第百四十八話 ユルのひとりごと その2
「あ、それは、アントニオの鎧です。外した部品。」
「見れば分かるよ。」
アンジェラさん?
ええ、まあ、そうですよね。
それでですね。
「それを、磨いてるんです。」
「それも、見れば分かる。」
ええと……。
「アンジェラ!あなたの悪い癖!武家の、それも若い男の子は、口が重いの!待ちなさい!」
あの、えっと……。
たぶん、僕はお二人とひとつふたつしか歳が違わないと思うんですけど……。
「気にするな。一から順に説明してくれればいい。」
あ、はい。
つまり、その。
アントニオを倒した……とは、言いたくないな。
天に返したことは、僕の手柄ということで。
その鎧は、僕の戦利品となったんだ。
ずいぶん、汚れてて。錆とかも、浮いていた。
数日手入れをしないだけで、そんなになるものかと思ったけど。
体を引きずるようにして歩いてたし、その、水気や塩気にも、触れてたわけだから。
「だから、手入れをしていました。」
「それにしても、念入りだな。その、丁寧すぎると言うか。」
あ……。
言われてみれば……。
何もここまで、ピカピカにすることは無いんだ。
汚れと錆を落として、錆止めをして。
それで十分なんだけど。
言葉に詰まった。
ヒロ様も、少しばつが悪そうな顔をしてる。
「あ、いや、悪かった。あんなことがあったんだし。着るとなれば念入りに掃除するのは、当たり前だったね。」
「いえ、そういうことでは、無いんですけれど……。」
間髪入れずに、答えちゃってた。
切りかかってきた相手に、透かしてカウンターを入れるみたいに。
ヒロ様が、少し驚いた顔をしている。
たぶん僕も、いつも以上に間抜けな顔をしてたと思う。
「そういうことじゃ無い」ならば。
なんで。
「僕はどうして、こんなにピカピカにしてたんだろう?」
「それを聞きに来たんだよ!?初めからそう言ってるじゃん!」
「アンジェラ!」
その、えっと。
「最初は、とにかく手入れしなくちゃと思ったんです。あんまり汚れていたから。武器や防具は、きちんとしないと。」
武家の常識だよ。
ヒロ様とインテグラ様も、頷いてる。
「で、いちおう綺麗になったかなと思って、組み立ててみたんです。そうしたら……。」
何か違うって思ったんだ。
何だか、ヨレヨレで、くたびれているみたいで。
「そうだ。これは、アントニオじゃないと思ったんだ。大きくて力強かった、アントニオじゃないって。そう思ったんです。」
だから……。
だから、そうだよ。
「武術大会で向かい合った時の姿を思い浮かべながら、磨いていたんです。」
今なら、今ならどうだろう。
アントニオの姿に、なっているだろうか。
おっと。
ヒロ様を無視しちゃってた。けど、とにかく組み立てないと。
「違う……。やっぱり、アントニオじゃない。」
ピカピカで、大きくて、力強く見えるけど。
やっぱり、違う。
「足りないパーツがあるみたいだけど?」
「あ、その。それはシンノスケさんやマグナムさん、クラースさんが、俺にも磨かせてくれって。真壁先生とかも。」
「そういえば、その磨き布。」
「司令部の廊下で磨いてて。擦り切れちゃって困ってたら、通りかかったサラ様がハンカチをくださいました。壊れたところをつないだ革紐は、ラティファ様が。」
「……そうか。足りないパーツを全部はめれば、アントニオになるかな?」
「いえ、ヒロ様。アントニオには、なりません。」
分かっちゃった。
これは僕の知ってるアントニオじゃない。
……置いといても、しょうがない。
「サッケーリ家に、届けます。」
「着ないのか?」
「たぶん、最初から着るつもりがなかったんだと思います。」
それに、そもそも。
「これ以上重装備になったら、ヒロ様についていけなくなりますし。」
冷静に考えれば、すぐ分かることだったよ。
「ユルが言うなら、間違いないな。」
え?
「武術については、判断を任せられる。」
僕が、ひとりでできる仕事。
僕が、ひとりで判断しても良いこと。
……あるんだ!
