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第百四十九話 お勉強 その1

 

 学園の寮に戻った俺だが、メル館には足繁く通っていた。

 いろいろと、やることがあったから。


 鍛錬場にも、もちろん顔を出してはいたけれど。

 他にもある。


 フリッツ・ヨゼフ・ベッケンバウアー先生をお招きしての紋章学講座なども、その一例なのだが。


 これが、ちょっとした骨だった。

 フリッツのヤツ、ここぞとばかりに先生風を吹かせる。

 家伝の知識を教わるわけであるからして、結構な謝礼金をも、お支払いする必要がある。


 もったいぶった講義内容にイライラしたアリエルが、脳内で騒いでいる。

 「80年ぐらい前までのことは、あたしがだいたい知ってるわよ。ここ80年ぶんだけ教われば良いじゃない!」


 と、そんな話を匂わせたところ。

 

 「ヒロさん。新しい紋章は、その人の出身母体である本家の紋章を知らなければ理解できません。次々と遡りますから、王国千年の紋章の歴史をですね……。」

 

 長話が続く。

 図鑑のような物を持っているので、その図面を写そうとすると、怒られる。


 「この図面を起こすのは、我がベッケンバウアー家にのみ許された、特権です。ヒロさんが書き写して良いのは、こちらです。」


 手書きのメモを見せてくる。


 フィリアを例に取るならば。

 「エスカッシャンのフィールドは四分割し、第一クォーターにはライオンを許されている。第二クォーターには鷲。第三クォーターはドラゴン、第四クォーターは百合。サポーターは二頭のグリフォンで、クレストは鷲……。個人紋は、紫のスミレ。題銘モットーは、『愛せよ、隣人であれば』。」

 

 この文言、いや呪文を覚えろと!?

 各家、各人について!?


 「いえ、紋章官ヘラルドの家ではないのですから、完全に暗記する必要はありませんよ。紋章を見たとき、この文言がそこはかとなく思い出されて、『ああ、フィリア様か』であるとか、少なくとも『メル家の方か』と。ヒロさんに求められているのは、その程度ですね。」


 「その程度」と来たものだ。

 バカにするなら、こっちにも考えがあるぞ?


 「ピンク?」

 「OK、任せといて?証拠を残さなきゃいいんでしょ?女神の小部屋に保管しとく。」

 

 そんな脳内会話に、またもアリエルが割り込んできた。


 「ちょっと、書き写すなんてやめときなさい!バレたらおおごとなんだから!」


 そんなに?


 「あのね、ヒロ。貴族の中には、『お家芸』を許されている家系があるの。陛下のお墨付きなんだから。それをないがしろにしたことがバレたら、失脚ものよ!?」


 「追放されたアリエルが言うと、重みが違うねー。」


 「お黙り!」


 「カレワラ家にも、お家芸あるの?」


 「ないわよ!バカにしないで!……って、分からないか。『お家芸』の独占を許されてるのはね、主に王室から分かれた家なの。零細で貧乏でおっとりしているから、お小遣い稼ぎをさせるためなのよ。まともに官職につくことができる家なら、必要ないってわけ。」


 「なれど、アリエル殿。家には盛衰が付き物。貴族は名流の衰微を惜しむものでござろう?王室以外の貴族には、セーフティネットは無いのでござるか?」

 

 「さすがモリー老は、家ってものが分かってるわね。そういうのは、あるわよ?『お家芸』みたいな独占業務じゃないけど……。権勢とは関係ない・当たり障りの無いところに『事実上、あの職にはあの一族が』っていう慣習は、ある。落ちぶれても、家をつなぐことだけはできるってわけ。」


 「敵は族滅せよ」を旨とする武家(領邦貴族)とは、趣が異なるようだ。

 まあ、いずれにせよ。


 「カレワラ家のセーフティネットは?」


 「例えば、王都の学園ね。そこの管理職。何人かいる副学園長とか、理事とかの一席は、カレワラ関係者だったわね。適任者なら学園長になることもある。」


 だからあの学園長、やけに俺に絡んでたのか。

 家名を名乗るようになってから、特にしつこいと思ってたら。


 「同業への親近感、でしょうねえ。」

 「後進の育成やも知れぬな。ノウハウが途切れているであろうと。」

 

  


 で、カレワラ家が記録抹消罪の憂き目を見て後、そうしたポジションは……?


