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第百五十話 新都コレクション その1


 貴族(家名持ち)のできるアルバイトは、限られている。

 学園入学当初、曲がり角でぶつかったレイナに対する説明でも書いたところだけれど……。



 貴族は、「労働」をしてはならない。



 これまで、面倒なので「お給料」と書いてきたこともあったが。

 厳密には、ひとからお給料をもらってはならないのだ。


 もらって良いのは、「礼金」「歳費」「実費」などなど。

 分かりやすい典型例が、「お月謝」である。



 ありがちなアルバイトとして。

 女性であれば、住み込みの家庭教師(ロッテンマ○ヤー先生である)や、楽器の先生など。

 男性であれば、武術道場の師範代。


 ほかに、事務弁護士ソリシターを務めることも、許される。

 (王国では、代書をした時点で、事務弁護士を名乗ることができる。)



 3年暮らす内に、何となく、見えてきた。

 要は、日本で「先生」と呼びかけられていたような職業ならば、従事しても良いのである。


 医者、弁護士、(この国にはいないけれど代議士)、教職、聖職、作家に音楽家。

 ガラの悪いところでは、「用心棒」……あるいは、傭兵。

 「センセイ、やっておくんなせい!」と呼びかけてもらえる以上、先生にして紳士なのである。



 レイナやマリアは、コンサートを開いていた。

 あれは……。どう言えば良かろう。

 「コンサート」というよりも、ニュアンス的には「専門家(先生)の講演会」に近いものを感じる。

 あるいは、「音楽大学教授の演奏会」的なイメージであろうか。


 やっていることが、どれだけアイドル的であっても。

 貴族が舞台に立つ以上は、アイドルのコンサートとは一線を画されなければならない。

 俺にはイマイチ分からない、厳然たる区別があるらしい。


 マリアについても、これまで便宜上「アイドル」と言ってきたけれど。

 俺は、本人や周囲を前にして、その言葉を使ったことは無い。


 マリアは、貴族としての格は、高くない。

 いわゆる「アイドル」として売り出す、つまり(、この言葉の持つ差別的なニュアンスには、どうしても慣れることができないのだが)、「品の無い」「芸能人」としてデビューすることも可能であったわけだが。

 彼女は、それを嫌った。

 

 立花家のレイナと組むことで、「貴族のお仕事をする、音楽家」という路線に乗ったのだ。

 



 他には。

 衣服や宝石のデザイナーは、貴族の仕事としてセーフ。

 だが、衣服を売ることは、アウト。それは商人の仕事だ。


 この辺はまだ、何となく理解できるのだが。



 分からないのが、高級馬車のセールスマン。

 これが貴族のアルバイトとして、認められているのだ。

 どうにも理解できなくて、頭を捻っていたのだが。


 ある日、つながった。

 

 宝石デザイナーは、宝石を売ることもできる。

 が、彼らに言わせれば、「売っている」わけではないらしい。

 芸術作品・宝飾品の発表会・鑑賞会を開いているのである。


 「お楽しみいただけましたか?もしよろしければ、そちらの作品、お譲りいたします。」

 という、体を取っている。


 日本でも、絵画の展覧会には、そういうところもあったと思う。



 馬車も、同じであるらしい。

 高級な馬車を眺め、それを乗り回すひと時をお楽しみいただいた上で、「よろしければ、お譲りいたします」なのだ。

 セールスマンは、その手伝いをする仕事なのだろう。……たぶん。


 日本における、レ○サスのショールームにも、そういう風が残っている(?)のだと思う。

 スポーツタイプの高級車も、そうなのかなあ?……今の俺には、検証のしようもないけれど。


 


 で、今回俺が依頼されたアルバイトだが。

 


 モデルのお仕事である。



 どうやら、これにも似たところがあるらしい。


 高級品を扱うお店で、「貴族の生活」、「貴族の行動」、「貴族の着こなし」を実感いただいた上で、「今回の作品、お譲りいたします」。

 あるいは、「○○先生のデザインを、あなたのお側に!」というわけだ。


 モデルと言っても、腰をカツンカツン揺らして歩くわけではない。

 服なのだか布なのだか分からぬ……と言ったら、ダニエル・コクトーに怒られたけれど。

 ともかく、そういう服を着るわけでもない。



 鎧のモデルである。

 色気など、まるで無い。



 全身鎧は、高級品だ。宝石や高級馬車に匹敵する。

 その展覧会は、美術品の鑑賞会であり、職人という専門家達の製作(制作?)発表会であり、冶金学の先生たちによる学会なのである。

 その手伝いをすることは、貴族のアルバイトとして、許される。


 