「心配いらなかったじゃん。目をキラキラさせちゃって。体はイカツイのに、可愛い顔。すごいギャップ。」
「そうみたいね。でもアンジェラ、誤解させるようなことは言わないの!」
「どうする、ユル。サッケーリ家には、俺、いや私から渡りをつけようか?」
い、いえ。
それぐらいは。
「僕がやります!やらせてください!」
また少し、ヒロ様を驚かせちゃったよ。
「……で、俺を頼ったってわけか。自分でやるんじゃねえのかよ。」
恥ずかしながら、クラースさん。
「俺達もなあ。いちおう学園でマナーも勉強したけど。」
「家名無しだし、相手にされなかったりしないかと……。」
マグナムさんとシンノスケさんも、頭をかいている。
サッケーリ家は、けっこう家柄が良いからなあ。
「お前ら!2人とも千人隊長だろうが!百騎長やってる俺の親父に準ずる立場だぞ!ったく、メル家のご令嬢相手にタメ口叩いてるくせに、わけわかんねえ!ユルにしても百人隊長で男爵家の郎党。貴族相手の折衝ができないじゃ、済まされないんだぞ!」
こんな調子のクラースさんだけど。
元をただせば、庶子とは言えファン・デールゼン家の長男だった人だ。
王室の流れを汲む、ウマイヤ将軍家。その筆頭郎党の家柄。
門前払いはされずに済むと思う。
あれ?そう言えば……。
いくら三男坊でも、それなりの家柄で。武術大会に優勝してたのに。
何でアントニオは就職してなかったんだろう?
「俺しか聞かされて無かったのか。そういう悩みが無いヤツに聞かせちゃあ、気まずい思いをさせると思ったんだろう。……それとユル、俺達の間では『さん』づけや敬語は無しで頼むぜ?」
言葉は悪いけど、妾腹の三男で。
父親の正妻に敵視され妨害されてた、か。
「農家でも、そういうことはあるな。」
「俺は幸せ者だったんだな。メル家の郎党衆を羨んでたけど。」
「切り出しといてナンだが、ほどほどにしようぜ?酒がまずくなる。……マグナム連隊長殿、乾杯の音頭をお願いいたします!」
「献杯か?どっちだ?」
「まあいいだろ、シンノスケ。……アントニオ・サッケーリに。」
「連隊の仲間達に。」
乾杯か献杯かは、口にせず。
とりあえず、一杯。
あ、うまい。
「格が上がるのも困り者だぜ。居酒屋に入れなくなっちまった。」
「カンヌの英雄、大戦功績第一等だもんなあ。もともと体がデカイし、目立つんだよマグナムは。」
「でもクラース、これも居酒屋ではあるんだろ?」
「個室居酒屋って言やあ良いのかな?『ちょっと高級』クラス。北ネイトなら、『かなり高級』か。密談・密会にどうぞってな?お前らぐらいの格なら、もう少し上の店に行ってもいいんだろうけど。」
「そういうの、本当に難しいよなあ。」
みんな、飲みに行ってたんだ。
実は僕、外に飲みに行くのは……初めてというわけじゃないけど。
斧道場のみんなと、何かのパーティに出たぐらいで。
こんなふうに、数人で外に出たのは、初めてだ。
親からも、ライノ叔父さんからも、止められてたから。
お金の計算ができなくて、友達に誤魔化されてたのがバレて。
みんなは気づいたけど、僕は全然気づいてなかった。
「バカにされていたのだぞ!恥ずかしくないのか!」
「ユルよ。計算はできなくとも、お前もそれなりの腕。人柄は『見える』はずなのだがなあ。」
怒られ、呆れられた。
何も言い返せなかった。
こんなことですら、独り立ちできていなかった。
「ユルと飲むのは初めてだったな……って、なんだそのきらきらした目は。」
「酒を勧めて良いものか、ちょっと迷うぜ。いや、その体なら大丈夫なはずだ。飲めるんだろ?」
「そういやお前も計数できないんだっけ?学園出の2人に任せとけ。なんなら奢らせちまえ。千人隊長サマなんだからよ。」
計算は、まだ覚束ないし。
人柄の見極めには、やっぱり自信がないけれど。
たぶん、いや絶対に、この人達とはつきあっていける。
つきあっていきたい。
僕一人の判断で、そう決めた。