 

 「メル家がその多くを引き継いでいますね。」


 頼りになる人に聞いてみたら、気まずそうな回答が帰ってきた。

 

 「文教職を得ることで、『乱暴者の武家』というイメージが和らぎました。曽祖父の代に始まったメル家の躍進、その一助になっていたことは、間違いありません。……考えてみたら、メル家はカレワラ家に借りがあったというわけですね。」



 「ああ、そっか。そうよね。うん、そうなるわよね。」


 フィリアの話を聞いたアリエルの声は、寂しげで。

 自分を納得させようとしているみたいだった。

 許されぬ恋の代償に失った物は、あまりにも大きかった、のかな。




 暗い過去より、明るい未来。

 心浮き立つ勉強会にも、参加した。

 ドメニコ・ドゥオモ氏をお迎えしての、「領邦の経営」セミナーである。

 

 

 「礼金?受け取れませんよ。フィリア様も参加されると伺っていますし、千早さんとは領主仲間になるわけですし。今後とも良好なお付き合いを願えれば。」


 聞いたか、フリッツ?


 あ、いえ。

 あなたは聞かなくていいです、クレアさん。

 「良好なお付き合い」の意味、分かっておいでですよね?ビジネス的な意味合いですよ?


 「カレワラ閣下、何か?……失礼しました、ドメニコさん。」  

   

 器用なことに、お茶を配りながら俺に視線を向け、ドメニコの足を踏んづけていた。

 


 まあ、ともかく。

 ここのところ、お勉強やら準備やらが大変なのは、千早である。


 経営とか、そういう問題もあるけれど。

 それ以前にそもそも、ご領主様ともなれば、「家臣団」を作る必要がある。


 行政については、何なら今までの機構の上に乗っかっても良いわけだけれど。

 いかなる制度を採用するにせよ、領主は領民に対し、税を取るだけの見返りを与える必要がある。

 それを端的に言えば、「保護」であって。


 隣邦との縄張り争い、領内の治安維持、野生動物への対応。

 インフラ整備に租税の取立て、訴訟の裁定。

 すべてにおいて、マンパワー……特に軍事力が、必要となる。

 

 領邦貴族に仕えていた者、あるいは文・武の腕に覚えのある者。

 それを、最低でもダース単位。



 しかし今の千早が抱えているのは、侍女のお珠と……、せいぜいがところ、再来年卒業する(来年後期から、実習と称して無理やり引っ張っても良いけど)説法師のヴァレリアぐらいのもの。


 「天真会で、支部を立ち上げてくれるとは聞いてござるが。」 


 それは心強いけれど(脱税等、領内の裏事情は全てリークしてくれるに違いない)。

 天真会は、千早の家臣団では無い。

 


 「領主は、舐められてはいけません。私達は千早さんの武威を知っていますが、あちらの領民から見れば、年若い美少女に過ぎない……イテッ。」

 

 クレアさん、やめてあげてください。

 ドメニコ君は真面目に話をしてるんだから。



 「つまり『数は力』、でござろう?ファンゾ者どもより『郎党に……』との申し込みがあるのでござるが、何せ乱暴者ゆえ。街場の者に嫌われはせぬかと。」


 ファンゾ者は、先の大戦で、大きく勢力を伸ばした。

 領地を得たということもあるが、人事面でも。

 三好家からノブレスのところへ。力自慢の竹岡四兄弟、その三男・四男がマグナムのところへ。

 ……といった具合に、各所に人材を送り込んでいる。


 「ともかく、実家を含め、カンヌ州に縁のあるファンゾ百人衆が、五家。他にメル家からの希望者。学園出身者。天真会の在家信者。質・量ともに確保の目途は立ったのでござるが……。問題は、郎党頭なのでござるよ。誰を筆頭に据えるべきか、迷いどころにて。」


 千早は、王都に上る。

 しばらくの間、不在領主となる。

 

 郎党頭は、その間の留守を任せられる人物でなくてはいけない。

 信頼関係と経営能力と、両方が必要とされる。


 うーん。

 「アランさんを無理やり還俗させるとか?」

 

 我ながら無茶を口にしたと思うが。

 千早の人間関係で言えば、アラン級の人物。

 それぐらいの駒でなければ、いけないのだ。

 


 「代官、雇われ市長を使うという手もありますよ?元々王家の直轄地ですから、住民も市長制度には慣れているでしょうし。」


 「いえ、フィリア様。やはり最初が肝心です。制度を後から変えることは、難しい。何より……。」


 「そこを切り回すのが、領主の醍醐味にござろう?ドメニコ殿。」



 千早が、ちらりと俺を見た。

 俺の背後を。



 「孝行な孫娘を持った。まさか故地に帰れるとは。佐久間家三百年の無念を、良くぞ。」

 

 泣きそうになっているモリー老だけど。

 千早には、その表情は読み取れなくて。


 さっさと頭をめぐらし、フィリアと無邪気に談笑していた。


 


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