたのも、30年前からじゃないか!
「男性は、ともすれば若い姉妹を迎えようとされるもの。男爵閣下のお心映え、嬉しく思います。」
後光が差しそうなほどの笑顔を見せたヴィスコンティ枢機卿猊下だったが。
すっと、その温顔が曇った。
「いえ、男爵閣下は若くしてご両親を亡くされたとか……。まさか、その……。」
「マザコン!?やだヒロ!浮いた噂が無いと思ったら!」
レイナが、濁した語尾をわざわざ浮かび上がらせる。
本当の事情……「転生」のことを知っているフィリアと千早は、笑いを堪えている。
「違います!純・粋・に!色気抜きでお願いしたいんです!」
レイナの目が、細められる。
「何でそんなに『色気抜き』にこだわるのよ?」
口以外の全てが、「怪しい」と告げている。
「最初から言ってるだろ!幹を育てる前に、枝葉を出したくは無い!」
先ほどまでの小じゃれた会話が、台無しである。
「失礼致しました。私が余計なことを申し上げたせいで……。」
全くです、枢機卿猊下。
どうもねえ。女の園の住人ってのは、男に対する物の見方がやや偏っている気がする。
性獣扱いは、勘弁してもらえませんかねえ。
「ケダモノだったじゃん。」
もういいだろピンク!
「『耳聡い人』ですか。それでは、シスター・カタリナはいかがでしょう。」
呼ばれて出てきた、カタリナさん。
メガネをかけた、落ち着いたお姉さんだった。
「御前に、猊下。」
「シスター・カタリナ。皆様に、お茶のお代わりをお願いします。」
枢機卿猊下は、カタリナに用件を教えない。
「外に出られるかも」と告げた後で、俺から「お祈りいたします」と言われてしまっては、ね。
それは残酷に過ぎる。
カタリナの振る舞いは、「適切」だった。
レディファースト。レイナ、フィリア、千早の順。
男では、俺から。
修道院らしく……と言う事も無いけれど、円卓に適当に座しているというのに。
付け焼刃貴族で、詰襟を着ている俺よりも、エメ・フィヤードの方が「偉く」見えてもおかしくないのに。
余計な事を言わずに、去ろうとする。
「そこに控えていてください。」
枢機卿猊下のその声に、躊躇いも無く足を止める。
侍女教育を受けているからでは、無い。
反射神経が良いからでも、無い。
予測済みならではの、反応だ。
敏い人だとは、思う。
が、「耳聡い」か?
俺が思っていたのとは、ずいぶんタイプが違うけれど。
ヴィスコンティ枢機卿が、話題を戻した。
挨拶代わりに交わした、戦勝のお祝いへと。
「フィリア様の指揮により、王国軍は大勝。感謝の念にたえません。」
「猊下、ここは俗世とは異なる神の家。シスターフィリアとお呼びください。」
「千早さんも、大きなお手柄を挙げられたのでしたわね。ほら、その。」
振り向いた枢機卿猊下の代わりに、カタリナが口を開いた。
「千早・ミューラー卿のお手柄でしたらば、ピョートル殿下とおっしゃるそうです。」
「千早で構いませぬよ。気恥ずかしうござる。」
枢機卿猊下が、俺に目を移し、少し困り顔を作る。
俺の手柄は、「素人受け」するものではないから。
カタリナが、何かささやいている。
「そうでした。ヒロさんは、前線で内務を切り回されたとか。それで男爵閣下におなり遊ばしたのでしたわね?……え?あ、失礼致しました。王国の民生に寄与された功績でしたかしら。」
なるほど、耳聡いわ。
口にしているのは、表に出ている情報には違いないけれど。
女子修道院にあって、前線の情報を集めようとすること自体、少し特異と言って良い。
「秘書さんみたいですね。」
レイナのツッコミに、困り顔を見せている。
枢機卿に、目を向ける。
「構いません。お答えなさい?」
「少しずつ、そちらの仕事も任せていただけるようになって参りました。」
口を閉ざす。
「適切な」表情で。
だが、その伏し目は、俺を見ていた。
やはり、用件を正確に把握している。
俺が口を開くべきところだな。
「では、神に仕えると決断されたのですか?」
「皆様から、俗世の話を伺います。特に、姉妹たちの話を聞きますと。悲しみは尽きぬものだと……。」
修道院を出るつもりが、無い?
いや、それなら枢機卿猊下が話を持ちかけることも無いはずだ。
「男女の問題、浮気だのお家騒動だのは、うんざりだ」ってわけね?
「閣下も、若くしてご両親を亡くされたとか。」
マザコンじゃないんですか?
耳聡くていらっしゃいますこと。
でもさあ。
シスターピンク(シスターとは言ってない)もそうですけど。
どうして皆さん、「私をそういう目で見ているんじゃないの?」って!
自意識が少々、過剰ではありませんこと!?
モテ期って、そういうものなんですか!?
ヴィスコンティ枢機卿猊下が、やきもきした顔を見せる。
「だからこそ、家の中に悲しみを生みたくは無いと。カレワラ閣下はそうおっしゃっています。」
なるほどね。「耳聡い」の意味が分かってきた。
この人の持っている落ち着き・安定感。
「相手に言わせる」、「聞き上手」ってタイプなんだろう。
引き出すんじゃなくて、自然に情報を吐き出させてしまう。彼女の元に、集まってくる。
そういうのも、アリかな。
ピーターが、笑顔を見せる。
アカイウスは、顎を引いた。
二人も、了承したということで。
アカイウスが、口を開く。
「カレワラ家の奥向きをお願いしたい。王都での勤めとなります。細かい条件は、こちらに。」
少し、瞳が揺らいだけれど。
「よろしくお願いいたします。」
これまた「適切な」声音と共に、カタリナが頭を下げた。




