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第百五十一話 モテ期? その2

 


 俺のモテ期など、あるのだか無いのだかの、そこはかとなきもの。

 本格的なモテ期を迎えていたのは、千早・ミューラー嬢であった。



 当然だ。

 年が明けて16歳、まだまだ世間知らずの小娘。

 平民上がりで、貴族のしきたりや政治経済の経験が無い。

 保護者たるべき親もいない。


 それでいて、年収……いや、「年商」のほうが、イメージとしては近いかもしれない。

 年商数億円を越える法人である「領邦」の支配者。


 こんなカモが、どこにいる。


 「三男坊に家臣団をつけて送り込み、乗っ取ってしまえ」。

 そう思うのが、あたりまえ。



 そのこと自体は、必ずしも責められることではない。

 王国では、人は家のために生きるのだから。

 中世・近世的な社会における貴族の本質とは、地縁血縁で結びついた暴力集団なのだから。


 ヨーロッパの騎士、中国の地方豪族、日本の鎌倉武士団。

 王国貴族も、それらと何も変わらない。

 

 

 目端の利く者……。

 つまりは、インテリ何とかであるが。


 そういう貴族は、情報の大切さを知っている。

 

 千早・ミューラー嬢と言えば……。

 平民上がりと言っても、ファンゾ百人衆なる領邦貴族・武闘派集団の出であること。

 天真会という宗教サークルの姫であること。

 庇護者がメル家であること。


 情報を押さえている者は、それは紳士的に、マナーに則った上で、申し込んでくる。

 プレゼン資料の束を抱えて。

 「『両血族』の繁栄のために、こちらから差し出せるものを提示いたします。どうぞ、目を通していただくだけでも……。」

 まるっきり、営業である。

  

 

 こうした「紳士的なマナー」とは、つまり。

 暴力集団どうしが血を流さず交流することを目的として、長年培ってきた文化であって。

 要は「仁義」なのであるが。

 

 仁義を破れば、それは「本来あるべき対応」を取られることとなる。



 素っ裸の若者の集団が、門扉無き正門にくくりつけられていた。

 睦月の寒風に晒されて。


 天真会極東総本部からの帰り道で千早を拉致し、王国社会で婚姻成立に必要とされるもろもろの「既成事実」を作ろうとしたらしい。


 ……拉致されたのは、彼らであったが。

 千早の「腕」に関する情報すら掴んでいないとは、間抜けにもほどがある。



 「私達は宗教者です。貴族ではありませんので。」

 ―命ひとつは勘弁してやった。


 アランが糸目を光らせながら、微笑んでいた。


 愚かな若君を取り返そうとするけなげな郎党が、信者に取り囲まれて袋叩きにされている。

 柱のオブジェが、ひとつ増えた。

 


 「何も素裸にしなくても。」


 「家紋も含めて晒し物にするよりは、マシでしょう?」


 「ヒロさん、あいつらが何をしようとしたか、分かって言ってるのかしら?」


 「あ……そうでした、ロータスさん。これは失礼を。」



 「自力救済禁止」・「司直の手に委ねる」という発想は、現代の、それも「先進国」だけで成り立つお話であって。

 王国社会では、「自分(達)の身は自分(達)で」守らなくてはいけない。

 

 再発防止のためには、動員力を、戦闘力を、団結力を、見せ付けざるを得ないのだ。

 特に、天真会は多くの孤児を抱えているのだから。



 これが貴族どうしならば、すでに血が流れている。

 柱に縛り付けられている阿呆も、ことが貴族同士であれば、こんな暴挙には出なかったはず。


 

 ため息をつく俺の耳に、車輪の響き。

 バルトロメオ・カヴァリエリ司教が、到着された。

 聖神教・新都司教区の責任者が、天真会に何の用だと言うのか。



 「これは、男爵閣下。」


 丁重にご挨拶してくださるけれど。

 少し、不機嫌そうだった。


 もともと死霊術師が嫌いな人だし。

 それに、権威主義的なところのある人だ。「呼び出された」ところを見られたのが気まずいのだろう。




 「カヴァリエリ司教。手紙でも申し上げましたが、この者たちは、天真会の信者を拉致する計画を立てていました。無理やりに婚姻手続を取る目的だったそうです。某区にある教会に、話を通してあったとか。」

 

 「こちらで確認をとりましたところ、お話にあった教会では、『婚姻の手続きを取りたいという話は伺っておりましたが、そのような無体とは聞いておりませんでした』とのことです。」



 睨みあっているけれど。

 それじゃあ、済まないよなあ?



 「何区なんですか、支部長?女性としてはとても許せません。直接問い質します。」

 「こんなことがあった後ですよ?危険です。どうしてもと言われるなら、私達が……。」


 ロータス姐さんとシァオファンが小芝居を始める。

 「カチ込むぞ」ですね、分かります。

 


 「どうか、信じていただきたく。再発防止のための措置を、こちらにまとめました。被害に遭われた女性にも、聖神教からお見舞いを……。」  

 


 扉の陰から、「被害者」が顔を出す。

 「一切被害に遭ってはおらぬが、な?」


 「その、有力な構成員とは伺っておりましたが……。」


 「このような事件です。女性の名誉に配慮し、名前を伏せました。」


 アランも人が悪い。 

 が、カヴァリエリ司教も粘る。


 「千早・ミューラー卿でいらっしゃいましたか。武勇隠れも無き卿のこと、それでは被害など、あるはずも無く。」


 白々しい。賠償なんか、払えるか!