 けれども。

 やっぱり、こっぱずかしかった。



 貴族のお歴々は、防具に対して非常に高い関心を抱いている。

 高位貴族になればなるほど、その身一つの持つ意義が加速度的に重くなるから。

 命だけは、何としても永らえなくてはいけないのだ。

 ……その命より名誉の方が重かったりもするのだから、訳が分からないのだけれど。


 ともかく。

 防具の展覧会とあれば、よほど手を放せぬ仕事でも無い限り、必ず顔を出す。

 

 貴族を見られる、あるいは「お宝」が拝めると聞きつけて、庶民も集まってくる。

 職人は、平民である(家名持ちの職人もいるけれど)。つまり「家名無し」は、彼らの隣人。

 「悪いな、遠くからで。お貴族サマが来てるからさ。でもどうぞ、見てってくれよ!」という姿勢は、貫かれている。


 もちろん、展示即売会や、オーダーのご予約も行われる。


 全身鎧だけではない。会場の周縁部では、「お求めやすい」防具の展覧会も開かれている。

 「修理承ります」と書かれたのぼりも、立てられている。



 つまるところ、お祭りなのである。


 第一部は、気鋭の作家による新作。

 第二部は、伝統の鎧。貴族達が、家伝の鎧を展示する。 

 

 

 その第一部。

 お祭りの中心、衆目の集まる中。

 鎧を着て歩き回るのが俺のお仕事と言うわけだ。


 「ヒロ君は、軍人貴族としてはちょうど真ん中辺りの体格だからさ。ありがたいんだよね。」

 とは、依頼人・ミーナのお言葉。

 

 マリア・クロウもアルバイトに来ていた。

 ウグイス嬢・進行役として。


 レイナも。

 意匠に関する論評を任されている。

 

 皆さん、しっかりしてますこと。


 それにしても。

 「オサムさんは?」


 「ウチの親父が、防具に興味なんてあると思う?」

 



 職人達は、俺に直接は話しかけてこない。

 何となく、ビクビクしている。

 「畏れ多くも男爵閣下」ということだろうか。

 

 ともかく、ミーナを通じて、意思の疎通を図ってくる。


 「光栄です。」

 「ご使用感は、どうでしたか?後で教えてください。」

 ぐらいなら、まあ分かる。

 直接言ってくれとは思うけど。


 「金具を一つ、止め忘れてます。舞台に出る前に、お願いします。」

 直接言ってください。お願いします。 


 「強そうに歩いてください。」

 遠慮してるんだか、遠慮が無いんだか。


 

 タメ口で俺に遠慮なく話しかけてくるミーナは、卒業半年にして、すでに彼らの取り纏め役のようになっていた。

 それが「学園」であり、「王国社会」。


 職人の社会は、ギルド制。

 日本で言えば、相撲の世界に似ているだろうか。

 「株」……独立の資格を受けられる者は、限られている。


 職人の多くは、親方の元に弟子入りし、徒弟生活を続ける。

 独立など、夢のまた夢。

 「親方の片腕、徒弟たちの兄貴分」になりたくて、日々励む。


 かたや、ミーナ。

 王都にある有力工房の娘。そちらで、ひと通りの修行は済ませた。

 学園での生活が、徒弟経験の代わりとみなしてもらえる。

 卒業すれば、どこぞの工房で、即座に「共同経営者」・「研究主任」。

 そのまま居着いても良い。


 独立を願うならば、完成品をギルドの審査にかける必要があるけれど。


 「だから、今回の展覧会。ヒロ君達3人の鎧を、審査に出すってわけ。」



 通らぬはずが、無いではないか。

 日々の仕事に追われながら作られた、徒弟の鎧とは違う。

 一年以上の時間をかけて、使用者である俺達と意見交換しながら作った鎧。

 ダニエルにデザインの相談を持ちかけ。

 使用感については達人・塚原先生からもアドバイスを受け。

 素材は最高級、海竜の鱗。


 通さぬわけに、いかぬではないか。

 出されているのは、俺と千早と……何より、フィリアの鎧なのだ。

 「通りませんでしたー」ということにでも、なってみよ。

 フィリア・(略)・「メル」子爵閣下の、面子を潰すことになる。

 審査員は、極東で仕事ができなくなる。




 「庶民の感覚、抜けてないんだね。」


 え?

 

 「言いたいことは、分かるよ。でもね。だからこそ、あたしは全力で、他を圧倒する鎧を作った。お歴々の家伝の鎧にも負けない逸品をものした。……優遇されているからこそ、誰からもどこからも文句を言わせない実績を叩き出す。ズルイだなんて、言わせない。それが、あたしたちでしょ?」


 あたしたち。

 

 学園の卒業生。

 優遇してもらえる者。

 貴族も、また然り。


 「分かるよ。あたしも、家名無しでありつつ、親方の娘だもの。学園の卒業生だもの。ヒロ君と同じ。2つの感覚を持ってる。」

 


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