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第百四十四話 翳と陽 その2


 フーシェに感謝されても、何も嬉しくない。

 そもそも俺だって、分かっているつもりだ。


 どうしたって今後何十年と対立するであろう「連邦」あるいは「北賊」。

 その情報には、価値がある。


 俺は、貴族として遇されている。

 王国のために、義務を果たさなくてはいけない。


 ピョートル殿下は、敵の総大将。

 彼のせいで、仲間が死んだ。……そう言えなくもないのだし。 



 だが、気分が悪い。

 ピョートル殿下は、故郷に帰る身。

 向こうでは、小遣いをやりくりしつつ飲み歩く生活に戻るはずだ。

 敗戦の将ともなれば、それすら肩身が狭いかもしれないというのに。

 こちらで贅沢を覚えさせて、情報を搾り取って、追い放つなんて……。

 これから先、あの気分の良い人物が、わびしい思いをして過ごすと思うと。


 くそっ。

 要は、情報を取って来ればいいんだろ?

 それをすれば、「仕事」・「義務」を果たしたことになるんだろうが。


 フーシェはフーシェで、やりたいようにやれば良い。

 俺は俺で、やりたいようにやる。


 会話だ、会話。コミュニケーション。それで情報を取ってくる。

 酒の席でも、飲む「間」を潰すぐらいにしゃべり倒してやる。



 そんなわけで。

 ピョートル殿下のところに、入り浸った。

 

 話を、聞いた。

 ありとあらゆることを。


 

 ピョートル殿下は、十三番目の子供だそうな。

 「泰帝」陛下の、第四夫人の、二番目の子供。

 「知っているだけでも、他に10人はいる」とのこと。


 

 「連邦」は、その構成諸国は民主制だが、上に皇帝を頂いている。

 そこまでは、大まかに想定していたところであったが。


 いわゆる皇帝である「泰帝」は、宗教的権威であって。

 それでいながら、強力な軍権も握っているらしい。

 政治は議会に任せるが、いざともなれば……というシステム。

 「開発独裁」や、戦前の日本に近いシステムだろうか。

 

 しかし軍権が強い割には、戦争の仕方が、あまりシステマティックではなかったような。



 「強力な軍隊は、首都に集められているんだ。失礼ながら、極東は我らにとって、田舎も田舎。駐留軍も弱ければ、周辺の連邦諸国の軍隊も、お察しということで。」


 祖国への愛やプライドが、微妙に顔を出したかな?


 「王国は、辺境に強兵を置いています。逆ですね。」


 「連邦諸国が、力をつけすぎた時期があったんだよ。内乱を抑えるため、首都に精鋭の強兵を置き、地方では軍縮を行った。その結果が、ここ30年の相次ぐ敗戦。難しいものだね。」


 「しかし先の大戦では、随分な兵力を。」

 

 「質が悪かった。……などと言うことは、私には許されないな。将がこの様だ。まともに軍略も学ばせてもらえず……いや、これも言い訳だね。軍略も学ばずに来た。」  

 

 「30万の兵士を引率してくる。それだけでも、平凡な将にはできぬことです。」

 一緒に連れてきたエドワードが、断言していた。


 10万を越える人間を秩序正しく移動させることなど、まず不可能。

 コミケ?

 日本人は訓練ちょうきょうされすぎている。それだけのことだと思う。


  


 政治経済だけではない。

 庶民の生活、生えている木の話まで。

 「ユキヤマクサリヘビ」も話題になった。

 

 「あれの毒にやられた!?それで生きている!?」


 大声を上げたピョートル殿下だが、一転、声を潜めた。

 「南方にあれがいるという話は、聞いたことがない。皂衣衛そういえいか。何をした!?……と、ヒロ君が連邦の民であれば聞くところだけど。」


 皂衣衛そういえい。黒っぽい衣がトレードマーク。

 あれだ。CIAとかKGBとか。そういう連中……軍の一部隊と言うことらしいので、憲兵隊が一番近いのかな?

  

 ともあれ。 

 

 「そんな話をして、いいんですか!?王国は敵でしょう?」

 

 言い出すほうも間抜けなら、聞いてしまうほうも間抜けである。

 どちらも、諜報向きではないようで。


 「迎えに来る連邦の随員には、間違いなく居るだろうね。……国中の嫌われ者だから、いいんだよ。あんなもの、潰れてしまえば。何の役にも立ちはしない。現に、若者ひとり倒せない有り様だろう?」


 「皂衣衛」が極東にちょっかいを出しては、失敗してきた理由。

 どうやら、本来の専門は国内の締め付けだから、ということらしい。

 恐怖政治が通じない相手だからねえ、外国ってのは。


 自然の話をしていたのに、どうしても社会の話になっていく。

 ピョートル殿下、いらない子扱いされていると自嘲していたけど……。


 