 


 「恐ろしい思いをしたでござるー。某の領内では、聖神教徒など見たくないでござるー。これも、『新都の』教会のせいでござるー。」

 

 領内出入り禁止にするぞ?

 「極東担当・上司であるピウツスキ枢機卿の業績に、新都担当のカヴァリエリ司教が不手際で味噌をつけた」ことにしてもいいんだぞ?

 


 カヴァリエリ司教の鷲鼻に、脂汗が浮き始めた。

 どうしてこう、聖神教の聖職者は、感情表現がストレートなのだろう。


 千早も、これは素直に用件を切り出すほうが良いと思ったか。


 「しばらくは、縁談を持ち込まないで欲しい。それだけでござるよ。こちらも忙しいゆえ。」

 


 忙しいけれど、縁談を捌ききれないほどでは、無い。

 要は、力関係の問題なのだ。


 貴族達は、千早の権力基盤が固まる前に、割り込みたいと考えている。

 千早は、結婚する(家の中に他家の者を組み入れる)のは、自分の権力基盤が固まってからだと考えている。



 「なるほど、ごもっともなお話です。さすがはファンゾの名家ご出身、『分かって』いらっしゃる。」


 「聖神教を排除しては回らぬことも、『分かって』おりまする。もちろん、領内での活動はこれまで通り。」

 

 「安心いたしました。聖神教信徒の諸卿に、『千早・ミューラー卿との婚姻手続は、しばらく受け付けない』と。そうほのめかします。『愚か者が、婚姻の秘儀を貶めようとしたせいで』。」 


 「さようでござった。縛られている『愚か者』も、お引渡し致す。『お土産』にござる。」


 解放のお手柄を差し上げる。

 そちらで好きに恩を売ってくれて構わない。


 「これは、ありがとうございます。ええ、我ら宗教者、あまり暴力的なことには、巻き込まれたくないものですね。」


 メイスを振り回して裸で霜月の川に飛び込んだ三十路の高位宗教家から、大変ありがたいお言葉を耳にすることができた。

 


 「領内での活動は、『これまで通り』にござる。阿呆を叩きのめすことには、躊躇いを覚えませぬゆえ。そのこと、ピウツスキ枢機卿猊下に、確かにお伝えいただきたく。」


 過度な布教、政治への介入は、断固拒否する。

 忘れてくれるなよ。





 ……と言った、顛末にござるよ。



 「そうなのよね。モテ期なんて、碌なもんじゃない。それにしても千早の話は、特別色気がないわね。」


 「『天真会を背景に、聖神教を通じて対処』ですか。貴族相手でしたら、私やメル家を背景にしてくれても良かったのに。」


 「分かってるくせに白々しいわねー、フィリアも。これ以上メル家に借りを作ったら、独立した領邦じゃなくて、郎党に近づいちゃうじゃない。何のためにメル家じゃなくて王家から領地を受けたか、わかんなくなっちゃう。」


 「レイナさんも、狙っていたでしょう?立花の名前で介入する機会。」



 ほんとうに、色気が無い。

 これが貴族のモテ期なのか。


  

 「堅い話ばかりされては、縁談が遠退きますわよ?モテ期の来ないフィリアさん?」

 

 レイナさん、爆弾をぶちこまないでください。

 


 「私達は同い年でしょう?相手がいないのも、みな同じ。」



 「千早は天真会、ご領主様。『未婚の母』でも良いわけよ。適齢期も相手の家柄も、婚姻手続きも関係ない。生まれてくる子は確実に千早の血筋なんだから。郎党も領民も、納得する。」


 レイナさん、それまんまブーメランじゃ。

 あなた、王国貴族筆頭、立花家の総領でしょ。千早みたいに自由には行かないはず。

 あ、弟ができたから、継がなくてもいいんだっけ……。 


 「あたしにしても、立花よ?事情は同じ。独身を貫く『恋多き女』が当主になったこともある。相手が誰だかなんて、関係ない。『立花の子』であることは、確実なんだもの。」


 「立花だから」で済まされてしまう、トランプのジョーカーのような存在。

 歴代ご当主、やりたい放題だったようだ。



 「その点、フィリアはどうなの?まだ立場が決まってないのに、そろそろ適齢期も後半。家格が高すぎるから、候補が限られてる。聖神教の神官資格を持ってて、『未婚の母』はマズイでしょ?」



 これは、言い返せない。

 レイナさん、人を追い詰めるような話題は、貴族の社交としては、その……。

  

 ああもう!

 会話の間をつなぐのは、貴族の義務である。


 「ま、ほらあれだ。いざともなれば、ソフィア様みたいに。どうとでも。」

 


 千早が、呆れたような顔でこちらを見る。

 「男が口を出してはならぬ場面であろうに」と目が語る。


 

 「そもそもなぜ、ヒロさんがここに?女子会とは言いませんが、不躾ではありませんか?」



 話題の転換には、どうにか成功したようだけれど。



 俺にしても然り、千早にとっては尚更。

 モテ期とは、歓迎すべき事態では、決してない。

 

 それなのに、面倒な話がまた一つ浮かび上がってきた。


 冗談でも、アレックス様のご託宣だ。

 「女難の相」、本当に存在するのかもしれない。




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