第百五十一話 モテ期? その4
聖神教女子修道会の新都司教区座聖堂。
その門は、敷地の広さや建物の格式に比べると、不相応に小さい。周囲には、高い壁が巡らされている。
万人に開かれてあるべき、宗教施設なのに。
女性ばかりだし、警備の都合だろうな。
2年と少し前、初めて訪れた時にはそう思ったけれど。
今にして眺めてみると。
脱走防止の意味も、あるのだろう。
その小さな門に、見慣れた顔が出迎えに来ていた。
ヴィスコンティ枢機卿猊下の秘書さんだ。
門前で、変則的な隊列を組む。
男性を女性で取り囲むのである。
捕食者の罠から、男性を守るために。
この門をくぐる者、一切の希望を捨てよ。
そう。女性に対する幻想を捨てられぬ者は、この門をくぐる資格が無い。
捨てたつもりでも、目に麗しきを見れば、耳に心地よきを聞けば、心揺らぐであろう。
ローブを深く被り、修道士のごとく、ただ足元を見て歩むべし……
って、おいお前ら!ズルイぞ!
いつのまにローブを!
俺一人だけ悪目立ちしてるじゃないか!
ユル!お前の体に合うローブなんて……それ座布団!小学生の避難訓練!
「アカイウスさんが、ここではローブを被るものだと。」
アカイウス!……は、聞こえない振りしてるし!
ピーター!
「マスター、貴族は目立つのが仕事です。評判になるような男ぶりを……w」
「あるじはお付きにいじられて何ぼですよ、閣下。うらやましい話です。うちの姫なんて、ひとついじったら、3倍返ししてくるからたまりません。」
さもあらん、エメ・フィヤードよ。
汝のあるじ、レイナ嬢は難物いや、尤物にあらせられる。
にしても、君もローブですか。準備良いね。
「あるじがアレですと、従者も鍛えられざるを得ません。」
聞いたかピーター。
覚えてろよ?しごいてやるからな?
窓から、物陰から、殺気に近い視線を浴び続ける。
気づきたく無かった!
武術の腕が半端に上がるというのも、つらいものだ……。
ん?
俺にだけ浴びせられているわけでは無かった。
それに。俺に向けられているのは、捕食者の視線であって。
……殺気を向けられていたのは、フィリア。
レイナは、押しも押されもせぬお姫様。
千早は、「平民」上がりの武将。
視線の主たちとは、共通項が無い。互いに別世界を生きる者。
しかるに、フィリア。
それは、メル家は大貴族であろう。
それでも、六女。聖神教のシスター。
同じなのに。
何で、あの人は?どうして、私は?
……気づきたく、無かった。
「慣れることです。『思っているだけの者』には、何もできません。」
「実行に移すようであれば、某の出番でござるがな?」
「気に食わないわね、ヒロ。哀れみ?何様のつもりよ。」
3人は、視線を前に据えたまま。
だから、俺も。
視線には、気づかぬ振り。
鷹揚に、若手貴族らしく。
羨望。
その視線を知れと。その視線を、弾けと。後ろ髪を引かれるなと。
そういうことか、アカイウス。
相変わらず厳しいな、お前は。
「ようこそおいでくださいました。皆様おそろいで……。あら、インテグラ様は?」
秘書さんは、気まずそうだ。
「使者を出したのですが、取り合ってもらえなかったとか。見たこともないほど厳しいお顔色だったそうです。……何か失礼がありましたでしょうか、フィリア様?」
「さあ?インテグラ姉が、怒ったのですか?」
ああ、はいはい。アレね。毛羽毛現。
「新たな研究テーマを発見された直後のようです。」
「なら、仕方ありませんわね。」
自身も研究者であり、配下に学究肌を数多く抱えるヴィスコンティ枢機卿。
大いに納得した模様。
すぐと、お茶が出てきた。
戦勝だの、無事の帰還だの、手柄だの……。
そういったことへのお祝いの言葉が続き。
銃後における聖神教の貢献だの、前線におけるメンタルケアへの感謝だの、女子修道会の奉仕活動に対する賛美だの……。
そういったことを言い返し。
「ヒロ・ド・カレワラ卿は、男爵に叙任されたとか。まことにおめでとうございます。」
はい、本題。
ここまでが長いのが、貴族の会話なのである。
先に切り出したくは、ないから。
お互い、分かっている。
ただ、問題は。
ここは相手のホームであり、何かと忙しくて時間が惜しいのもこちらであるということで。
ああもう!