 リクエストがあった本も、政治経済軍事に関するものが多かった。

 読ませて良いか、メルの総領夫妻に許可を得に行ったところ。

 

 「問題ありません。全て、一般に流通している本ですから。」

 「基礎から学ぼうとされているようだな。次……10年後には、手強いかも知れぬぞ?」

 「長城が完成しているでしょう?攻め込む愚も理解していただけるはず。」


 ならばというわけで、ガンガン持ち込んだ。

 どうせ経費で落ちる。最終的には北賊の身代金に追加するだけのこと。



 対するフーシェの策は、案外と成功していなかった。


 「飲みすぎると、体調が良くない。読書の時間が減る。」

 ……と、ピョートル殿下がそういうことを言い出したから。

 俺が妨害するまでも、無かった。


 「こちらでも、話を聞いています。私のようないやしんぼとは、違いましたかねえ。」

 

 「だから任せておけと言ったんだよ。酒と女で痛い目を見たことがあるね、彼は。飲み方を知っているよ。」

 立花伯爵が、ふんぞり返る。


 

 うまくいかなかった、フーシェの策。「酒と女。で、ヨイショ」。

 

 そういう策の「気分の悪さ」は、脇に置いておくとしても。

 「誰を出すのか」だって、難問だと思う。


 貴族令嬢では、人身御供(?)に出す側もなかなか納得しないだろうし。

 いくら美人でも、側仕えのマナーを知らなかったり、会話の技術があまりに拙かったり、あとは、その……。何だ、「そっち」が下手だったりでは、溺れ込みようも無かろうに。

 


 なんの気負いも無く、さも当然のような口調で。

 「だから私達が呼ばれたってわけ。」

 アルトの声音が、耳を打つ。


 カトレアであった。

 高級クラブ「夜光杯」の面々を後ろに従えて。


 「ヒロさんも変わらないわね。『で、首尾は?』って、口にも顔にも出さない。思ってるくせに。……難物よ、あれは。」


 真冬には特に魅力的な、陽光を連想させる浅黒い肌。

 バニラが両手を腰に当てて、ため息をついている。



 「失礼よ、バニラ。男爵閣下とお呼びしなくちゃ。『大物になれない』なんて言ってたのは誰かしら?」

 

 「これぐらいは当然と思ってたわよ?男爵ふぜいを大物と思う人じゃないでしょう?ヒロさんの器はその程度に留まるって言うの、カトレア?」

 

 ひとをヨイショしながらケンカするのはやめてもらえませんかねえ。

 

 「あ、その困り顔!ピョートル殿下にそっくり。ヒロさんとは話が合うって言ってたけど、同類なのかもね。」 


 「カトレア姐さん?居場所が無い人ってこと?」


 「サイサリス、だからあなたはダメなの!居場所が無いんじゃなくて、居場所が無いって思い込んでる人よ。居場所の範囲を自分で小さく決めちゃってる人!」


 やめてくださいバニラさん、なんか胸が痛いです。

 こうね、キューっとなるの。

 


 「なるほどねえ。自分で自分のあり方を決めてかかってる。くにに帰って、穏やかに小さく暮らすことを考えてる。なら、納得だわ。余計なことはしたくない……私達のことも、接待要員以上とは見ていない。王国からの『おもてなし』だから、受けないわけには行かない。でも、面倒はごめんだから、余計な足跡を残したくは無いから、つまみ食いはしない。自分から何かを要求することもない。」


 バニラの言葉を受けて印象をまとめたカトレアが、こちらを睨む。

 ぞくりとくる、凄艶さ。

 俺は客じゃあないですけれども。しかし、そんな目で睨まれるようなことをした覚えは……。

 いや、客でもない俺に、これはサービスのつもりだろうか。Mだと思われてるんだっけ。



 「やめときなさい、カトレア。」


 バニラ?


 「『ヒロさんがピョートル殿下の心を掴んでるのに、自分は壁を作られてる。プロのプライドが許さない』って?……でもね。仕事に入れ込むつもりが、男に入れ込んでいく。そういうの、私達はさんざん見てきてるじゃない。」


 「カトレア姐さん、ヒロさんは、貴族なんだよ?人付き合いのプロだよ?間抜けに見えても、あのオサムさんが……立花伯爵が、気を許すような人だよ?」


 貴族は、人付き合いのプロ。

 そうなのか……。

 で、俺、そっちは悪くないって?いやあ、照れますなあ……。


 「そうねサイサリス。間抜けに見えるぐらいの方が、いいのかしら。私達がヨイショしても裏があると思われるけど、あんたのヨイショなら乗っかってくれる。」


 げっ。


 「もうっ!営業妨害よバニラ姐さん!」


 

 「その……落ち着いたら、またお邪魔します。男として『格』が足りていれば、の話ですが。」




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