第百五十一話 モテ期? その1
「変態。ケダモノ。近寄らないでくれます?」
ピンクの目が、険しい。
「仕事中に、控え室で。何てカッコで何しちゃってるわけ?」
問い詰められると、刺さる。
ついでに付け加えるならば。
相手は16歳である(すでに新年は、迎えていた)。
いや、俺も16歳だし!
こっちの社会では、堂々たる成人だし!
「ミーナちゃん、いい子だけどさ。こう言っちゃなんだけど、容姿はそこまでじゃないでしょ?見境無さ過ぎるんじゃない?」
おうこらピンク。
人の魅力……いや、いまその言葉は不適切か。
人間の価値は、容姿で決まるもんじゃないぞ。
「開き直ってる。こっち見ないでよ。」
「自意識過剰よピンク。ミーナちゃんはあんたより数段マシ。容姿のことじゃなくて。いや、容姿も含めて。」
アリエルが火に油を注ぐ。
「何よアリエル!あたしはあんなもの描いてるけど、自分がおかしいって自覚あるからね?行動は慎ましくしてるんだから!実行に移しちゃう鎧フェチと一緒にしないで!」
女子はいろいろと遠慮がないとは、聞くけれど。
そういう言い方はさあ……。
!
ふと、思った。
ミーナは、これからも鎧を作るたびに?他の男と?
おかしな感情が、頭をもたげ。
「一度抱いただけで、彼氏気取りですか!俺の女だって?好きでもなかったくせに!」
「喪女が言っても締まらないのよねえ。」
ふと起きたおかしな感情は、すぐに消えてしまった。
さらりと流した、アリエルの言葉。
その抑揚の無さと、俺の感情と、同じところをたゆたっている。
それは、無い。
ああいうことは、もう、起きない。
ピンクは、まだガタガタ言っているけれど。
「何それ、あつかましい!これから、俺以上の男は現れないって?バカじゃないの?」
そういうことじゃ、ない。
俺が着ている鎧は、アマチュアとしての彼女の、最後の作品だ。
これからミーナは、プロになる。
採算と、納期をにらみながら仕事をする。
海竜の鎧。
費用に、いやそれ以上に、時間や構想、アイディアに糸目をつけず。
思い入れまで含め、「全部載せ」できた、最初で最後の作品。
ミーナは、何かに別れを告げたのだと思う。
彼女が俺に身を任せることも、もう、無い。
「カッコつけてるけどさ、それってヤリ捨てと何が違うの?」
ピンク!いい加減にしろ!
俺はともかく、ミーナを何だと思ってるんだ!
「『お貴族サマが、平民の娘をもてあそんで捨てました』。それと、何が違うのよ!サイテーだよ!」
それはだな……。
「違うわね。」
「違うでござるな。」
俺が口を開く前に、アリエルとモリー老が同時に割り込んでいた。
「ピンク殿。ミーナ殿を貶めてはならぬ。何と心得てござるのか?」
「ギルドに所属する親方よ?いち平民、力なき町娘じゃないわ。」
色気の無い話になるけれど。
ギルドの親方は、平民にとっては、これまた「立志伝中の人物」である。
商人で言えばブルグミュラー会長と同じ。
軍隊で言えば石頭のジョーと同じ。
ふつうは、ゼロから成り上がれる存在では、無い。
学園出でもなければ、その地位に駆け上がることは、まず不可能。
千人隊長のジョーを例に挙げたけれど。
同じ千人隊長である、マグナムと比べるならば。
現時点ではマグナムよりも、ミーナの方が社会的な地位が高い……いや、「社会的に見て、立場が強い」。
「貴族の地位に任せて、強制したわけではござらぬ。それは分かってござろう?」
「ひとりの女が、ひとりの男と恋をした。分かるでしょ?それをガタガタ言うから、あんたはお子様なの!……そりゃあ、いろいろと大胆だったとは思うけど……。やだちょっと!」
そう。
ひとりの男とひとりの女が恋をした。
そういう話なのだ。
でも。それ以上は勘弁してくださいアリエルさん、お願いします。
「ヒロ、あなたもよ?他人のことなら部屋のドアを開けておくような気が回るくせに、自分のこととなると、てんで警戒心が無い。カレワラ家当主の立場、理解してるの?」
「ミーナ殿ゆえ、問題はなかった。職人として立つ、その強い覚悟をお持ちの御仁。ヒロ殿から頼んでも、カレワラ家に入ろうとはせぬであろう。」
「子どもができても、親方ならね。一年二年仕事を休んだぐらいじゃ、地位は揺るがないし。」
そうなれば、そりゃもちろん、こっちからもだな。
果たすべき責任は果たすぞ。
「今さらそこに気づいたくせに。」
ピンクの目は、まだ冷たいけれど。
俺は、社会人であって。
そこそこに、貯金もあるし。仕事にも就ける……はずなのだから。
無意識でも、それは分かっていたんだからね!