「女子修道会の皆さんを、イースで見かけました。士卒みな、献身への感謝を口にしています。その感謝を形にした者、あるいはご縁を結んだ者などもあったと聞いております。」
ヴィスコンティ枢機卿猊下が、満面の笑みを浮かべる。
「献身は私達の義務であり、喜びです。とは申しますものの、寄る辺無き女性も多い、我ら女子修道会。心細い思いをしていた姉妹に憩う木陰ができたこと、喜ばしく思っております。」
「カレワラの家でも、木に水遣りをしてくれる方がいらっしゃらないものかと。そう思っているところなのです。」
「戦争は、不幸な出来事ではありますが。軍に身を置く男性と同様、姉妹達にとっても、ひとつの機会であったようです。積極的で、魅力的な姉妹たちが、こちらを巣立って行きました。」
はいはい、分かってます。
「肉食で、見た目が良いシスターは自分で売り込んだから、いなくなっちゃった」ってことでしょ。
あけすけに過ぎる表現だけど。
でも、まあ。幸せになった人がいたのは、良いことだ。
「ご安心ください。カレワラの家は、まだ小さな木。幹を伸ばす前に枝を増やすわけには、参りません。」
家系図の枝を増やす前に、やることがありますので。
愛人採用ではありません。容姿その他、「そっち」は不問です。
「貴族は、末の広がりを思うもの。そのことは重々承知の上ですが。枝が繁り過ぎた木は、やはり好ましいものには見えませんものね。」
一夫一婦制を採用している(それが建前であっても)、聖神教。
枢機卿猊下は、ずいぶんとご機嫌であった。
そのまま秘書さんに、呼びかける。
「では、シスター○○を……。」
「少々、お待ちいただきたく。」
水遣り……ではなく、冷や水担当、アカイウス。
「家の中に『草』を生やす訳には参りません。見つけ次第刈り取るのが私の仕事。我があるじの慈悲深さは、猊下もご存知のところかと。ご配慮を願えれば、これに勝る幸いはなく……。」
「猊下も知ってるでしょう?うちのご主君、平民上がりで甘いところがあるんだから。つけこむ輩には私が対処します。容赦はしません。」ですか。
ウチの庭師は、気がきつい。
そういえば、さっきからずっと、ユルも目を怒らせて……いるのか?
きらきらしてるからよく分からないけど。
筋肉が膨れ上がっていることは、確かだ。
アカイウスに言われたんだな?
いずれにせよ。
ひと言、付け加えねばなるまい。
「このアカイウスは、郎党頭。全幅の信頼を置いております。」
ちょっと渋い顔をした、ヴィスコンティ枢機卿猊下。
が、すぐにまた笑顔に変わる。
「信頼のおけるご家中で、安心いたしました。確かに男爵閣下におなり遊ばしたのですね。」
「常識人」の、ヴィスコンティ枢機卿猊下。
この社会の常識にのっとり、「家」に信頼を置き、「立場」で人を見る。
目が曇っている、俗物だ……というわけでは、無い。
こと研究者を見るにあたっては、「ただ才あるのみ」を貫く人なのだから。
「きちんとした家に属する者は、社会常識を逸脱した行動を取らないであろう」。
そういう意味合いで、信用しているのだ。
人を預けることを思えば、それが確実だ。
「困りました。私としては、信仰心の深い姉妹がよろしかろうと思っていたのですが。忠誠心の何たるかを、心得ていますので……。」
やっぱりスパイを送るつもりだったんじゃないか(憤怒)
「誤解されては困りますわ?神の家を離れ、俗世の家に入る姉妹に、厚かましいお願いをすることはありません。」
ああ、はい。
お願いするのは、伝道という密命ですね?
次世代ができたら、聖神教を吹き込んでしまえと。
「私は死霊術師ですので。あまり厳格な聖神教を口にされる方は、家風の点で……。」
千早が、頬を緩めた。
あ、これ。
天真会からも一人雇う流れだ。
うーん。経済的には、まあ行ける……と言う以上に。
王都では、侍女一人と言うわけには行かないことも、確かだ。
両宗教から人を入れて、互いに牽制させる。それも悪くない。
我ながら、嫌なことに頭を回すものだけれど。
ともかく!
方針は、決めてあるのだ。
「カレワラ家としては、『耳聡い』方に、来ていただけないものかと。」




