第百四十七話 後世 その1
学生寮からならば、気楽にあちこちへと出られる。
ヴァガンのためにも、天真会にファギュスの顔を見に行かなくては。
ファギュスは、そろそろちょうど生後一年。
年末でもあるし、「聖人の贈り物」を子供達に……。
何が良いんだろう。
去年も、迷ったんだよな。
ま、甘味は当然として。
本については、今年は図鑑?事典?みたいなものにした。みんなで読めるし。
あとは、何だ?
そう言えば、ユウは来年から学園の初等部に入学するんだよな。
2つ年上のシンタとティムは、いろいろと少し「足りない」から、中等部からって言われたとか。
マリーも、「里帰り」してるはずだ。
メル館でも時々見かけたけど、ありゃ随分、クレアにしごかれてるんだろうなあ……。
「ユウには、得物だと思うぜ?」
「僕もマグナム君に同意だ。新入学なんだろう?で……その、いろいろと、余裕が無い。なら、得物を贈るのが、一番だと思う。」
そういや学園ってのは、「そういうところ」だった。
士官学校兼、官吏養成学校。
「今後数十年、極東では大戦が起きないんだろう?」
「それは、軍備を怠る理由にはならない。軍事費に頭を悩ませるデクスター家の僕でも、分かっている事実だけど?」
「大戦が起きないからこそ、平時の訓練はより一層、苛烈に行う必要がある。そういうもんだぜ?」
だよな。
分かっちゃいるけど、気が滅入るよ。
そんなことを話しながら廊下を歩いていたら、寮監の塚原先生がひょいと顔を出した。
「ユウか?贈るなら刀だぞ。」
塚原先生は、養女のつぼみを預けている関係で、週イチで天真会に顔を出している。
……その間に、弟子を増やしていらっしゃいましたか。
「渋い顔だな。」
塚原先生には、俺の「経緯」を話してある。
いわゆる「武道」ならともかく、ガチの真剣勝負、殺人技術としての「武術」という文化が廃れた国から来たことを、知っている。
「贈り物だ。」
そうですね。
こんなツラで選ぶもんじゃ、ありませんでした。
「任せる。」
そろそろ目利きもできるはずだ、ですか。
「ええ、ユウにふさわしい、小太刀を。」
まだ身体が小さいですし。
「ん。」
と、なれば。
オットー・マイヤー工房なわけで。
連れて行かなかったとあれば、後が怖い人達もいるので。
大人数で押しかけることになるわけで。
看板娘・ノーラの頬が薔薇色に輝いていたのは、師走の寒気の故ではなさそうだ。
「おいマイヤー、小太刀なら……」
「あれ、いけますかね?」
オットーさん、マイヤーさん、やめてください!
初心者中の初心者、子供に贈るんです!
「懐かしいですな。私も、刀鍛冶とは名ばかりの、包丁屋から始めたものですから。数打ちの小太刀から修行を始める子供、応援したくなります。ああいえ、ヒロさ……いや、男爵閣下のように、初めから大業物を持ち、刀の格に見合うべく修行される方も、もちろん立派ですが!」
「フォローするからおかしな雰囲気になるんですよ、親方。それが家名持ちの宿命です。初めから大きなものを背負わされている。閣下は気になどされていません。」
軽く流した主任研究員のマイヤーが、容を改めた。
「皆さま、大きな怪我も無くご帰還。おめでとうございます。」
「ありがとうございます。こちらであつらえた長巻の柄のおかげで、乱戦にも生き残れました。敵の司令官をぶん殴って、身代金も得られましたし。」
「おお。某も、この棒のおかげで領主になったのでござる!」
「そうだったぜ。ミニガンのおかげで命拾いしたんだよな、俺も。」
ノブレスも、必死で笑顔を作っていた。
彼は、オットー・マイヤー工房のボウガンで生き残った。
けれど。
イーサンが、そっとノブレスの前に立ち位置を移す。
顔を合わせなくて済むように。
「おお、では宣伝が打てますな。その分割安で……。」
「父さ……親方!贈り物ですよ!値切った物を贈らせるなんて、とんでもない!」
ノーラさん、しっかりしていらっしゃいますこと(泣)。
その分、こっちもしっかり選ばせてもらうぞ?
なあ、朝倉。
「自分で見ろ。修行だ。」
そう言わずに……とか脳内会話を繰り広げながら、数打ちのコーナーに足を踏み入れたのだが。
自分でも、驚いた。
分かる。
できの良いひと振りは、大きく見える。
自然と、目に飛び込んでくる。
できの悪いひと振りは、なんだかこう……見ていて、目が疲れる。抵抗を感じる。
何が違うのだろうと思って二つを手に取り、見比べて、握ってみると。
できが悪いのは、重心がおかしかったり、歪んでいたり。
「ちょっとさあ、良いの?こんなの売って?」
と思って、親方のオットーを振り返ると。
オットーも、こちらを鋭い目で見ていた。
「お分かりになられますか。ご安心を。できが悪いのは、売りませんよ。」
……3年です。
「若い人が、3年何かに打ち込むと、そういう感覚が得られる。刀に限りません。詩歌に打ち込んだ方が古典全集を眺めたところ、良い歌は目に飛び込んでくるけれど、できの悪い歌は目が疲れると。そう言っておられた。」
そういうものかもな。
俺もヘタクソだったけど、部活のサッカー、一生懸命にやった。
そしたら、ちょっとは違った。
もと高校球児は、一回戦負けのへっぽこであっても、草野球ではエースだった。
でも、まあ。
「師匠が良かったんです。」
それは、確かな事実だ。
「これを、お願いします。……おっと、鍔はあれで。」
「数打ちの値でそれを手に入れるとは。値切ったも同然にござるな、ヒロ殿。」
俺に見えるものは、当然千早にも見えていて。
塚原先生の「ん。」も、力強く。
笑顔のもとに、発せられたのであった。
示し合わせて、みなで訪れた天真会。
いつものように、子供達に囲まれたけど。
ユウの姿は見えなかった。ちょっとした用事を頼まれていたらしい。
甘味は大歓迎されたが。
図鑑は、あんまり受けが良くなくて。
でも、大人達は、大喜びしてくれて。
「ユウが帰ってきた、の。」
よし、贈り物を。
……でもねえ。
いいできだけど、小太刀を。あの優しげなユウに。
優しげな……?
李老師と塚原先生が、にやにやしている。
半年以上会っていなかったけれど、それにしても。
お前、シンタじゃないよな?
いや、これ。
シンタより……。
考えてみれば。
子供の頃から天真会に所属して、老師やアランさんとじゃれあい。
7つ8つのうちから、塚原先生の指導を受ける。
それって。
「どう思うかの、ヒロ君?」
「兄弟子のヒロさんが目標だそうだぞ?」
冷や汗が出た。
「一層、精進いたします……。」
後世、畏るべし。
「私達の気持ちが、分かったかのー?大人の気持ちが。」
「弟弟子ができるとは、こういうことだ。」
「ありがとうございます、ヒロさん!後でご指導、お願いします!」
ああ、しっかりして。
この世界では、「正しい」成長ぶりだ。
どこまでも健全な、男の子だ。
そうだよ、これぐらいでいいんだ。
男の子なんだし、みんなとつながって、いざという時はみんなの先頭に立って。
でも、できれば。
この小太刀は、型稽古や素振りのため、それ専門であって欲しい。
ああいや、もちろん。
何かの時には、ユウの身を守って欲しいんだけれども。
「贈り物だ。」
そうでした、塚原先生。
余計な思いは飲み込んで。とにかく笑顔を、ユウに贈る。