「子供を引き取る気?やめときなさい。」
おいアリエル。
「さよう。養育費を渡す……それすら、ミーナ殿は嫌がるかもしれぬ。『折り折り、製作の注文を出す』程度に留めるべきでござろうな。」
モリー老?
「あなたも見たでしょ?クラース。ファン・デールゼン家の。」
「身分違いのおなごとの間に、子をもうける。後に、つりあった身分の正妻を迎える。何が起こるかは、見えるでござろ?正妻がよほどの『人物』で、かつその地位が安定しないかぎり、関わりを持ってはならぬ。子と、その母の安全のためにも。」
「なんか、大変なんだな。でも、子供ができたと決まったわけじゃないんだろ?」
「確かに。取り越し苦労など、するものではない。気が休まらぬ。ヴァガン殿も、そこはさすが、出家にござるなあ。」
ヴァガンのおかげ(?)で、追及は止まったけれど。
ミーナちゃんを見習いなさい、ヒロ。
彼女は、きっちりけじめをつけたのよ。今までの自分に。
アリエルの穏やかなひと言は、重かった。
こうしたお説教を食らうにも、理由がある。
新都在住の一部貴族から、そろりそろりと縁談の話が舞い込んでいるのだ。
現在俺は、学園の寮に間借りしている。
学園は、ひとつの独立した組織ゆえ……その中に、無関係者を送り込むことはできない。
したがって。メル家や、あるいは学園の生徒を通じて。
ちら~りほらり。
と、そんな調子の「ほのめかし」が、耳をくすぐるのである。
「やめときなさい。」
アリエルが、ピシリと……いや、この重低音。
ズシリと、釘を刺す。
「カレワラの家格からすると、新都在住貴族で釣り合う家は、少ないの。王都に出てから考えなさい。クラースの悲しみを、子に味あわせたくはないでしょ?」
「……と、アリエルからは言われております。」
「まあ、そうだろうな。ウォルター、リーモン家とほぼ同格とあっては。私の若い頃に比べれば、だいぶ面倒なことだ。」
アレックス様は、苦笑するけれど。
これだけのイケメン、十代半ばを前に武術の腕は聞こえていたと言うし、17歳で十騎長。
19歳頃からは、ソフィア様が手を回していた(確信)としても。
それまで、縁談の一つもなかったのであろうか。
「家柄に加え、三男坊。気楽だが、良い話など一つも無かった。」
内心を、拾われていた。
ちょっと不躾だったか。
「『女難の相が出ている』とでも、言い返すべきところか。……ほどほどにな。」
アレックス様も、間違いなく塚原先生や李老師の域に達し始めていらっしゃるようで。
「実質年齢で3つ年上」ならではの、兄貴分らしい笑みを浮かべている。
これは、あれだな。
アレックス様ならではの、相応しい青春を送ってきたに違いない。
「殿方2人で、何を?」
ヒエッ。
とうに気配を察知していた、兄貴分。
当然、動揺など見せるはずもなく。
しかし俺の様子を見たソフィア様、眉を寄せる。
「私には聞かせられない話ですか?」
「いや、ヒロにもいろいろと悩みがあるようで。……若い男のこと、勘弁してやってください、奥様。」
「ま、そういうことにして差し上げます、だんな様。」